第1話 マヨネーズと剣と勇者たち
――『召喚される者たち』が、必ずしも強いとは限らない。
異世界と知り浮かれる者は多い。
最強の剣を授かり、強力なスキルや魔法で敵を無双できたなら、それがどれほど良かったか。
そこは、中世風の建物が建ち並ぶ『マレスティアの街』から、二十分ほど歩いた畑のそばである。
空を見上げれば渡り鳥が泳ぎ、青々と茂る草花と木々。
そして白菜畑が広がる。
そこは、かつて暮らしていた都会とは全く異なっていた。清く澄んだ空気で満たされた大きな島の一角。
鳥はさえずり、僅かな木陰でリスが楽しそうに木の実を拾い、辺りには出されたばかりのマヨネーズが飛び散っている。
そこに目を瞑れば、実にのどかな場所であった。
だが、そんな平和な風景もモンスターの脅威に晒されていた。
地響きがうなり、人の腰ほどもある巨大なミミズが、口を開けて所かまわず這い回っている。
そんな中、ある一つのパーティが奮闘していた。
金色の長い髪を持つ女勇者『アレスト』が風を受け、真っ赤なマントを翻している。
「今だ、ヒル・ワームの攻撃を食い止めろ、ゴードンッ!」
「よっしゃ、任せろアレストォォッ!」
アレストの声に応じたのは、大きな身体に白髭を蓄えた戦士『ゴードン』だった。
彼は雄たけびを上げ、紅く巨大な盾を構えてヒル・ワームへ突進していく。
ズドンという鈍い音を立て、彼は敵の進行を食い止めた。
その衝突を皮切りに、彼の後ろから魔法使い『リュミナ』が詠唱を始めた。
漆黒のローブにフードを被り、その手には一冊の魔導書が広げられていた。
ページが、ぱらぱらとめくれ、文字をなぞる指先に力が入った。
「火炎球!」
リュミナの前に魔法陣が現れた。それは宙に浮かび赤く光ると、そこからいくつもの炎球が発射された。
火球はヒル・ワームの群れへと鋭く突き刺さった。
着弾した火球は群れ全体を赤い光で染め、中心から白い閃光を放射状に広げた。次の瞬間、轟音と爆炎がヒル・ワームを包み込んだ。
そんな中、一人の男が戦場で足掻いていた。
小ぶりの盾を中腰で構え、震える手を押さえながら、鹿ほどの大きさもあるヒル・ワームの攻撃を必死に耐えていた。
身をよじり突進してくるヒル・ワーム。その衝撃は、小ぶりな盾では防ぎきれるものではなかった。
「――ッ!」
思わず声が漏れた。
盾は容易く弾かれ、その反動で身体ごと地面へ投げ出された。
咄嗟に顔を起こし、迫ってくるヒル・ワームから逃れようと地面に手をついた。
――ぬるり……
汗にもハンドクリームにも似た感触が、その指に伝った。
手からは白みがかった液体が滴り、地面へと零れた。
奥歯を噛み、ぬるつく手で草を掴むと、身体を引き寄せるようにして起き上がった。そして突進してくるヒル・ワームを、肩から転がるようにして避け、その反動で立ち上がった。
彼は、天を見上げ、腹の底から叫んだ。
「――なんで、こんなスキルなんだ、クソがアァァァ!!!」
それは轟音と悲鳴が入り混じる戦場(畑)に轟いた。
召喚した者に対してだろうか。それとも、マヨラーだからこうなったのか。
そんな理不尽なスキルに、苛立ちを隠せなかった彼は、迫り来る敵にマヨネーズを出し必死に抵抗した。
なぜなら、それしかできないからだ――
――ぶぴゅう……
彼の『手のひら』から液体が噴き出した。
真っ白で、コクのある……マヨネーズ。それは、和えれば何にでも合う魔法の調味料。
だが、ここは戦場。マヨネーズが出せたからと言って、それは戦力にはならなかった。
「油迂!! お前は……。走って撹乱しろ!」
アレストは油迂へと視線を向けて叫ぶ。だが、その言葉は僅かに詰まった。
彼のできることを色々と考えてみたが、結局はそれしか指示できないからだ。
「そ、そんなこと言ったって、これじゃいつまで持つか……」
愚痴をこぼす油迂にヒル・ワームが差し迫る。それを見ていたゴードンが、雄叫びをあげながら油迂と敵の間に入った。
「大丈夫だ油迂、お前のマヨネーズは最高だ! ここは俺がカバーするから、後で頼むぞ!!」
「すいませんゴードンさん……。この礼は必ず!」
リュミナの詠唱が、再び始まる。
彼女は、魔導書のページに指を滑らせ、単語を押さえた。
「いいわ、そのまま押さえてて、ゴードン。――火炎柱!」
火柱は地面から噴き出し、辺り一帯を焼き尽くす業火となった。辺りにはヒル・ワームの悲痛な叫びがこだまする。
その一方で、マヨネーズに足を滑らせたアレストは、盛大に転倒し、足首を捻っていた。
アレストは足を押さえてうずくまった。ゴードンがアレストを庇うように敵の前に立ちはだかり、その後ろでは、一人の僧侶が身をかがめていた。
純白のローブに紅い裾をなびかせている僧侶、『セリナ』であった。
彼女は、アレストの足首へと杖を向けた。
「大地の精霊よ、我に力を癒やしの光を……。
アレストに光を、状態治癒!!」
杖から溢れる光の奔流は、アレストの身体を包みこんでいった。
「あ、ありがとうセリナ、これで戦える!
たのむぞゴードン、もう少しだけ堪えてくれ!!」
別の群れに向かっていくゴードン。
ヒル・ワームの群れを中心に、円を描くように走っている。
そんななか、必死に逃げ惑う油迂。その後ろには、身体を揺らして迫ってくるヒル・ワームがいた。
油迂は、思考を巡らせる『もしかしたら、目隠しに使えるのでは!?』。確信はできなかった。走りながら隙を見て振り向き、その顔へ手を振るようにマヨネーズを投げつけた。
びしゃりという音とともに、その顔に命中させた。
ヒル・ワームには目がなかった。
代わりに頭部に一本の触覚と、大きな口があった。
触覚は、感覚器官のようで投げつけられたマヨネーズを感じ取っていた。
ヒル・ワームが触覚を震わせ、その動きを止めた。
「――こ、これはもしかして効いているのか!?」
油迂は、言葉をこぼした。そして、顔を目掛けて何度も何度もマヨネーズを投げつけていった。
マヨネーズは触覚を覆い尽くし、やがてヒル・ワームの口へと落ちていった。
その時であった。
ヒル・ワームは、大きく雄叫びを上げた。
突然我を失ったように暴れ出し、速度を増し、執拗なまでに油迂を追い回し始めた。
「うああぁぁああ!! 最悪だぁぁあ!」
叫び逃げ惑う油迂に、様子を見かねたゴードンとアレスト。
二人は油迂の前に立ちはだかると、ヒル・ワームを切り付けていった。
その光景を前に、足を止め、呆然と立ちすくんだ。
油迂は、このときに思った。
彼ら彼女らは、いとも容易く敵を倒せるというのに、俺はこんな所で何をやっているのだ、と。
ただ見つめているだけの戦場。
何もできない自分に、口から思わず不満がこぼれ落ちる。
「――異世界に召喚されたのに、何で使えるスキルがマヨネーズなんだよ……」
――そう思うたび、あの日の何気ない会話を思い出した。
――――
――
それは、就職して間もない頃であった。
行きつけのカフェで、友人と何気ない会話をしていたときのことだ。
いつもの他愛のない会話。だが、その日はいつもと違った。
釣りの話でもなく、仕事の愚痴でもなく、何故か異世界についての話題だった。
議題は「異世界でもっとも使えないスキルは何か」ということだった。
友人が「手から唐揚げじゃね?」と言った。だが俺は「食料事情を一変してしまうし、何より高速で打ち出せれば、武器になるじゃん」と、彼の意見を否定した。
その後も下らない議論は続いた。
飲み物を片手に「石は強すぎるだの、空気は真空にできるだの、火は、水は……」と続いた。それはやがて調味料の話題へと変わり、「マヨネーズ」と言いかかったところで、なぜかそれは起きた。
まるで太陽を直視したみたいに、視界が白く覆われ、あまりの眩しさに俺は目を塞いだ。
椅子から転げ落ちた感覚に襲われ、その咄嗟の行動に、友人が何度も声をかけてくれた。だが、その声は次第に遠のき、やがて聞こえなくなったのだ。
そして――
「召喚成功です! この地で四人目の勇者様をお迎えしました!」
気がつけば、透き通った女性の声と、幾人もの歓声が聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、暖かな日差しに包まれた真っ白な神殿。
辺りを見回してみれば、現代でも見ないような、白く妖しいローブを纏った人々がいた。
足元には、光を失いかけた魔方陣があった。
俺が何をしたのかは分からない。ただ呆然と、その魔法陣の上に立っていたのだ。
こうして彼は、見知らぬ地で目を覚ました。そこが異世界であったとは知らずに。
――これは、マヨネーズしか出せない者と、
不遇スキルに翻弄される者たちの物語。
本作品は、一応完結まで書き上げてからの投稿ですが、表現の見直しなどで一部改稿することがあります。
毎日決まった時刻(21:10)に予約投稿してくので、確実に最後までお読みいただけると思います。
※ただし、様子を見ながら手動投稿で前倒しすることがあります。
この作品は、三部構成となっております。
一部は、冴えない主人公サイドを、二部(10/30公開予定)は、自称魔王たちを絡めながら進めていきます。一応、第二部から読んでも問題ないような作りとなっています(たぶん)。
ちょっと長めのストーリーなので、ブクマ……あっ、いや……、面白かったら最後までお付き合い頂けると幸いです。
よろしくお願いします。




