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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第三章 変わる想い、変わらない想い
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73 名のない想い②


客人の名前はサリファ・ガンドゥーリ。

中東の王族の一員で、20歳ということだった。

母親が理事長と知り合いで、今回は母と子で来日しているらしい。


今日は母親と理事長に用事があるため、つぼみが接待を任されたらしかった。



「皆さんがつぼみだね。今日は1日よろしく」


サリファという男はそれぞれに握手を求めながら挨拶していく。


「日本に来るのは初めてなんだ。同年代の人と交流ができて嬉しいよ」

「日本にはいつまでいらっしゃるのですか?」


雫石の微笑みに嬉しそうににっこりと笑う。


「残念ながら、明日には帰ることになっていてね」

「どこか観光はされましたか?」

「あぁ。観光もしたけど、日本の食べ物を食べることができたのが一番嬉しかったよ。この国の食べ物は美しいし、おいしいね」


さっきの突飛な行動に驚いてしまったが、雫石と話しているのを見ると常識的で王族とは思えないほど気軽な人物だった。



サリファは、純の方を見て申し訳なさそうに眉を寄せる。


「先程はすまない。ひと目見て心を奪われてしまって、ついあんな行動をとってしまった。許してほしい」


「…………」


純は謝られているというのに、無視を決め込んでいる。

サリファに近寄りたくもないのか、みんなが座っているテーブルから離れたところで不機嫌そうに壁に寄りかかっていた。


「やはり、嫌われてしまったか…」


サリファは、子供のように可愛そうなくらい落ち込んでいる。


「あまり気にしないでください。愛想がないのは元からなので」


理事長の客人なので一応気を遣ってフォローするも、翔平は何となくこの人物をあまり好意的に見られなかった。



「今日はサリファさんをおもてなしするように任されております。何かご要望はありますか?」


雫石の問いに、日本人離れした黄色がかった瞳でにっこりと笑った。


「彼女と一緒にいたいね」

「……え?」


サリファは、遠くで不機嫌そうにしている純を熱っぽい視線で見つめた。


「彼女と一緒にいられれば、他には特に望まないよ」


「「…………」」


それがどれだけ無理難題な望みなのかを、この客人に説明することはできなかった。




「どーしよっか…」


客人が要望を曲げないので、とりあえず少し離れたところで作戦会議をすることにした。


皐月は、いまだにかなり不機嫌な純に恐る恐る声をかける。


「聞くだけ聞いて見るけどさ、純はあの人といっ――」

「やだ」


「…だよね」


予想通りの反応である。


「理事長のお客さんっていってもさ、女の子1人と一緒にいたいってどうなの?」


凪月も少し不機嫌そうにしている。


「そうよね…」

「でも、理事長の指令はあの人の接待なんだよね」


翔平は、嫌そうに息をついた。


「接待といってもこっちが嫌なことを無理やり受け入れることはない。客人とはいえ、そこはわきまえてもらわないと困る」


翔平の目つきは、いつもより鋭い。


「この要望は断って他の提案をした方がいいだろ」


翔平の身にまとっている空気がいつもよりもピリピリしている気がするが、言っていることはいつも通り冷静なので安心した。


やはり冷静に物事を客観視できる翔平は、つぼみの中でもとても頼りになる存在だった。



しかし翔平がそのことを客人に提案すると、意外な答えが返ってきた。


「俺の願いを聞かないと、学園がどうなるか分からないぞ?」

「…それは、どういう意味ですか」


翔平の目が、一瞬で冷ややかなものになる。

しかしその目を向けられても、サリファは優雅に紅茶を飲んでいる。


「そのままの意味だ。俺の一族の力を使えば、ここの評判を落とすくらい簡単だしな」


そう言って、形のよい唇に笑みを浮かべる。


「俺の一族は、王族だ。その意味が分からないほど、子供じゃないだろう?」


確かに、サリファは王族の一員である。

ガンドゥーリという姓は日本にいる翔平たちでも知っている有名な一族で、世界的に見てもかなり強い権力と莫大な資産を持っている。

1つの国を治めている一族というだけで、その影響力は確かに強いだろう。



先ほどの優しそうな雰囲気とがらりと変わったサリファに、皐月と凪月もつい視線が冷ややかになる。


「猫被りすぎでしょ」

「ていうか脱ぐのはやすぎ」

「見抜けない方が悪い」


鼻で笑っている相手に、晴にもいつもの穏やかさはなかった。


「おれたちを脅すんですか」

「脅すとは言ってないだろう。俺の願いを聞けばいいだけだ。彼女は俺の好みだから、2人きりでいたいだけさ」


相変わらず優雅な手つきで紅茶を飲み、こちらに見ることなく偉そうにしている。

その姿に、翔平たちの雰囲気が険悪になっていく。


この状況をよくないとさとった雫石は、4人を制するように一歩前に出た。


「心よりおもてなしをさせていただくつもりです。それでも、お互いに良い印象のまま終えることが正しい選択だと思います。いかがでしょうか?」


サリファはそんな雫石を見ると表情を変え、優しそうに微笑む。


「そうだな。君の言う通りだ。正しい選択をすることが、頭の良い人間のすることだ」


そう言って、立ち上がる。


「ただ、俺にとっての正しい選択は変わらない。まぁ好みではないが、君でも――」


サリファの手が雫石の髪に触れそうになった時、パシンとその手が払いのけられる。



2人の間に入ったのは、純だった。


「雫石に触るな」


純の声は低く、怒気をはらんでいる。

滅多に見ないほどの鋭い目でサリファを睨みつけていた。


「いいのか?君の言動で学園がどうなるか分からないぞ」


『まずい』


翔平は純を止めようと手を伸ばした。

しかし、純はそれを手で制した。


「願いを聞いてほしいんでしょ。面倒なことを並べてないでさっさと最初の願いで我慢しなよ」


サリファは、純の言葉に満足そうに笑った。


「じゃあ、君が一緒にいてくれるんだな」


純はただ頷いた。


「純!」


翔平は純を引き寄せようとするも、柔らかく微笑みながら拒まれる。


「わたしが強いの知ってるでしょ」

「そうじゃ――」

「そっちは任せるから」


全員、その言葉の意味に気付いた。

しかし、だからといって純をその男と一緒にいさせるわけにはいかなかった。

相手は純に好意を持っている。

しかもこの男の性格を考えると、ただ一緒にいたいだけではなさそうだった。


「お客さんだからって、この人の言うこと聞くことないよ」

「それに、純に何かあったら…」

「皐月と凪月の言う通りだよ、純」


純が強いのは十分に知っているが、何かあったらと心配は消えない。

いつものように、簡単にはったおして良いような相手ではないのだ。


「大丈夫」


心配している晴たちに、純は何でもないようにその一言を口にする。


「じゃ、またね」


そう軽く言うと、サリファと一緒にティールームを出ていった。




「翔平くん、気持ちは分かるけれど…!」


翔平と雫石は、ティールームを出て学園の廊下をかなりの速さで早歩きしている。


純とサリファがいなくなった後にすぐにつぼみとして行動するためそれぞれ別れたのだが、雫石は翔平についてきていた。


あの場で翔平が一番平常心を保てていなかったのは明らかだったので、1人で行動させることに不安があったのだ。

翔平は雫石を置いて行きそうなほどのスピードで歩いているので、雫石は軽く走らなくてはいけない。



何とか追いつくと、翔平はいつもの鉄仮面が崩れて余裕のない表情をしている。


「純は、この方法が一番いいと分かったからあの人について行っただけなのよ?」

「…分かってる。あいつが時間稼ぎをしている間に、俺たちが理事長の本当の目的を見つけるしかない」


『理事長の目的は1つではないことが多い。今回は、あの男の接待以外にも何か目的があるはずだ』


理事長は今回の指令で、「きっと何とかなるわ」と言っていた。

理事長ならあの男がつぼみの女子に興味を持つのも、きっと想定内だったに違いない。

そのうえで、何とかしろと言っているのだ。


つぼみがあの男の接待を任された他の目的が分かれば、あの男に対抗できる手札を得ることもできるはずなのだ。


『だが…』


「あの男は、こっちが逆らえば学園がどうなるか分からないと言っていた」

「えぇ。それが本当なのか嘘なのか、本当の場合はそれをどう防ぐか分からない間は抵抗するのはよくないわ」

「あぁ。だが、それは純も同じだ。あいつは誰にも負けないくらい強いが、今は抵抗できない」


その危険性については、雫石も気付いていた。


「学園を人質にとるということは、純にとっては理事長を人質にとられているのと同じことだわ」


静華学園の評判が落ちるということは、理事長の評判が落ちるということに直結する。

純は理事長と同じで、家族を大切に想う気持ちが強い。

いつもは他人に無関心で自分の好きなように行動する純も、理事長に迷惑がかかるとなるとその行動を自制する。

家族を守るためなら、純は相手の言いなりになる可能性が高いのだ。


『だから、止めようとした…』


自分の伸ばした手を拒んだ純の柔らかく笑った顔が思い浮かぶ。



純が強いことなんて、翔平が一番知っている。

大の男を何人も倒している姿だって、何度も見てきた。


それでも、体の中を焼いてしまいそうなほどの不安が消えない。



翔平は拳を握りしめ、氷のような冷たい瞳であの客人の顔を見据えた。


『純に何かあれば、絶対に許さない』



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