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41話 西方軍の動と静

 城下町カーラーンの南西に位置する、シルヴェスタ王国第三位の町ウェルシーダ。 ルーツ山脈の麓町アベイルより東に位置するウェルシーダは、金属加工を生業とする職人が集まる大きな町だ。


 王国軍が管理する製鉄所を中心に栄えたこの町は、軍の武器防具の製造を一手に担う。 その製鉄所グスタークを見守るように、王国西方面軍の拠点があった。



「ゲッペルが敗退した? 」


 西方軍の第二部隊隊長マルクスは、先行して戻った連絡兵の報告に納品された剣の見分の手を止める。


「フル装備の重歩兵100と魔導士50の鎮圧部隊だぞ? たかがエンデヴァルド一人に、何かの間違いではないのか? 」


「いえ、重歩兵隊はほぼ全滅…… ゲッペル様も重傷で残った兵と敗走中です 」


 優顔のマルクスの表情が一気に険しくなった。 見分していた剣を丁寧に鞘に納め、自分の机に戻って大きな地図を広げた。


「…… エンデヴァルドには同行者がいたと聞いている。 まさかユグリアの魔族なのか…… 」


「確認できたのは数人とのことですが、爆裂魔法の反撃を受けていることから裏に大多数が控えているかもしれません 」


「魔法攻撃か…… 人間族も混じっているのだな 」


 しばらく独り言を呟きながら思案を巡らせるマルクスは、地図を凝視しながら押し黙ってしまった。


「あの…… マルクス隊長? 」


 指示も出されず、不安に思った連絡兵がマルクスに声を掛けた。


「ああ、すまない。 常駐している兵の半数をアベイルに向かわせろ、指揮は私が取る 」


 連絡兵は敬礼をして素早く指揮官室を出る。 連絡兵が出て行ったドアを見つめながら、マルクスは心ここにあらずな状態だった。


「ゲッペルが敗走とは…… という事はヘレン、君はもう…… 」


 腰に据えた剣の柄を握りしめてマルクスは呟く。 マルクスは前線で活躍し続けていたヘレンに恋心を抱いていたのだ。


「エンデヴァルド…… 許さぬぞ…… 」


 マルクスは静かな怒りを口にし、真っ白なマントを翻して指揮官室を後にするのだった。





 二日後、僅かに残った部下によってゲッペルはアベイルの町長の家に運び込まれた。 エンデヴァルドとの戦闘で半数まで減った部隊は、帰還の道中で蟲の大群に襲われて更にその数を減らした。 派手な爆発と煙が蟲を刺激し、魔族を伴わないゲッペル隊は格好の標的となったのだ。


「逃げ帰ってくるなど恥の極みだ…… 」


「悲観するものではないゲッペル。 君を必死に運んでくれた部下の為にも、君は必死に生きなければならない 」


 見舞いに訪れていたマルベスは、苦汁を飲まされたような顔のゲッペルをなだめる。


「気をつけろマルベス、奴は魔王の力を持っているぞ 」


「…… 奴とはエンデヴァルドか? 」


「いや、魔族らしき小僧だ。 地を操り、風を操る…… 俺はその小僧にやられたのだ 」


 天井の一点を見つめて重苦しく話すゲッペルに、マルベスは首を傾げる。


「エンデヴァルドではないのか? 」


「あの腐れ勇者もいたが、どうも様子がおかしかった…… あの言葉遣いの知らない男が敬語だぞ? 『離して下さい』だぞ!? 」


 興奮するゲッペルに、マルベスはイマイチ状況が掴めないでいる。


「落ち着いて話せゲッペル。 状況次第では中央に援軍を要請しなければならない 」


 静かではあるが張りのあるマルベスの声に落ち着きを取り戻す。 動のゲッペルに静のマルベスのこの関係が、今まで西方軍のバランスを保ってきたのだった。


「奴は…… 小僧は『魔王エンデヴァルド』と言ったのだ…… 」




 ゲッペルは見てきた一部始終を、思いつくままマルベスに話した。 一時間強も語られたゲッペルの話をマルベスは頭の中で整理し、一人別部屋で事細かく紙に記していく。


「魔王エンデヴァルド…… 」


 二重丸で囲ったその文字には、ペンで叩いた跡が無数についていた。 その他にもう一つ、何重にも丸で囲われた文字が一つ。 丁寧に書かれたヘレンの名前だった。


「ヘレンが生きている…… 」


 ゲッペルは『ヘレンにも逃げられた』と言った。 エンデヴァルド討伐に向かったヘレンが期日を過ぎても戻って来ず、てっきり殺されたと思っていたマルベスには、ヘレンが生きている事が何よりも嬉しかったのだ。


「私はどうすれば…… 」


 (まぶた)の裏に浮かぶのは、ヘレンの柔らかな笑顔。 一度しか見ることはなかったが、その笑顔にマルベスは心奪われたのだ。


 しかしヘレンが生きていることを軍が知れば、ヘレンは任務失敗の責を問われて処罰されることをマルベスは知っている。 だが自分は西方軍を預かる立場…… 軍の規律に反することは出来ない。


 マルベスはヘレンを奪還した後、中央に帰すべきか否か頭を抱えて悩み続けるのだった。








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