第41話 回復僧侶?
「魔王様、今帰りましたぁー。ちょっと怠かったっすー」
そう言ってシリカが引きずってきたのは、一台のソリであった。
「あれ……ちょっと待て。ソリの上に乗っている干からびた物はなんだ……」
ウィードが視線を落としたその先には、籠に入った魚の干物の他に、ミイラのような人形があった。
「あっ、スピーダー!」
シリカはそう言って、自身の口を手で押えた。
ソリの上では、スピーダーが呻いていた。
「……み……みず……」
ウィードは、スピーダーの手を取り脈を確認した。
「シリカ、お前少し離れておれ。ミンティは冷やす物と水を、シータスはあの者を連れてくるのじゃ!」
「……えっ。ウィード様。また、あの者をですか……」
「シータスよぅ。お前以外に、連れてこれるヤツおらんじゃろう……」
「そ、それはそうですが……」
――
そして十分後、シータスが台車を押して帰ってきた。
少し大きめの台車からは、薄汚れた白いローブとボサボサの髪が見えていた。
台車はガラガラと音を立て、ウィードの元に近づいてきた。
その音とともに現れた彼女は、この城唯一の僧侶である。
「……だる……もう疲れた……」
彼女の名は、『レイジィ』。杖を握らせると、半径二メートルの魔法陣を自動展開させ、対象を回復してくれるのだ。
だが、問題はその運用方法であった。
――カランカラン……
木の杖の乾いた音が、床を伝った。
「――シータス。それはダメだ!」
ウィードが突然声を上げた。
「あっ。レイジィ様、杖をしっかり握っ……」
シータスは落とした杖を咄嗟に拾い上げ、レイジィの手に握らせようとする。だがその瞬間、シータスは杖を抱えたまま膝から崩れ落ち、レイジィに覆い被さっていった。
杖を持てば自動発動する回復結界だが、本人のヤル気の無さが、その全てを台無しにしていた。
レイジィが握った杖に触れた者を、一瞬でまどろみへと誘ってしまうのだ。
「やっちまったかぁ、シータス……。仕方が無い、こうなったのもシリカが原因なんだぞ。
とりあえず、身体に乗った杖を引き離すから、厨房から棒か何かを持ってこい!」
「あいあいさー。ちゃちゃっと行って、パッと持って来るっす」
そう言うとシリカは厨房の奥に消えていった。
そして、五分と経たないうちに、三十センチほどの菜箸を持ってきた。
「いや……おまっ……。この、ほっそい菜箸で、このぶっとい杖を掴めと……」
「いやぁ、大丈夫っすよ。こうして、こうやって……あれ……って。ちょ、ちょっとタンマ……」
二、三キロほどある杖は、当然箸で持ち上がる訳がなかった。結局、箸と手で杖を添えるように掴んだまま、レイジィの手にねじ込もうとした。
ウィードは声を上げていた。
「――シリカァ!!」
杖がレイジィに触れた途端、シリカは白目を剥き、杖を床へ落とした。そしてそのままシータスの上へと覆い被さっていった。
ウィードはその様子を前に、ただ立ち尽くしていた。
目の前には、下から、台車、レイジィ、シータスそしてシリカの順で一つの塊ができていた。
杖は相変わらず落ちたままであった。レイジィに掴ませようにも、他の者と同じ轍を踏むことになってしまう。
ウィードは、思考を巡らせていた。
「一度、上のシリカを押さえながら、台車を引き抜いてしまえば……。いや、待てよ。そんなことをしたら、シリカに触れたワタシが……」
その時、台車がガタガタと音を立てて震えだした。
「――はっ! シリカ!」
ウィードの視線の先にあるのは、シリカである。そしてレイジィが、叫びにもならない声を出し始めた。
「……あ、あああああ、あああ……!」
「ミンティ! ワタシのマントを持っておれ!」
ミンティがその声を聞いた時、ウィードは既に走り出していた。マントを脱ぎ捨て、ジャンプとともに両足を前に伸ばし、ドロップキックのような姿勢でシリカを蹴り飛ばした。
シリカも台車もそれごと吹き飛び、その先の壁に叩きつけられた。
壁際にはシータスとシリカの上にレイジィが重なり、ウィードが仰向けになったまま口を開いていた。
辺りには、ソリの上のスピーダーと、塊の中のレイジィのうめき声が響いていた。
その場に残されたミンティは、塊に近寄り覗き込んだ。
ウィードは目を見開いたまま、よだれを垂らし、時折痙攣するように身体を震わせていた。
「――ひっ!」
その様相を見るや否や、思わず声を出した。
ミンティは辺りに視線を泳がせてみると、テーブルに椅子そして、ベージュ色のカーテンが目に入った。だが、特に使えそうなものはなかった。
ミンティは口元に手を添えて首を傾げた。すると、思い出したように、ぽんと手を叩いた。
そして、自室から大量のミントを持ってくると、四つ巴となったウィード達に引っ掛けた。
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