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36話 ヘレンを追って

 ルーツ山脈に響く爆発音。 ヘレンとジールは、木霊(こだま)して聞こえて来る爆発音を遠くに聞きながら峠道を登っていた。


「派手にやってますね。 山の形を変えてしまうつもりでしょうか 」


 ジールは被っていた黒マントのフードを取り、狐のような耳を音のする方へ向ける。


「ゲッペルの部隊が派遣されたなら、我々が作った道では狭すぎるからな。 懸命に崩れた山道を切り開いているのだろう 」


 ヘレンも歩きながら、ジールが耳を向けた山頂方向を見上げた。



 シルヴェスタ王国軍は、城下町カーラーンを守備する王軍と、カーラーンを中心として東西南北を守備する4つの方面軍で構成される。 各方面軍は2つの部隊から成り、ゲッペル隊長が率いる部隊は西方面の大部隊だった。


「あの男は嫌いです。 なんでも力押しで、話が通じる相手ではありません 」


「だからこそゲッペルが来る可能性が高いのだろう? マルクスであれば、まだ話が出来たのかもしれないがな 」 


 西方面の部隊を預かるのは、ゲッペルという気性の荒い大柄の男と、細身で頼りなさげだが実力性格共に定評のあるマルクスという男だ。 動と静の関係の二人の隊長は相性は悪かったが、正反対の性格が上手くバランスを取っていた。


「マルクスも信用なりません。 あの甘いマスクの裏は、きっと真っ黒です 」


「ハハハ…… そう言うな。 マルクスは話の分かる男だ、あまり虐めてやらないでくれ 」


 ジールは頭の後ろで両手を組み、『別に私は』とぶっきらぼうに答える。


「ん? あれは…… 」


 やがて見えてきた5合目のベースキャンプの周りには、数人の人間族が山頂を見上げていた。 その内の一人がヘレンに気付いて話しかけてくる。


「おお、軍人さん方。 一体何の音だかわからんが、何かあったのかい? 」


「いつから聞こえ始めた? 」


「ついさっきだ。 今日中に山を越えたいんだが、気味が悪くて足が向かない 」


 人間族達は昨日イグニスから荷を積み、山越えの為にここで夜を明かしたと言う。


「ここに留まっていた方がいい 」


 ヘレンは短く答えて不安な表情を浮かべる人間族に背を向け、山頂に向けてベースキャンプを立ち去った。


「商人達に協力させ、荷の中に紛れた方がいいのでは? 西方軍とぶつかる可能性は低くなります 」


「いや、正面からぶつからなければ意味がないのだ。 ジール、お前は…… 」


「お断りです。 逃げろと仰るのでしょう? 私の命はヘレン様と共にあると、何度言えば分かってくれるんですか? 」


 ジールはヘレンの進路を塞ぎ、真正面からヘレンを見つめた。 その目は力強く、拒否を許さない。


「私がお嫌いですか? 邪魔ですか? 」


「そうだな…… 執拗で嫌いだし、はっきりいって邪魔だ 」


 ヘレンは厳しい顔でジールに言い切る。 それは、これから勝ち目のない西方軍との戦いにジールを巻き込みたくないという一心でのことだった。


「ならば邪魔にならないほど強くなり、空気のような存在になれば問題ないです 」


 平然と言い切るジールに、ヘレンは呆れて笑ってしまった。


「まったく…… お前が大事だと思うから突き放しているのに 」


「そんな考えはお見通しなんです。 さあ、参りましょう! 一人でも多く削っておかないと、愛しのエンデヴァルドが潰されてしまいますよ? 」


 クルっと楽しそうに回って先を行くジール。


「ち、違うのだ! 私はリュウ様が大事なのだぞ!? 」


 『はいはい』と軽く流すヘレンは、顔を赤らめて必死に否定するのだった。





「それでは、黒服の軍人はここを通って行ったんですね? 」


 馬車で5合目のベースキャンプまで上がってきたエンデヴァルト達は、ベースキャンプに閉じ籠っていた人間族の商人に足止めを食っていた。


「お嬢さん、その軍の人はここに留まった方がいいと言っていたんだ。 引き返した方がいい 」


 御者台で手綱を握るひ弱そうな少女姿のマリアを、商人達は必死になって止める。

 

「ご心配なく。 無理だと判断したらすぐ戻ってきますよ 」


 そんな商人達を横目に、マリアは涼しい顔で手綱を振る。 馬車を進めようとしたが、馬がいまいち言う事を聞いてくれない。


「…… そんなんでホントに大丈夫かい? 」


「お、お気遣いなく! 」


 マリアはバシバシ手綱で馬の背中を叩くと、渋々といった感じでやっと馬は馬車を引き始めた。




「もう出てきても大丈夫ですよ、リュウ様 」


 ベースキャンプをある程度離れたところで、マリアは荷台に隠れていたリュウに声を掛ける。 リュウはエンデヴァルドが指名手配されていると想定して、下手に騒ぎを大きくしないよう隠れたのだ。


「マリアさん急ぎましょう! 戦闘が始まってしまっては、手遅れになるかもしれません 」


 御者台に登ってきたリュウは、少し焦った様子でマリアから手綱を受け取る。 御者がリュウに変わった途端、馬は狂ったように元気に走り始めるのだった。


「急ぐのはいいですが、肝心の勇者サマはまだ夢の中みたいですよ 」


 風に飛ばされないよう、とんがり帽子を押さえながらマリアは荷台を覗き込んで呟く。 ガタガタと勢い良く揺れる車内でも、エンデヴァルドは死んだように眠っていた。


「ギリギリまで寝かせてあげましょう! 」


 そう言ってリュウは更に馬車の速度を上げる。


「…… そんなに疲れてるなら来なきゃいいじゃないですか。 アホですアホ 」


 荷台は上下に揺れ、中のエンデヴァルドもポンポン跳ねていたが、それでも起きる様子のないエンデヴァルドにマリアは呆れ返っていた。


 


  ドン


 岩壁を沿うように進み、崖が見えてきたその時、破裂音と共に突然馬車の車輪が吹き飛んだ。


「うわっ! 」


「きゃ!? 」



 片輪を失った馬車は横倒しになって地面を滑る。 リュウは咄嗟にマリアを抱えて御者台から跳び、宙返りをして見事な着地を決めた。


「エンデヴァルドさん! 」


 リュウはすぐに横倒しになった馬車に駆け寄ろうとしたが、光の矢がリュウの頬を掠める。


「人の心配をしている場合ではありません! 」


 マリアはリュウに抱えられたまま、風の刃ゲイルストライクを放ち、飛んでくる光の矢ライトニングレイを叩き落とす。 その隙にリュウは岩壁の隙間へと体を滑り込ませた。


「もうこんな所まで…… 通路を爆破した意味がないじゃないですか 」


 マリアは岩陰から前方を覗く。 そこは以前、追ってきた強襲部隊を振り切った場所で、崩した筈の崖の道は土砂によって埋められていた。


「マリアさん、あそこ! 」


 リュウが指差した先で、ジールを抱えるヘレンが重歩兵に吹き飛ばされていたのだ。


「ヘレンさ…… うわわっ! 」


 助けに行こうと飛び出したリュウを、再びライトニングレイ

が襲う。


「無理ですリュウ様! 魔導士に狙い撃ちされるだけです! 」


 大柄なエンデヴァルドの体を力一杯引っ張って、マリアはエンデヴァルドを岩陰に引き込んだ。


「ですがヘレンさんが! 」


 その時、地響きを起こすような図太い怒声が辺りに響いた。


「出てこいエンデヴァルド! デカイ図体を隠せるとでも思ったかぁ!! 」


 その声の主は、吹き飛ばされてうずくまったヘレンの前に仁王立ちした、銀色のフルアーマーで身を固めたゲッペルだった。




  

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