39 兄妹④
それから、瑠璃は純をお姉様と呼び慕うようになった。
自分に会いに来たはずの純が瑠璃と遊ぶこともあったので、複雑な気持ちになったこともある。
『それは、今は置いておこう…』
自分の頭の中を、回想から現実に戻す。
純と一緒に花を摘んでいる姿を見る限り、瑠璃の体調は良さそうである。
瑠璃は、生まれた時から体が弱かった。
何度も、高い熱を出したこともある。
辛そうに咳をしていたり、息苦しくて泣いていたこともある。
初等部に入学した時は、制服を着て嬉しそうにしていた。
それでも体調を崩すたび、学校を休んでしまう。
そのことを、瑠璃が一番気にしているのは知っている。
自分の身体が人よりも弱いことも、そのせいで周りに心配をかけてしまっていることも、あの年齢で理解している。
だから、瑠璃は周りを困らせるような行動をしない。
自分がもし倒れてしまった時、いろんな人に迷惑をかけることをよく分かっているのだ。
今日ここに来たのにも、ちゃんと理由があるはずだった。
「瑠璃。体調は大丈夫?」
「今日は元気なの。久しぶりに、学校にも来れたの」
2人は、生垣に咲いている花を摘んでいる。
赤と白の鮮やかな花は、この時期によく咲くものだ。
純が言うには、この花にはたまに花びらが6枚あるものがあるらしい。
それを聞いてからは、その珍しい6枚の花びらがある花を探している。しかし、どこを見ても5枚のものしかない。
「翔平に言いづらいことなら聞くよ。わたしは怒らない」
「……」
瑠璃は眉をひそめたまま、5枚の花の花びらを1枚1枚ちぎっている。
芝生の上に、はらりはらりと花びらが舞って落ちる。
「…クラスの子がね、高等部にあるお花をつんできたら、お友達になってくれるって言ったの」
花びらがなくなり、瑠璃は持っていた花を力なく見つめる。
「瑠璃ね、あんまり学校に来れなくてお友達がいないの。だから…お友達が、ほしかったの」
「そっか」
純でも、そのクラスメイトがなぜそんな無理難題を押し付けたのか分かる。
初等部と高等部はかなりの距離があり、簡単に行き来できるところではない。
それに初等部の敷地から勝手に抜け出せば、怒られることは確実である。
つまり、そのクラスメイトは瑠璃と友達になる気など初めからないのだろう。
だから、瑠璃がさっさと諦めるようにできもしないことを言ったのだ。
しかし、瑠璃は友達がほしかった。
だから無謀だと分かっていて、兄に怒られると分かっていて、高等部まで来たのだ。
「1人で来るのは怖くなかった?」
「こわかった…でもお花をつんで帰ったら、もしかしたらお友達になってくれるかもしれないと、思って…」
瑠璃の目は潤み、大粒の涙がこぼれている。
瑠璃は、気付いているのだ。
花を摘んで帰っても、その子は友達になってくれないかもしれないと。
それでも、もしかしたらという少しの可能性にかけたかったのだろう。
純は、その健気な少女の頭を撫でる。
純は年下との接し方はよく分からないが、兄は自分によくこうしてくれた。
兄に頭を撫でてもらうと、心が落ち着いた。そのあたたかい手のひらに、安心した。
幼い頃、木の上から兄を呼ぶと、嬉しそうに笑みを向けてくれた。
後を追いかけると、必ず振り返って優しく手を繋いでくれた。
「すごいな」「えらいな」と言って、頭を撫でてくれた。
湊は、妹に優しく、甘い、純にとってただ1人の兄である。
『わたしは瑠璃の姉じゃないけど…』
「分かった。わたしが手伝ってあげる」
「え?」
「花を摘んで帰ればいいんでしょ」
「でも…どこにでもあるお花だったら、高等部でつんできたって分かってくれないかもしれないの…」
「大丈夫。わたしに考えがあるから」
「…?」
瑠璃は、泣きながら首を傾げている。
「だから、翔平には謝ろう。わたしが一緒にいてあげるから」
「……うん」
まだ涙が止まらない瑠璃を抱きかかえ、純はみんなのところに戻った。
純が瑠璃を抱えて戻ると、大半が信じられないものを見た、という顔をしている。
純が年下に優しくしている姿に驚いたのだろう。
「瑠璃…」
翔平は泣いている瑠璃に対して、怒りより心配が勝っているようだ。
「ほら、ごめんって言おう。大丈夫。翔平が怒ったらわたしが蹴り飛ばすから」
純は完全に瑠璃の味方であり、翔平はそれに対し複雑な顔をしている。
瑠璃が兄である自分より純を頼っているからか、純が自分より瑠璃に対して優しいからなのかは分からない。
一体どっちに嫉妬しているのだろう、と周りにいる者は思った。
「お、お兄さま…ご、ごめんなさい…」
瑠璃は泣きじゃくりながら一生懸命謝っている。
そんな瑠璃の背中を撫でている純の目は、怒ったら蹴り飛ばすからと物語り、すでに右足が少し上がっている。
翔平はそんな純を見て、ため息をつきそうになった。
自分だって、怒りたくて怒っているわけではない。
「本当に心配した。もし瑠璃に何かあったら、体調が悪くなって倒れていたらどうしようかと、心配した。もうこんな危ないことはしないでくれ」
「ごめん…なさい…」
瑠璃は泣きじゃくって話しができないので、純がさっきの話をかいつまんで話した。
「高等部の花を摘む…?」
翔平はいつも通り眉間にシワを寄せているが、今日のはなかなか深い。
ここまで深くなるのはなかなかない。
「その子も意地悪なこと言うよね」
「凪月の言う通りだよ。わざわざ高等部まで行けなんて。どれだけ距離あると思ってるのさ」
双子が少し怒っている隣で、晴は何とかならないものかと頭をひねっていた。
「多分、普通の花を持っていっても高等部の花って分かんないよね…」
「そうね…それにもしあったとしても、それが本当に高等部に咲いていた花なのか証明するのは難しいわ…」
「あるよ。高等部にしか咲かない花」
「「え?」」
「そんな花があるのか?」
純だから知っている珍しい花があるのかと思っていると、純はおもむろに指を差した。
「あるじゃん、ここに」
その意味に、瑠璃以外全員気付く。
「なるほどな。確かに高等部にしか咲かない花だ」
「咲く前でも、花は花だよねー」
「花はちゃんと初等部に持っていかないとねー」
双子は、ニヤリと面白そうに笑っている。
「それって、初等部に乗り込むってことだよね…」
晴はちょっと苦笑いしている。
「怒られそうね」
そう言いつつも雫石は楽しそうににこにこと笑っている。
そして、その中で一番意地悪そうに笑っているのは純である。
翔平は何となく嫌な予感がした。
「お前な、10歳年下なんだから手加減しろよ」
「わたしたちは、高等部の花として行くだけ」
純はそう言って、まだ涙ぐんでいる瑠璃の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「瑠璃。だから―――」




