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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第二章 忍び寄るもの
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40 兄妹⑤


馬鹿だと思った。

冗談で言ったのに、友達になるなんて嘘なのに、本気にした。

学校にほとんど来ないくせに。

体が弱いって言ってたから、高等部まで歩いて体調が悪くなればいい。

そうすれば、また学校に来なくなる。

学校に来ないのに友達がほしいなんて、馬鹿にしてる。



「……?」


校舎内がざわついている。

クラスメイトが教室を出ていくのを見て、何かあったのかと廊下を覗いてみると、高等部の人が2人歩いていた。

顔は知らなかったけど、どんな人たちかはすぐに分かった。


この学園に入った子は、みんなその人たちに憧れる。

そうなりたいと、努力する。


選ばれた者だけが着ることを許される深紅の制服に、花の刺繍がされた深緑のネクタイ。


『つぼみ…』



「ここか」


瑠璃の教室の前で、翔平が止まる。


初等部に来たのは、純と翔平だけである。

双子を筆頭にみんな来る気満々だったのだが、行って帰ってくると確実に午後の授業に間に合わないので、純と翔平だけで行くことにしたのだ。

瑠璃の兄である翔平と、発案者の純である。


「瑠璃。どの子?」


純の後ろに隠れていた瑠璃は教室を見渡すと、1人の少女を指差す。


「あの子。姫路(ひめじ)さん」

「なるほど」


純はニヤリと笑うと、瑠璃と一緒に教室の中に入っていく。


翔平は純に事前に言われていた通り、教室の入り口で待機する。

話がややこしくなるので、近くには来るなと言われたのだ。

それでも心配で、妹の小さな背中を見送った。



「あなたが姫路さん?」

「あっ、はい…」

「わたしはつぼみの百合」


つぼみを前にして、少女はまだ何が起きているのか分かっていないらしい。

緊張しながらも困惑している。


「高等部の花を摘んでこいって言ったんでしょ?」


そこでハッとして、純の後ろにいる瑠璃を睨みつける。


「瑠璃は摘んできたよ。2輪。学園の子だもんね。わたしたちが花じゃないとは言わせないよ」


純の声はずっと穏やかだが、そこに優しさはない。


「瑠璃」


純は、後ろにいる瑠璃を促す。

瑠璃はそれに小さく頷いて、一歩前に出る。


「約束。わたしとお友達になってくれるって言ったよね?」


少女は、キッと瑠璃を睨みつける。


「あなた、お兄さんに頼んだのね!そんなのズルいわ!あなた1人でつんできてないじゃない」

「ズルくないわ。わたしはちゃんと約束を守ったもの」

「何よ!体が弱いとか言って学校にも来ないのに、えらそうにしないでよ!」

「えらそうになんか…してない」


瑠璃は泣きそうになるのを我慢しているのか、スカートがクシャクシャになるくらい握り締めている。


「偉そうにしてるわよ!お友達になってなんて、どうせ上から言ってるんでしょ。あなたのお兄さんが、つぼみだから!」


だんだん、少女も泣きそうになっている。

騒ぎのせいか、教室の周りには人だかりができていた。


「どうしてあなたなんかのお兄さんがつぼみなのよ!あなたじゃなくて、わたしのお兄さんだったら良かったのに!」


翔平は、教室の入り口でそのやり取りをずっと見つめていた。



「……っ」


何か言おうとするたび、涙がこぼれそうになる。

泣き虫な自分は嫌いなのに、そう思えば思うほど、泣いてしまう。

泣くたびに、自分がどれだけ弱いのかを知ってしまう。


『瑠璃。だから―――』


さっき、純に言われた言葉を思い出す。


『その子と友達になるかどうかは瑠璃が決めるんだよ。瑠璃は、自分で答えを出せる』



涙を堪えて、目の前を真っ直ぐ見る。


「お兄さまは関係ないわ。わたしは約束を守ったけど、あなたは約束を守らなかった」


何か言おうとした相手よりはやく、口を開く。


「だから、あなたのお友達にはならないわ」

「なっ!」


瑠璃にそう言われたことにカッとなったのか、少女は手を振り上げる。


「はい、そこまで」


瑠璃の顔を叩こうとしていた少女の手は、純が掴んでいた。

純は、にっこりと少女に笑いかける。


「子供の喧嘩にも、限度っていうものがある」


叩かれそうになっていた瑠璃は、純に助けられてほっとしている。

病弱で力が弱いので、抵抗するだけ無駄だと思って受ける準備をしていたのだろう。

肩に入っていた力が、ふっと抜けている。



「瑠璃。翔平のところに行っておいで」

「…お姉さまは?」

「ちょっとこの子と、話があるから」


瑠璃はクラスメイトにちらりと視線を向けると、頷いて翔平がいるところへ行った。

純は、掴んでいた少女の手を離す。


「瑠璃の体が弱いのを知ってて、高等部まで行くように言ったんだよね。それで、瑠璃が死んだらどうするの?」

「え…?」


そこまでは想像していなかったのか、少女の口から驚きの声が漏れる。


「瑠璃が死んだら、あなたのせいだよ」

「そ、そんなつもりじゃ…」

「自分の言ったことでしょ。責任持ちな」

「わ、わたし…冗談の、つもりで…」

「冗談だったら、何を言ってもいいの?」


純の厳しい言葉に、少女は立ちすくんでいる。


「子供だからって、何でも許されるわけじゃない。ここにいるなら、知ってるでしょ」


ここは、「悪気はなかった」で許される場所ではないのだ。

子供でも、自分の言ったことに責任を持たなければならない。

幼い子供が言った一言でも、自分の家を追い詰めるきっかけになるのだ。

子供同士の些細な諍いが、家同士の関係に発展することも少なくない。


「今回のことで自分の家が潰れたら、それはあなたのせい」

「そ、そんな…」


少女は、自分のちょっとした行動が家にまで影響するとは考えなかったのだろう。

自分のしたことの危うさに、青ざめている。


泣きそうになっている少女を慰めることもなく、純は興味をなくしたように少女から視線を外すと、翔平と瑠璃のもとへ戻った。




「お姉さま。今日はありがとう」

「瑠璃ががんばったんだよ」


瑠璃は涙を拭うと、心配そうにしている兄に向き合う。


「お兄さま。今日は、ごめんなさい」

「理由は分かった。でも、あまり無理はしないと約束してくれ」

「はい」

「何かあれば、これからは俺も相談に乗る。それでいいか?」

「でも…お兄さまは、つぼみだもの。お忙しいでしょう?」


瑠璃は、兄の忙しさをよく知っている。つぼみがとても忙しいのも、知っている。

平日は遅くまで学園にいて、土日は会社に行くか、部屋で仕事をしている。

瑠璃の兄は、忙しい人なのだ。


しかし兄は、優しく笑った。


「妹のために動けない人間は、つぼみにはなれない。だから、大丈夫だ」


翔平が頭を撫でると、瑠璃は嬉しそうに頷いた。


「体調がいいなら、明日からの休みでどこかに行ってもいい」

「ほんとう?いいの?」


瑠璃は目を輝かせている。

瑠璃は病弱のため、昔からどこかへ遊びに行くことなどほとんどできなかったのだ。


「あまり遠い所に行くのは難しいが、久しぶりに遊びに行くのもいいだろう。どこか、行きたいところはあるか?」


兄に尋ねられ、瑠璃は少し困ったように眉を寄せる。


「お外に何があるのか、分かんない…」

「それなら、行きたいところを一緒に考えよう。遊園地でも、動物園でも、水族館でもいい。俺がいるから、大丈夫だ」


瑠璃はパァッと瞳を輝かせると、翔平に抱きつく。


「ありがとう。お兄さま」

「これくらいは問題ない。俺は、瑠璃の兄だからな」


妹のためなら、溜まっている仕事くらいさっさと片付ける。

隣で、兄妹のやり取りを見ていた純が柔らかく微笑んでいた。




その後純と翔平はすんなり高等部に帰れるはずもなく、初等部の校長に呼び出されて小言を言われそうになったが、


「大事な児童がいなくなったことに気付いていないようだったのでお手伝いしました」


という純の一言で、それほど怒られることなく終わった。



それから、高等部までの長い道のりを2人で歩いて帰っていった。

すでに午後の授業は始まっているが、途中から出席するのは面倒なのでさぼることにした2人である。



「あのクラスメイトがあそこまで瑠璃を嫌っていた理由は、俺か」


あの少女は、瑠璃の兄がつぼみであることに嫉妬しているようだった。


「あの子、高等部3年に兄がいるから。自分の兄がなれなくて、瑠璃の兄がつぼみになったのが悔しかったんでしょ」


純は、興味なさげな顔をしている。

そのあたりの理由は、どうでもいいのだろう。

純にとっては、瑠璃をいじめた時点であのクラスメイトは敵認定である。


「お前、相変わらず年下にも容赦ないな」

「優しくする理由がない」


普通は年下ということだけで大なり小なり優しさを持つものだが、純にとっては違うらしい。


「湊さんに、優しくされてきただろ」

「お兄ちゃんだから」

「その優しさを他の人間にも使え」

「何で?」


本当に分からないのか、首を傾げている。

天才のはずの幼馴染は、何故かこういう人の心には疎い。


「誰かに優しくしたら、その優しさは返ってくる。悪いことではないだろ」


純は、ふぅんと興味なさげに視線を戻す。


「わたしには、お兄ちゃんがいるからいい」


翔平は、深いため息をついた。

会話が噛み合っているようで、噛み合っていない。

純と湊の兄妹仲に首を突っ込むほど愚かでもないので、それ以上は何も言わないことにした。



「兄っていう生き物は、妹が大切なんだって、お兄ちゃんが言ってた」

「まぁ、それはその通りだな」


兄弟関係は人それぞれであるが、この2人の間での認識はそれで合っている。


「翔平も、瑠璃が大切なんでしょ」

「当たり前だろ」


大切な、唯一の妹である。


「わたしも、お兄ちゃんが大切」


それは、純の中での揺るぎない事実である。

生まれた時から、兄は自分を大切にしてくれた。

今までもずっと、大切にしてくれている。

そんな兄を、純も大切に思っている。


純は、何かに納得したように頷く。


「瑠璃も、妹か」

「…何を、今さらなことを言ってるんだ?」


それは10年前に瑠璃が生まれた時から、変わらない事実である。


「妹は、兄が大切だから」


純の言いたいところを察し、翔平は小さく笑った。


純にとって、兄の湊は大切な存在である。

自分と同じく妹である瑠璃も、翔平を大切に思っているということを言いたいのだろう。

面倒なのかは分からないが、口数が少ないせいで説明不足になるのは昔からである。

それでも、純がそう言ってくれるのは嬉しかった。


「妹っていうのは、いいよな」

「兄も、いいよ」


そんなことを話しながら、妹想いの翔平と、兄想いの純は、高等部への道のりを歩いて帰った。


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