第十五話 レオンハルト
会場の中では二つの集団が出来ていた。レオンハルト殿下の周りに集まる集団とセレスティーナ殿下の周りに集まる集団だ。そのどちらにも属していない人は僕らの様に、数人、多くとも五人位のグループで固まっている。
「随分とはっきり分かれたね」
殿下達の集団にはそれぞれ特徴があった。レオンハルト殿下の周りには容姿の優れた女子、標準からそれ以下といった容姿の男子。逆にセレスティーナ殿下の周りには容姿の優れた男子と、標準以下の女子が固まっていた。
七歳という年齢のうちから色仕掛け、あわよくばの精神なのかな……。貴族って恐ろしいね。
入場してきたときには二人で手をつないでいた殿下達だけれど、今は各々の集団に囲まれてしまったせいで二人とも離れ離れになってしまっている。
「フィーリネ、僕らはどうしようか」
「今更殿下達に会いに行ってもしょうがないし、いいんじゃない? 適当にそこらへんで過ごせば」
まぁ、そうだよね。僕はフィーリネと話してたから殿下達とのパイプつなぎには乗れなかったけど、ジギスは会場に残っていた。リーベルト家としてのパイプはジギスが担ってくれているだろう。アンネローゼから貴族としての態度は良くも悪くも受け継いでいるだろうしね。
ジギスの見た目はサラサラヘアーの黒髪で、顔は控えめに言ってもイケメンである。女性受けはいいだろう。身分の低い者への辺りは強い事が多いけれど、この場なら周りは貴族だけだし、問題ないだろう。
となるとジギスはセレスティーナ殿下の集団かな? その中の黒髪を探す。僕の髪色と同じで、ジギスの黒髪もこの国ではなかなか珍しい。
すぐに見つかるだろうと考えていたが、なかなかジギスが見つからない。見えるのはセレスティーナ殿下の黒く美しい髪だけだ。
「アルノルト、何してるの?」
「ジギス……弟を探しているんだけど、なかなか見つからなくてね」
「弟のジギスムントってアルノルトの隣にいた黒髪の子よね? あなたと仲良く手をつないでいた」
……手をつないでいたところも見られていたのか。なんか恥ずかしいな。別に僕にそんなつもりはなく、ただの兄弟として接しているつもりだけれど、まさかBがLな風にはとられられていないよね? こちらの世界に腐海は発生していないよね!?
「うん……。その子で間違いないよ」
「ならあそこじゃない? ほら、あの黒髪の子が二人並んでいるところ」
フィーリネの指さす方向を見ると、確かにそこにはジギスがいた。そして、その隣にはジギスと同じような髪色の少年が一人。
「あれは……誰だろう」
「大方、クレンティエン家の人じゃないかしら。私があなたに接触したようにあちらもジギスムント君に接触したんでしょ」
「貴族の親戚関係ってそんなものなの?」
「まぁ、大体はね。私の場合は、先代先々代とそのまた昔からの家の付き合いってのもあるわね。というかそっちの方が大きいかしら」
フィーリネが一息ついて自慢げに語る。
「それに、あなた達、結構親戚筋じゃ有名よ? リーベルト家に神童が二人いるって」
「え? それって僕らの事なの?」
「当然じゃない。他に誰がいるのよ」
正直、僕は自分の事が神童だと思われている事に疑問はない。ちょっと、暗めの生活を送ってるかな~とは思っているけど、普通に考えたら、物覚えの良さとか気持ち悪い位だしね。でもジギスも神童って呼ばれているのには驚いた。別に見下しているわけじゃない。先生に勉強を教えてもらうようになってからはジギスはよく頑張っている。でも僕は他の貴族の子供達を知らないからジギスがどのレベルなのかわからなかったんだ。
まさか神童なんて呼ばれるレベルだったなんて。
「まぁ、あなたと彼では随分と差があるみたいだけどね。まさか魔術を使えるなんて思ってもみなかったもの」
「まぁ、僕はそれ以外何もしてこなかったからね」
本当に、僕はこの世界に来てから何もしていない。前世の知識で何か発明するでもない、領地の開発に口を出すわけでもない。本当に、この七年間を魔術のみに費やしていた。その結果が口から魔法を出すだけっていうのもしょうもない。
フィーリネは僕を凄いと言ってくれるけど、僕はクリスティアン先生の課題に全く堪えられなかったんだ。
それは僕の心の中にずっとあり続ける不甲斐無さの根源である。
「アルノルト……?」
急に黙りだした僕を心配したのだろう彼女は俯いた僕の顔を覗き見る。
「ごめん、何でもないよ。あ、ほら、ちょうどお腹も減ってきたし、あっちの開いているテーブルに行って何か食べようよ」
僕は彼女の手を引いてすぐ近くにあった開いているテーブルに向かった。
僕はテーブルの上のお皿を取り、その上に料理を盛り付けていく。自分で料理を盛り付けるなんて、何年ぶりだろう。今回のパーティーは会場の複数個所に大皿に盛られた料理が並んでいて、そこから近くにおいてある皿を取り、料理の乗っていないテーブルで食べる。立食パーティーみたいな感じかな。
お皿に料理を盛り付けている時、ふと違和感を感じた。なぜ、このテーブルの周りには誰もいないのだろう。見たところ、他のテーブルの周りには多かれ少なかれ子供たちが近くにいる。しかし、このテーブルだけは人が一人もいない。
僕がそう疑問を感じた頃には既に遅かった。僕の後ろから大きな声が聞こえた。
「そこで何をしている! そこはレオンハルト殿下とセレスティーナ殿下の為の料理テーブルだ。一介の貴族がそこから料理を取るな!」
後ろを振り返ると、そこには先ほど殿下達の入場時にいち早く殿下達の前にひざまずいた子供であった。確か、南部の辺境伯カラズ家のアルセルムだったかな?
「そうだったのですか、知らなかったとはいえ大変失礼いたしました。取った料理はすぐに戻しますので、ご容赦ください」
「ならぬ! 貴様どこの家の者だ。殿下へのこの狼藉、家全体で罰を受けるのが筋というもの!」
狼藉って……。別にただ、料理を取っただけだろうに。それも殿下本人が言うのではなく、ただの取り巻き未満の奴が。
「リーベルト家の者です」
「ふん、そんな家知らんわ。この事はすぐに殿下に報告させてもらう。親に泣きついても無駄だぞ? 私の家は辺境伯だ。そこらの貴族とは格が違うのだよ」
うわ、こいつアンネローゼみたいなやつだな。僕の嫌いなタイプの貴族。
「アルセルム殿そう言われましても、本日ここは歓談の場。先ほど王様もおっしゃられたように、大人を排除しての我々子供だけの場です。家の事を持ち出すのは場違いというもではないでしょうか。また、王は友好を深めて欲しいともおっしゃいました。我々のこの騒動は場の空気を悪くするだけで、決して友好な関係を築くようなものではないと思うのですが。なのでこの場をこれで終いにしましょう」
僕はまくしたてるようにアルセルムに言葉をぶつけた。実際のところ、相手の方が爵位は上だし、僕自身今回のしでかしたことの不敬さがどれほどのものなのか実感がない。もしかしたら本当にアルセルムの言う通りなのかもしれないし、こいつの横暴なのかもしれない。
ならば、とにかくまくしたてるように言葉を並べて事態をあやふやにする方が得策だと僕は考えた。
僕は手元の料理をテーブルに置き、フィーリネにここから離れるように合図を送り、テーブルに背を向けた。
後ろの方から何やらざわざわとした声がする。知らない。放っておけ。僕は再び歩き出した。
「待て」
またも背後から僕を呼び止める声がした。しかし先ほどの声とは違う者だった。
「貴様、このテーブルが我らの為のものだと知らなかったと言ったな。確かに、我らの存在は貴様らには隠されていた。ゆえに元々このテーブルが我らのものだというルールはない。しかし、我らが入場してからの流れを見ていれば、当然の様にわかるはずのルールでもある」
振り返った僕の前には美しい金髪の王子――レオンハルト殿下だった。
「我らが入場してから貴様は一体どこに行っていた。答えよ」
殿下の冷徹な声に先ほどまで小うるさかった声が止み、周りの空気が凍り付いた。
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