第五十三話 お客さん
僕が孤児院に来てから一月が経った。最初は不慣れな作業も多く周りの子と比べて仕事が遅れる事も多かったが、次第に慣れていき、現在は周りの子供達と同じ位の速度でこなせるようになった。
仕事の量も最初の数日は仕事を覚える為に集中的にやったため複数の仕事を一日の内で行ってたが、今ではそのような事もない。
不安だったアニの方もまずは魔術の基礎から習って修行中だ。身を守るために必要な身体強化、それと体術をルークさんやバフィトさん達と訓練している。
僕らがここに来た次の日ルークさんやトゥールさんは帰った。一度僕の実家に寄る事にはなっているが、その後は知らない。今後何かの縁があったらという事で普段活動している町の名前を教えてもらったが……行く事があるだろうか?
そんな風に過ごしていた日、午前の作業を終え、昼食のために食堂へ向かった時、その人と出会った。
「やぁ、アル、フィーリネ久しぶりだねぇ。アルは私の事は覚えているかい? 以前会った時は確か三歳だったっかな?」
食堂で待っていた人物は僕の母親リアの姉、リラ・エルネストだった。
「リラ……さん?」
「そうだよ、覚えていたんだね。随分大きくなったね」
「リラさん!?」
「フィーリネも元気そうでなによりだ」
「どうしてリラさんがここにいるんですか?」
「ん? あ~その話は後にしようか、もう食事の時間だ。私と君たちは席の場所が離れているからね。それに先ほどから君たちに怖い視線を送っている院長さんもいる事だしね」
そう言われロザリンドさんの方を見ると確かに僕らの事を睨んでいるその目は「早く配膳を手伝いな」とでも言っているようだ。
「そ、そうですね。僕は食事の準備でもしてきます」
ロザリンドさんの視線を背に受けながら僕は配膳の手伝いに移った。
昼食を終えた僕は片付けを手伝いを終わらせ、午後の訓練に遅れるとバフィトさんに伝えてから院長室へと向かった。
「すみません、お待たせしました」
「来たね。座りな」
僕は既に準備されていた椅子に座った。ここにいるのはロザリンドさん、僕、フィーリネ、リラさんだ。アニはどうやら呼ばれていないらしい。
「さて、人が揃ったね。それじゃあ話を始めさせて貰おうかな」
「話ですか?」
「うん、まぁいくつか話はあるんだけど、まずは一つ、フィーリネ、家に帰るよ」
ついに来たか。僕と違いフィーリネは無断でこの場に来ている。言葉が悪いが使用人程度の身分であるアニとは違い、貴族の子であるフィーリネがこのまま孤児院に居続けられるわけがなかった。
いつかは迎えが来るという事は予想していたが、思っていたよりも早い。もっと話し合いやらなんやらで時間がかかると予想していたのだが。
「随分早いですね」
「私が自由な人材だからね。領地の経営もお役所仕事もしていないからね。いつでも旅に出る事が出来るのさ。そのおかげでこうしてすぐにここに来れたんだよ」
「フィーリネは今日連れて帰るんですか?」
「いや、ロザリンドさんには前もって話を通してあるけど今日は泊まって、明日の朝帰るつもり。アルとのお別れだって必要でしょ?」
「……はい」
少し気を落としている様な口調でフィーリネが答える。
「それで二つ目、今のリーベルト家の状況の報告」
「状況の報告ですか?」
「うん、アルがいなくなってからの様子だけど、気にならない?」
「ええと、まぁそれなりに」
正直に言えばあまり気にならない。この世界で愛着のある人間は今現在僕の側にいてくれているし、他の人間は屋敷とは関係ない人だ。将来当主になりたいというわけでもないし、別に気にならない。が、どうやらせっかく様子を見てきてくれたようだし、聞かないというのも申し訳ない。リラさんは数少ない愛着のある人間だしね。
「とりあえず、ジギスムント君は元気だったよ。それは医者の目から見て間違いない。でも、アルがいなくなった事を気にしている様子だったよ」
無事なのは良かった。けれど僕がいなくなった事を気にしているとは……以外に思えるな。てっきり僕の事を恨んでいると思っていたけど、そういうわけでは無いようだ。なんというか、兄弟に思っていたよりも嫌われていなかったという事が少しだけ嬉しく感じる。
「リーベルト家に行ったのは前回アルに会いに行った時以来だけど、随分変わってしまったね。もう屋敷の人間がほとんどアンネローゼの派閥の人間じゃないか。いくら怪我をさせたと言ってもそれで長男が孤児院送りにされる事に違和感があったけど、あれなら納得だね。最終決定権はまだ当主のヘロルド君にあるみたいだけど、もう実質的にあの家を支配しているのはアンネローゼになっている。ほとんど乗っ取りだよ」
「そんなに酷い状態だったんですか?」
「ああ、それはもう。アルが孤児院に送られたのがむしろ避難させたのかと思う位……ああ、もしかしたらヘロルド君にはそういう意図もあったのかな?」
僕の避難、確かにそれは考えた事がなかった。父さんからは元々僕を殺そうという意見を妥協させる為に「しつけ小屋」に預けると聞いていた。それ自体は本当なのだろう。だが、当主として僕を屋敷に残すという事も不可能ではなかったのではないか。だが、それをしなかったのは僕を守る……屋敷から遠ざける為……?
駄目だ。父さんの意図がわからない。……わからない事を考えてもしょうがないか。
「いくつか話があると言っていましたが、他の話はなんなんですか?」
「ヘロルド君からアニちゃんの処遇についての言伝だよ。アニちゃんの雇用契約はアルに一任するって。屋敷に帰すも孤児院に置くのも好きにしろってさ。それと、孤児院にいる場合でも給金は変わらず払うってさ」
おお、それは驚きだ。まさかここまで勝手な事をしたアニが許されるとは、それに給料まで。父さんは随分甘く感じる。勿論その甘さに助けられている僕としては文句があろうはずもないのだが。
そんな甘い……いや優しい父さんであるが、なぜアンネローゼの様な女と結婚したのだろうか……。
「あとの話は……うん、今はいいかな」
今は……? どういうことだろうか。
「話が終わったならさっさと出て行きな」
「はい、わかりました」
僕らは院長室を後にしようとした、その時思い出したかの様にリラさんが口を開いた。
「そういえば、ここに来たついでですし、子供達の体調でも見ましょうか? 私は一応医者をやっているんですけど」
「勝手にしな」
「ふふ、わかりました」
僕らは今度こそ院長室を出た。
「あ~二人とも元気だった?」
院長室を出るやいなやリラさんは僕とフィーリネを抱きしめた。胸に顔を押し付けるように抱き込まれている。……授乳期間を耐えた僕はこの程度では動じない……ドウジテナイヨ。
「ロザリンドさんの前ではこんな風にはできないからねぇ」
「今まで態度だって決して貴族的とは言えませんよリラさん」
胸から顔を離したフィーリネはそう反論した。
「まぁまぁそういわないでよ」
そういって再びリラさんはフィーリネを自分の胸に押し付けて黙らせる。
と、リラさんがそんな行動をした直後、僕の体の中に何かが入り込んで来たのを感じた。本当に微かな感覚だが……これは魔力……か?
以前セレスと訓練でやった時よりもより徹底的に体全体に、しかしごく少ない量の魔力を張り巡らせるように僕の体の中に僕以外の魔力が流れ込んでいる。
僕はとっさに胸の感触を楽しむのをやめて顔を上げる。するとリラさんは少し驚いた様な表情を浮かべた後すぐにウインクをして見せた。
ああ、これが診断なのかな?
「もうリラさんったら!」
フィーリネがリラさんの腕の中から抜け出す。
「ほら! アルも早く離れて!」
フィーリネが僕の腕をつかみリラさんから引き離す。僕がリラさんから離れるとリラさんも立ち上がる。
「さて二人はこのあとどうするつもりなのかな?」
「僕はこの後年長者の方に初めて戦闘訓練をつけてもらう予定です。フィーリネは?」
「私は午後は何の予定もないわ」
「じゃあ一緒に来る?」
「う~ん……そうね、そうするわ。リラさん私たちは戦闘訓練に参加するつもりです。どうしますか?」
「うん、それなら私も一緒にその見学をさせてもらおうかな?」
僕らは訓練場へ向かって歩き始めた。




