72 名のない想い①
「最近、暑いよねー」
「まだ梅雨来てないのにね」
「そうだね」
皐月と凪月、純は授業が終わったので、つぼみの部屋に向かっていた。
まだ6月だというのに太陽からの陽射しはじりじりと肌を焼くように強く、湿度が高いせいでかなり蒸されていて暑い。
つぼみが3人揃って歩くと校舎内は騒がしいかと思って外に出たのだが、外は外で人だかりがすごかった。
どうやら、体育祭でつぼみの人気がさらに上がったらしい。
一番活躍したのはやはり翔平で、出場した競技で全て1位をとり、チームを優勝に導いた。
純も乗馬は1位で、皐月と凪月も卓球のダブルスで1位をとったので、注目を集めるのは仕方のないことである。
しかし、純はその野次馬に面倒くさそうにしている。
どうやら、自分たちに群がる生徒が嫌らしい。
凪月は、周りをぐるっと見た後に純に視線を戻す。
「純ってさ、つぼみになる前にもこうやって注目されたことあったでしょ?」
「ない」
「…いや、それはさすがに嘘って分かるよ」
成績は学年2位、VERTの社長でもある理事長の孫なのだ。
それに、容姿も整っている。
注目を集めるのに十分な理由が揃っている。
「別に本当。翔平と雫石といる時は見られてたけど」
純は、少し首を傾げる。
「妬みか恨みかな」
「「いやいやいやいや!」」
皐月と凪月は両手を振って必死に否定する。
「そりゃ翔平と雫石を見てる人もいるけどさ、純を見てる人だっているんだよ」
「妬みとか恨みじゃなくて、憧れとか好意で」
「ふぅん」
そういうものか、と言いながらもあまり関心がないようである。
皐月はそんな純の様子を不思議に思い、ちょっと踏み込んだ質問をしてみることにした。
「純はさ、今まで誰かに告白されたこととかなかった?」
「告白?」
「好きですとか、付き合ってくださいとか」
「あったけど」
「それが、きっと憧れとか好意の表れなんだよ。だから、純のことを好意的に見る人は多いと思うよ」
「ふぅん」
さっきの「ふぅん」よりも、確実に声に感情が乗っていない。
『『全っ然興味ないんだな…』』
「皐月と凪月は?」
「ん?」
「なに?」
純に尋ね返されるとは思わず、何のことかと2人は首を傾げる。
「好意を向けられたことあるの?」
「あー…」
「僕らはね…」
皐月と凪月は、同じように苦笑いする。
「みんな、僕らがどっちがどっちか分からないから」
「好きになってくれるのは嬉しいけど、大体言われるんだよね」
「「どっちでもいいから付き合ってくださいって」」
皐月はちょっと哀しそうに笑っている。
「そこまで割り切ってると逆に感心するけどね」
「皐月のことが好きですって間違って僕に告白してくる子もいるんだよ」
「その逆もね」
「僕らはお互いどっちがどっちか分からないようにしてたから、しょうがないんだけどね」
2人は過去に凪月が誘拐されたことから、ずっとわざと見分けられないようにしていた。
そのため見た目も性格も、好きなものも一緒にしてきたのだ。
最近になって無理に同じにすることはやめたが、長年の癖もあってなかなか抜けていない。
純は2人の顔を見比べて、首を傾げる。
「何で分かんないのかな」
不思議そうにしている純に、2人とも吹き出す。
「純は特別だよ。僕らを最初から見分けられたもんね」
「そんな人は今までいなかったよ」
「こんなに違うのに?」
その言葉は自分たちを否定しているようで、それぞれを1人の人間として分けて見てくれているようで嬉しかった。
「そういえば、晴も僕らを見分けてくれたんだよ」
「そうそう。僕らが誰かの名前を呼ぶ時、音が違うんだって」
「純も分かる?」
「そこまで気にしてなかったけど。言われてみれば」
どうやら、そこまで細かく気にして聞いていなかったらしい。
「じゃあ純は、どうやって僕らの声を聞き分けてたの?」
京極家に忍び込んだ時、純はトランシーバー越しでも皐月と凪月の声を聞き分けていたのだ。
純は、少し首を傾げる。
「聞けば分かる」
「…分かんない人が大半だから、聞いてるんだけど」
「何で分かんないのか分かんない」
純らしい言葉に、皐月と凪月は力が抜けたように笑ってしまう。
「まぁ、純らしいね」
「そうだね」
「…あの、すいません」
そんなことを3人で話しながら歩いていると、後ろから声がかかった。
振り返ると、そこには顔をほんのり赤くした男子が立っている。
何事かと思っていると、その男子は純を真っ直ぐ見た。
「あ、あの――」
「あら。皐月くん、凪月くん。どうしたの?」
皐月と凪月は、つぼみの部屋に入るなりキッチンにいる雫石の後ろに隠れた。
キッチンで紅茶を淹れる準備をしていた雫石は、2人の様子を見て首を傾げる。
皐月と凪月のすぐ後に部屋に入ってきた純は、不機嫌そうにいつもの長椅子に寝転がる。
「…純がさ、怖いんだよね」
「あら。何かあったのかしら」
「それがさ、告白されたら急に不機嫌になったんだよ…」
2人とも、ちょっと泣きそうになっている。
そんなに純が怖かったらしい。
翔平は、そんな2人を憐れんで純を厳しい目で見た。
「おい、純。2人を怖がらせるな。そんな告白され………告白?」
「そうだよ。同学年の男子から」
「なかなかの好青年から」
その言葉に、翔平は眉間にシワを寄せてどこかを睨んでいる。
2人は恐怖を感じて、さらに雫石の後ろに身を隠す。
ひょっこりと頭だけ出して、恐る恐る翔平の様子を窺う。
「…あれは何なの?」
「怒ってるの?」
雫石は怯えた2人を宥めながら、翔平を困ったように見た。
「複雑なのよ」
「あれ、複雑な気持ちを表した表情だったんだ」
雫石の手伝いをしにキッチンに来た晴は、後ろを振り返りつつ苦笑いする。
複雑そうというよりは、親の仇でも見るような顔である。
「もうちょっと平和的に複雑そうな顔してよ」
「急にあんな顔されて、何事かと思ったよね」
「「顔面公害だよ、あれ」」
「そこまで言わなくても…」
晴は一応フォローするも、本心ではその気持ちがよく分かっていた。
翔平は普段から少し目つきが悪いと言われがちで、実際に厳しく冷たい瞳を相手に向けることもある。
しかし、自分たちにそんな瞳を向けることはなかった。
寝ぼけていた時以外では。
「純が男子に告白されて複雑ってこと?」
「そんなところね」
「…それって、無自覚だよね」
「そうなのよね」
雫石はポットにお湯を注ぎながら、皐月と凪月の正確な疑問を全て肯定する。
「昔から純は告白をされることは多かったのだけれど、翔平くんといる時はできないから私と一緒にいる時にされることが多かったの」
純はもともと整った容姿をしている。
しかし中等部に入るまでは翔平とずっといたせいもあって、あまり男子は近づけなかった。
中等部に上がってからは雫石といることも増え、表情も豊かになっていったので男子の注目を集めるのは当たり前だった。
「純は、自分に好意を持つ人を毛嫌いする傾向があって…」
「あぁ、なるほど」
「今日も告白してきた男子が好きですを言い終わる前に、無理って断ってたよ」
「昔から、告白は最後まで聞いてから断りましょうって言っているのだけれど…」
「断る前提なんだね…」
晴は少し驚いているが、皐月と凪月はさっきの純との会話を思い出して納得した。
純は、人からどんな感情を向けられているのか全く興味がないようだった。
人からの好意にも無関心であれば、告白を受けるという選択肢すらないだろう。
「純は告白された後はどうしても不機嫌になるから、翔平くんが心配してどうしたのか聞くの。その理由を聞いた翔平くんもあんな感じになるから、純が告白されると良いことがないのよね」
「「うーん…」」
皐月と凪月は、腕を組んで首をひねる。
鼻をくすぐるフルーティーな香りから、今日の紅茶はダージリンらしい。
「翔平の気持ちがよく分かんないよ」
「あれって嫉妬なのかな?」
「翔平くんは…当たり前すぎて、気付いていないのよ」
「「?」」
雫石が哀しそうに言う言葉の意味を聞こうとした時、聞きなれた鈴の音が鳴った。
「あら、指令書ね」
雫石はその話題をおしまいにするかのようにポットを持って、キッチンから出る。
皐月たちはそれ以上聞くことができず、席に着いた。
雫石が淹れてくれた香りの良い紅茶に、ほっと息をつく。
雫石が指令箱から手紙を取り出し、優しい声で読み上げる。
「つぼみの皆さんへ。今回は、学園のお客様の息子さんの接待を今日1日お願いしますね。きっと何とかなるわ。理事長より」
「「…………」」
指令書を読んだ後の、恒例ではないかと思える沈黙が流れる。
「…今日1日ってことは、今日来るんだね」
「理事長には前もって言うっていう考え方がないのかな」
皐月と凪月がいつも通り突っ込む。
「しかも、何とかなるって。すごいざっくりしてるけどさ」
「今までの理事長からの指令からすると、嫌な予感しかない…」
何とかなるということは、何とかしなければならないということだろう。
雫石は、指令書の最後に書き加えられている一文を読む。
「その方はティールームにいるから、迎えに行ってほしいと書いてあるわ」
どうやら、もうその客人は学園内にいるらしい。
準備も何もできたものではないが、理事長からの指令なので仕方ない。
「行くか」
そう言って、翔平が一番先に席を立つ。
それがいつもと同じ少し目つきが悪い程度に戻っていたので、皐月と凪月は安心した。
しかし、純はまだ不機嫌なままだった。
学園には、食堂とは別の場所にティールームがある。
学園内でも日当たりの良い場所で、窓からは整えられた庭木を楽しめるようになっている。
飲み物や軽食をとりながら団欒する場所として、生徒に人気の場所でもある。
人が多いのはいつものことなのだが、今日はいつもと違う賑やかな雰囲気が入り口にまで伝わってきていた。
「何だろう?」
ティールームにつぼみが現れたことでざわついているのもあるのだが、ティールームの一画に人だかりができている。
女子生徒が何かを囲むように集まっており、きゃあきゃあという黄色い声も聞こえてくる。
ティールームの雰囲気を見るに、つぼみが接待を任された客人はあそこにいるようである。
「…なんか、嫌な予感するんだけど」
「…ただのお客さんじゃなさそうだね」
理事長の指令なので一癖二癖あるのは予想していたが、あの光景を見ると更に嫌な予感が募る。
だからと言ってここで回れ右をするわけにもいかず、つぼみはその集団に近付いていった。
「…つぼみよ」
「つぼみだわ」
「ティールームにいらっしゃるなんて、珍しいわね」
「それも、全員揃っているところを見れるなんて…」
さわさわと囁きながら周りの女子がつぼみに気付いて波のように引いていくと、その中央には優雅に紅茶を飲んでいる若い男がいた。
肌は浅黒く、日本人離れした彫りの深い面持ちをしている。
長めの黒髪を束ねており、瞳は黄色がかっている。
女子が群がるのがよく分かるほどのイケメンだった。
「サリファさんですね。俺たちは…」
翔平が自己紹介をしようとした時、その男性がある一点を見て立ち上がった。
「…運命」
「?」
何を言ったかと思うと、両手を伸ばし1人に抱きつこうとする。
しかしその人物は男性の手を避けるように体をかわして、素早く離れる。
「…やはり美しい」
空を掴んだまま恍惚の目で見つめて、懲りずにもう一度抱きつこうとしたその腕を翔平が止めた。
「すみません。初対面でこういった行動はどうかと思います」
その男性は止められたことが不服らしく、少し顔をしかめている。
「私の国では初対面でハグやキスは当たり前なんだが」
「ここは日本です。あと、本人が嫌がっているので」
抱きつかれそうになった人物は、あからさまに嫌そうにしている。
男性を見る目には、明らかに拒絶の色が含まれている。
さすがにそれを見て諦めたのか、肩をすくませて抱きつこうとしていた手を収める。
「えっと…何が起きてるのかな…」
「一目惚れしたのではないかしら…」
「運命って言ってたもんね」
「美しいとも言ってたね」
4人は、その人物を見る。
確かに顔は整っており美少女だ。
しかしその不機嫌そうな表情によって、美少女加減が少し落ちてしまっている。
「純に惚れちゃったのか…」
複雑そうな顔をしている翔平。
いまだに純を見つめている客人。
かなり不機嫌そうにしている純。
その3人を見て、今日が波乱の1日であることを予感した皐月たちだった。




