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25話 淑女の皮を被った悪女


 夜の薔薇をみたことがあるだろうか?


 月の光に照らされ、深紅に輝く大輪の花は昼間とは異なる妖艶な輝きをかもしだしている。その魅了に狂わされ、ついつい一輪だけ手折ってしまいたくなる。それほどの美しさに引き寄せられてしまうのだ。


 当然だが、許可なく花を持ち帰るのは泥棒以外の何者でもない。

 「花泥棒は罪にならない」と、口にする人もいるけど、それは大きな間違い。人を狂わすほどの大輪の薔薇は、黄金に匹敵する価値がある。

 かぐわしい甘い香りと美しい姿に誘われ、手折ってしまった段階で――その者は罪を背負うことになる。

 


 そして、罪には罰を。




 美しい姿と甘い声に惑わされ、国を滅ぼしかけた者たちには相応の罪と罰を。



 



 

「……もう! なんで、私がこんな目に……」


 しかし、罪を受け入れるものばかりではない。

 怒りと寒さで歯を震わせながら、一人の少女が部屋の隅でうずくまっていた。 

 



 彼女の名前は、リリー・ブロッサム。

 16歳の少女は2カ月前まで「黒の真珠」と国中からもてはやされていた。黒い髪は絹のように美しく、学園の庭の片隅でお淑やかに本を嗜む姿は「絵画から抜け出して来た淑女そのものだ」と評され、若い男性貴族の憧れの的であった――のは、2カ月前の話。

 姉のローゼ・アネモネ王太子妃と兄が共謀し、アネモネ王国を乗っ取ろうとしていたことが発覚したのである。

 彼女たちは国王夫妻を幽閉や伯爵家の娘に対する殺害及び殺害未遂脅迫拉致監禁、隣国のフランベルク王国への侮辱罪など、数えきれないほどの大罪を起こしてしまった結果、妹のリリーも寂しいマーレの塔に幽閉が決まったのだ。

 これだけ聞くと、彼女が被害者のようだが、リリーに罪がないわけではない。むしろ、姉兄のアネモネ王国乗っ取り計画は十分承知しており、自分もノリノリで一枚噛んでいた。シェリル・ネザーランドと婚約していた獣国の将軍と強引に婚約を結ぼうとし、将軍の妻として金に不自由もない幸せな未来を夢見ていたのだ。当然、相手からは激怒され、婚約は破棄。姉と兄の計画の末端に関わった者として、マーレの塔への幽閉が決まったのである。


「ローゼとラドンの馬鹿が失敗するからよ……ッ!」


 くしゃみをしながら、リリーは悪態をつく。

 マーレの搭……それは、獣国へ向かう船が出る港にある監獄だ。監獄といっても港から離れた海の上に、ぽつんと立てられた寂しげな塔だ。石の壁からは絶え間なく隙間風が吹き込む上、リリーが収監された檻は半分地下に埋まっている。満潮になれば、浸水してくるせいで、いまも檻の一部に海水が溜まっていた。


「私は何も悪くないのに。だいたい、あの獣人も獣人よ……シェリルなんかより、私の方がずっとずっと可愛いし教養もあるっていうのが分からないのかしら」


 反省など皆無。

 むしろ、計画に失敗した姉兄や自分をこんな目に合わせているシェリルたちへの恨みが募るばかりであった。

 姉たちの悪行が明らかになった今、彼女を「黒の真珠」と慕っていた者たちは、手のひらを返したように引いていった。面会に来るものもなく、友だちからの手紙すら届かない。リリーは看守が手紙を見せないのだと信じていたが、実際に罪人である彼女に手紙を送って来る者がいないからだった。


「……もうたくさん。なんで、私ばっかり……」


 本日何度目かになる呟きをし、辛い現実を忘れるように目を閉じる。

 



 そんなときだった。




「……リリー様?」


 降ってきた声に、リリーは面倒くさそうに目を開ける。

 鉄格子の向こうには、小奇麗な見た目の青年がいた。厚ぼったい眼鏡をかけいる以外、特徴のない地味な顔をした青年は、リリーを心配そうに見つめている。

 リリーはしばらく不審げに青年を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。


「…………ヘンリー?」


 リリーがか細い声で問いかければ、青年の顔にぱあっと明るい笑みが広がった。


「そうです、ヘンリー・スプリングです! よかった、覚えてくださっていたんですね!」

「あたりまえよ。大切なお友だちを忘れる人はいなくってよ」


 リリーは弱々しい笑顔のまま言い切った。

 もちろん、嘘である。

 ヘンリー・スプリングは友だちなどではない。リリーの数多くいた男性の取り巻きの一人であり、序列も下の下。他の取り巻き貴族たちの使い走りや雑用係といった立ち位置で、ろくに会話したこともなかった。奇跡的にリリーが食べたかった高級菓子を献上してきたことがあり、褒美として一度だけ鞄持ちをさせてあげたことがあったくらいの関係性でしかない。

 リリーにとってはその程度の認識でしかなかったが、ヘンリーは違ったらしい。


「うう、僕を友だちだなんて……ありがとうございます……っ!」


 ヘンリーは本気で感動の涙を流していた。


「僕、本当にあなたのことが大好きで憧れていて……お近づきになれたときは、すごくすごく嬉しくて……でも、まさか、覚えてくれてるとは思わなくて……僕……僕……っ!!」

「そんなに泣かないで、ヘンリー。私、あなたが会いに来てくれて嬉しいの。……誰も来てくれなかったから」

「ッ! やっぱり……薄情な奴らめ」


 ヘンリーは涙を袖で乱暴に拭うと、悔し気に舌打ちをする。


「あいつら、みんな手のひらを返したように、リリー様の悪口を言うんです。だけど、どうしても信じられなくて……その、リリー様、本当なんですか? シェリル・ネザーランドの婚約者を強引に奪おうとしたとか、学園の女の子をいじめてたとか……」


 ヘンリーは真摯な目でリリーを見つめてくる。まるで「嘘だと言ってほしい」と懇願しているような眼差しを見て、リリーは内心微笑みながら目元に涙を一つだけ浮かべてみせる。


「……ヘンリー、私……私ね……」


 リリーは哀し気に顔をわずかに歪ませ、肩を震わせた。


「ごめんなさい、どうしてこんなことになったのか……私、まだ分からないの」


 そのまま両手で顔を覆うと、最後の方は半分泣きじゃくるように言ってみせた。実際のところは演技の涙が一筋流れただけだったが、ヘンリーにはリリーが冤罪で号泣しているように見せることに成功したらしい。指の隙間からヘンリーの様子をうかがうと、彼は顔を真っ赤にして怒っているのがよく分かった。


「やっぱり! リリー様がそんなことするはずないって、僕は信じてたんです! 嘘つきネザーランドめ……獣国と国王陛下を懐柔して、リリー様たちを嵌めるなんて……ッ!!」

「……ヘンリー、そんなこと言わないで。悪いのは、シェリルの企みを見抜けなかった愚かな私なの」

「リリー様! ああ、なんてお優しい」

 

 リリーは心にもない言葉で、ヘンリーをさらに煽った。


「ですが、リリー様。冤罪ならば声を上げるべきです。もっと訴えるべきです!」

「それは無理よ、ヘンリー。分かるでしょ、私はあまりにも無力なのだから。なにを言っても聞いてもらえないわ」

「……ならば、行動に移しましょう。僕があなたを自由にしてみせます」


 ここで、ヘンリーは覚悟を決めたように拳を強く握った。


「この監獄を警備している奴は、僕の兄の友人でして……必死に頼み込んで、面会を許可してもらったんです。あなたに会えるだけでいいと思っていました。でも、いまは違います! なんとかして、あなたを脱獄させてみせます」

「でも……無理よ。そんなこと、本当にできるの?」


 リリーは弱々しい内気な少女を演じながらも、内心は歓喜に震えていた。これを逃したら、ここから二度と出ることは叶わないかもしれないと、喜びのあまり叫びそうになる自分を必死に制していた。


「僕の家の稼業……実は人の売買もしていまして。次に来る時、リリー様に似た方を連れて来ます。そいつと入れ替えるんです」

「それは…………私と入れ替わる方が可哀想だわ」

「大丈夫です。そいつは奴隷ですから、リリー様が心を痛めることはないんですよ」


 ヘンリーが小声で囁くように告げるのを聴き、リリーは哀しそうな顔を崩さないように心がける。


「そう、それなら……無理のない程度にお願いできますか?」


 目を伏せがちに尋ねてみれば、ヘンリーはすぐさま頷いて返してくれる。完全にリリーの冤罪を信じ切っている姿を見て、リリーはほくそ笑んだ。


「……ふふ、ありがとう」


 ここから出てしまえば、あとはどうにでもなる。

 リリーはヘンリーを見送りながら、シェリルへどう復讐するかを考える。ここは嫌になるほど醜悪で寒々しく面白みのまったくない監獄だが、時間だけは腐るほどあった。


「待っていなさいね、お馬鹿なシェリル」


 口の中で小さく呟くと、自身の晴れやかな逆転劇を模索するのだった。








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