1話 魔法学園の入学と再会
目の前にそびえ立つのは、国内屈指の名門『ミスティカ魔法魔術学園』。
今日からここで、『アイリス・メルヴィル』は、乙女ゲームの『モブ』に徹しつつ、大好きな魔法を学ぶ。
ここが前世でやり込んだ乙女ゲーム『ミスティカ・マギア 〜光と影の輪舞曲〜️』、通称『ミスマギ』の世界であり、自分がその舞台に転生したのだと自覚したのは十歳の頃。
片田舎にある実家の伯爵家。
その古い書庫で、本を取ろうとした拍子に足元を踏み外してしまった。その瞬間、乙女ゲームの内容と共に前世の記憶が鮮烈に蘇ったのだ。
慌てて駆け寄った姿見に映っていたのは、光魔法を操る可憐な『ヒロイン』でもなければ、苛烈な『悪役令嬢』でもない。
立ち絵はもちろん、名前すら登場しない、ただの『モブ令嬢』の姿だった。
けれどそれは、アイリスにとって好機だった。
モブなのであれば、泥沼の恋愛模様や破滅の修羅場に巻き込まれる心配が一切ない。
それどころか、この世界には憧れの『魔法』がある。
魔力自体はごく平均的な量だが、憧れの魔法が実在し、それを自らの手で使えるというだけで十分だった。
自覚してすぐの頃は、早く魔法を上手く使えるようになりたくて、領地の魔導書を読み尽くした。けれどそれだけでは飽き足らず、こっそり王都へ向かい国一番の中央図書館へ向かったり、『王都で知り合った少年』と魔法具店をまわって遊んだものだ。
(結局、こっそり王都へ向かっていたことが両親にバレてしまい王都へ行くことを禁じられた。代わりに淑女教育をびっしり受けさせられたけど……)
けれどアイリスはめげずに、魔法の勉強を続けた。
アイリスは自身の身に纏う制服の襟元へ、そっと指先を触れる。胸元で鈍い金色の光を放つ小さなブローチは、魔法学園への入学の印である、三角帽子の意匠をしている。
これこそが『魔法の楽園』へと足を踏み入れた確かな証明に他ならない。
(私は今日からこの学園で、大好きな魔法を学びながら、平穏な学園生活を謳歌する!)
アイリスは一歩、式典の行われる講堂へと足を踏み出した。
――しかし、そのささやかな平穏の誓いは、入学式の幕が上がった瞬間に早くも音を立てて揺らぐこととなる。
新入生総代の挨拶が告げられた、その時。
会場の空気が一変した。
歓声にも似た微かな吐息が、居並ぶ令嬢たちの間から漏れ出す。壇上へと歩み出したのは、一人の青年。
光を浴びてきらめく金の髪。前髪の隙間から、鮮やかなエメラルドの瞳が真っ直ぐに新入生たちを捉えた。気さくな、けれど王族としての品格を保った笑みが、彼の端正な顔立ちをいっそう魅力的に引き立てる。
この国の第二王子にして、乙女ゲームの正統派攻略対象――『ウィルバート・エルセリオ』。
割れんばかりの拍手と、令嬢たちの黄色い歓声が講堂を満たすなか、アイリスの思考は完全に凝固していた。
(なんだか……どこかで、お会いしたことがあるような……?)
記憶の奥底に眠るのは、夕暮れの薄暗い図書室。藍色のローブから溢れ出た、あの眩い金の髪とエメラルドの瞳。
(まさか、あの時の『ウィル』……!?)
思い出した瞬間、後方の席に座るアイリスは危うくその場にへたり込みそうになるほどの衝撃を覚えた。
頭の中が真っ白に染まり、朧げだった記憶が凄まじい勢いで脳裏を駆け巡る。
かつて、こっそりと王都の図書館へ足を運んだ時のこと。高い棚の本に手が届かず困っていたアイリスに、ローブのフードで顔を隠しながら声をかけてくれた、ウィルと名乗ったあの少年だ。
その出会い以降、何度か王都へ通うたびに一緒に魔導書を読んだり、彼の『魔法の上手な幼馴染』が教えてくれたという魔法具店を二人で探索したり……魔法の楽しさを共有し合ったアイリスの友人。
王都といえど、下町にいた少年が、この国の王子だったなどと、誰が想像できただろうか。思えば素顔を見せてくれた時、妙に空気が緊張していたように感じた。あの時は綺麗な子、と気にしていなかった。
ゲームの立ち絵やスチルは十五歳以降のものであり、十歳当時のウィルバートの素顔など、知るはずもない。それでもこんなに似ているのだから、あの時に気づくべきだった。
あまりの衝撃にアイリスはただ呆然と、ウィルバート・エルセリオ殿下として、眩い光の中に堂々と壇上に立つ彼を見つめることしかできなかった。




