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か細い声だったけれど、はっきりと聞こえた。


結実理が手を伸ばし、蒼白な顔で唇を震わせながら言った。


「大丈夫だから。救急車は呼ばないで……お願い……」


私と戸波君は目を見交わせた。


「呼んだほうがいいんじゃないですかね」


小声で彼は言ったが、私は首を振ると、結実理に呼びかけた。


「ゆみりー、聞こえる?救急車は呼ばないよ。私の家でちょっと横になって休もうか」


結実理はこくりと頷くと、重そうな口を懸命に開いて言った。


「ごめんなさい……」


「戸波君、手伝って」


戸波君は頷き、結実理の体を抱き上げた。


私はロッカーを手当たり次第開けて、結実理の荷物を取り出し、彼女の体に大判のバスタオルを巻きつける。


なるべく見ないようにしたが、浮き出た鎖骨や折れそうに細い手足に気づかないわけにはいかなかっ

た。


服の上からじゃ分からなかったけれど、痛々しいくらい痩せている。


「悪いけど、私の家まで運んでくれる?」


「分かりました」


戸波君は言って、松の湯の裏口から出てすぐの、『天見』と表札のついた家の玄関に回った。


私が玄関を開けると、奥からおばあちゃんが現れた。


私の母方の祖母で、松の湯の名物女将と呼ばれた松田登紀子(まつだ・ときこ)だ。


「おばあちゃん、この子ちょっと具合が悪くなったみたいで」


言いかけると同時に、ブーッ、ブーッと音が鳴った。


結実理のバッグの中でスマホが振動しているようだ。


「二階に布団敷いてあるから、そこに寝かしぃや」


おばあちゃんは即座に言い、戸波君は玄関からすぐにある急な階段を上った。


突き当たりが私の部屋で、言われたとおり敷いてある布団の上に結実理の体を横たえる。


まだぐったりしているが、呼吸はあるし、体の震えは先ほどよりずっと穏やかだった。


私はほっとして、大きく息をついた。


「……ありがとう、戸波君。私一人じゃどうにもできなかった」


「いえ。俺、もう少しここにいましょうか」


「ううん、もう大丈夫。上がっていいよ。遅くまでごめんね」


「分かりました。お先に失礼します」


「お疲れさま」


淡々とした足音が階段を降りていくのを聞きながら、私は眠る結実理の横でスマホの画面を見た。


二十三時三十七分。


時刻表示の下に、『嘉人さん』からの着信が二十一件入っていた。


「うーん……」


首をひねりつつ、思わず呟いた。


「……これ、どうしよう」


十中八九、この『嘉人さん』は結実理の夫だろう。


結実理が遅くまで帰ってこないので、心配して電話をかけているのだ。


そして松の湯の女将である私としては、お客様である結実理の夫に状況を知らせるのが筋だろう。


それでも手が止まるのは、結実理が夫に知られたくないように見えるからだ。


救急車を呼ぶのをあんなに嫌がったのは、呼べば大ごとになる、夫に迷惑をかけるという思考から来たのではないか。


「ご家族に知らせといたほうがええやろ」


「おばあちゃん」


エスパーなみに心を読まれて、私はぎょっとした。


いつの間にか背後に立っていたおばあちゃんは、小柄な体に似合わず、眼差しには人を貫くほどの鋭さがある。


闇の中でも、その両目は猫のように光っていた。


「知らせといたほうがええ」


駄目押しされて、「そうだよね……」と私はスマホを手にとる。


そのタイミングで、『嘉人さん』から今夜二十二回目の電話がかかってきた。


























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