35話 お仕事です
セレスとマリアがリュウの館に戻ると、大広間でリュウとオッタルが揉めていた。 揉めていたと言ってもオッタルがリュウを必死に説得しているだけで、リュウは至って平然と応対していた。
「お止め下さいリュウ様! ただでさえリュウ様のお命を狙う連中が多いのに、腐れ勇者の体でルーツ山を越える等と…… 」
リュウの傍らには、コンパクトにまとめられたリュックが一つ。 装備も銀色で統一されたプロテクターと、ガラハールが愛用していたとされる細身の長剣『ドラゴニクス』が腰に据えられていた。
「エンデヴァルドさんに、おんぶに抱っこという訳にはいかないんです。 僕はエンデヴァルドさんと共にフェアブールト王を殴りに行くと約束しました。 僕は行かなければならないんです…… 分かってくれますね? オッタル 」
「な…… なりません! 腐れ勇者に何を吹き込まれたのです!? のわぁ! 」
突然オッタルの下の床だけが盛り上がり、オッタルは背中からひっくり返る。
「誰が腐れ勇者だくそジジイ! 」
大広間に入ってきたエンデヴァルドは、仰向けに転がったオッタルに舌打ちをして睨み付ける。
「き…… 貴様のせいで、お優しいリュウ様が武器を握ったのだぞ! どうしてくれるんじゃ! 」
「そんな過保護だからコイツはいつまで経ってもヨワヨワなんだよ。 どうせリゲルがそうさせたんだろうけどよ…… んが!? 」
エンデヴァルドの鼻をかすめて氷塊が飛んだ。 仰け反ってかわしたエンデヴァルドだったが、背中に背負った聖剣エターニアの柄に頭をぶつけてその場にうずくまる。
「リゲル様の悪口は許しません 」
「言ってねぇだろが! 」
睨み付けるエンデヴァルドに、マリアはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「痛いの痛いの飛んでけー! 」
マリアの後ろから出てきたセレスが、駆け寄ってエンデヴァルドの頭を撫でると、エンデヴァルドは『うるせぇ!』と牙を剥いていた。
「休んでなくて平気ですか? エンデヴァルドさん。 急がなくても大丈夫ですよ? 」
見兼ねたリュウが、オッタルを引き起こしながらエンデヴァルドに尋ねる。
「ああ、後は山越えしてるうちに回復するだろ 」
肩を振り回して元気を見せるエンデヴァルドだったが、顔色は青白く目の下にはくまが出来ていた。
「あの黒ずくめ女を追うつもりですか? 」
「そ、そんな義理はねぇ。 フェアブールトがムカつくからすぐにでもぶん殴ってやりたいだけだ! 」
そう言ってエンデヴァルドは、肩を怒らせながら大広間を出て行く。
「まったく…… 素直じゃないですね。 あの女のどこがいいんですか? 」
ため息を漏らすマリアだったが、愚痴を言いながらもエンデヴァルドの後に続く。 ドアをくぐったエンデヴァルド達を見届けて、リュウも用意したリュックに手を伸ばした。
「ふふ…… それじゃオッタル、後を頼みましたよ? 」
「ふぁ!? リュウ様! 」
オッタルが引き留める間もなく、リュウはリュックを担いでエンデヴァルド達の後を追って走っていく。 残されたオッタルは腕を伸ばしたまま固まり、『ああ……』と肩を落とした。 助けを求めるように、オッタルは側にいたセレスに俯き加減で視線を飛ばす。 セレスは腕を組み、片眉を上げて軽く流す。
「男の子の旅立ちは、涙を飲んでも見送るものよ 」
「…… お嬢さんには経験がおありで? 」
「フフ…… 子供が欲しいと思ったこともあるけれど、ダークエルフって身籠れるのかしらね? おじい様が若かったら試してみたかったわ 」
柔らかく微笑むセレスに、オッタルは年甲斐もなく頬を赤らめて惚ける。
「セレス姉さん、長老も守備範囲なのか…… 」
「バカやろ、遊廓の常套句だよ 」
「でもセレスさんなら俺いいなぁ 」
兵士達はオッタルとセレスの会話を聞いて、コソコソ己の欲望を話し始める。 聞こえていたセレスが兵士達にウインクをすると、兵士達からは歓喜の声が上がった。
「虜にしてしまうとは、さすが宮廷踊り子ですねセレス様! 」
「違うよお兄ちゃん…… 」
「…… イヤらしい 」
関心するグランとは対照的に、レテとエルは蔑む目で兵士達を見るのだった。
「さて、私達は私達の仕事をしましょうか 」
セレスは両手を上げて大きく伸びをし、館の奥に下がっていく。
「仕事…… とはなんじゃ? 」
いまいち状況が飲み込めていないオッタルや兵士達は、大広間を右往左往するだけで何から始めればいいのか分からない。
「もう…… エバ様ったら何も言ってないのね。 仕方ないわね…… 」
セレスは懐から取り出した細い眼鏡を掛け、腰に手を当てて振り返った。
「しばらくは私がここの指揮を執ります。 いいわね? 」
振り向いてなびいた黒髪と、スカートのスリットから覗く太ももに、兵士達の誰もが釘付けになる。
「い・い・わ・ね? 」
「イエス! サー! 」
眼鏡に手を添えて、念を押すように繰り返したセレスに、兵士達はビシッと姿勢を正して敬礼した。
「男って…… 」
「単純…… 」
レテとエルは、ジト目でその様子に呆れていたのだった。
「それじゃ、グランとレテと兵士諸君には慰霊碑の建設を。 オッタルとエルは、私とリゲル様の書斎ね 」
「んむ? リュウ様の護衛ではないのですか? 」
兵士の一人が不思議に思ってセレスに尋ねる。
「生臭い戦闘なんてエバ様達に任せておけばいいのよ。 さ、お仕事お仕事 」
「戦闘じゃとぉ!? 」
破裂しそうなほど額に血管を浮き上がらせてオッタルは叫ぶ。
「あら…… それも聞いていないの? もうすぐ王国の西方面軍がここに来るんですって 」
「「「なんだと!? 」」」
オッタル以上に兵士達は浮足立ち、武器を片手に大広間を飛び出そうとする。 その行動を読んでいたかのように、グランが先回りして大広間のドアを閉じたのだ。
「静まりなさい! 」
セレスの怒声が大広間に響き、兵士達の動きが一斉に止まった。
「エバ様が軍隊相手に全力を出すのに、私達が行っても邪魔なだけなのよ 」
「何を言うのです! 加勢して少しでも戦力にならねば…… 」
「足手まといにしかならないって言ってるのよ! ヘレンの他に仲間を守りながら戦うなんて、エバ様だって余力はないの! 」
大広間がシーンと静まる。
「では…… エンデヴァルドは出て行ったあの黒ずくめの女を助けに? 」
「そうよ。 でなければ、本調子じゃないエバ様が今飛び出していく理由が見つからないわ 」
「奴は我々を攻めてきた強襲部隊じゃぞ! 何かの策略やもしれん! 」
あたふたとするオッタルに、セレスは静かに首を振る。
「それならどうしてヘレンは西方軍が攻めて来ると情報をくれたの? 戻れば始末されると言っていたヘレンとジールが、どうして今カーラーンへ戻っていったの? 」
オッタルは半開きの口を震わせる。
「だからエバ様に任せて。 やる時はしっかりやる男よ、彼は 」
フワッと微笑むセレスに、兵士の誰もが反論することなく武器を下ろすのだった。




