エピローグ
「おまえが気にすることはないんだよ、レイヴン」
ふいに声をかけられて、レイヴンと呼ばれた赤毛の大男はパンの生地をこねていた手をとめました。顔を上げると、そこにはチェリーブロンドの髪をした魔女の姿がありました。
「なんの話だ」
ぶっきらぼうにそういうと、西の魔女はその紅茶色の瞳をレイヴンに向けたままいつものように淡々と続けました。
「オグル族のことはおまえだけのせいじゃない。たまたまそこに悪意を向けざるを得なかったその時代の人間の心の結果だ」
「そうかよ」
「リンデークは長い間の悪意を正そうとしている見込みのある人間だ。時間はかかるだろうが奴に任せようと私は思うよ」
「うるせえ」
レイヴンは心の中で舌打ちをしました。この魔女はどうやらレイヴンが黒猫とかいうオグル族の娘に自分が手助けをしてやっていたことを知っているようでした。もちろん、その心情も含めて。
何やら気恥ずかしい気分でパンの生地をこねまわしていると、台所から去ろうとしていた魔女が背を向けたままでぼそりとつぶやきました。
「オグル族の娘が幸せになって、よかったな」
魔女が隣の部屋に消えていくのを見計らって、レイヴンは瞳を上げました。そうしていきをひとつ吐きます。
そうして思いました。まあ今日はキャロットパンではなく、魔女の好きなパンプキンパンにしてやろうか、と。
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むかしむかし、あるところに粉屋の三男坊がおりました。父親が死んだあと三男坊は家を追い出され、大切にしていた黒猫一匹だけを抱いて外の世界へと旅立ちました。
その世界は大きく広く、そしてとても自由なところでした。
そこで三男坊はまず思いました。これまでずっと叶えてやれなかった黒猫の願いを叶えてやろうと。
三男坊は黒猫のことが大好きで、ずっといっしょに居たいと思っておりましたが、黒猫はずうっとずうっと、お家に帰りたがっておりました。ちっとも笑わない黒猫を笑わせてあげようと三男坊はおしゃべりになりましたが、黒猫はちっとも笑ってはくれませんでした。
ですから思ったのです。黒猫はお家に帰れれば笑えるのではないかと。
だからまずは、お家に帰してあげようとしたのでした。
けれども黒猫も、じつはおんなじことを思っていたのでした。
大切なひとのために、ただ何かをしてあげたいと。それだけを。
三男坊と黒猫は、今日も一緒に歩いています。
三男坊はあいかわらずよく笑いますし雲のような軽口をたたきます。
そして黒猫は、三男坊の前ではすこしだけ笑うようになりました。
ひとつのブーツから作ったおそろいのブーツを履いて、二人はあしたもあさっても、ずうっとずうっと仲良く並んで歩いていくのでした。
おわり