第30話 その責任、番人という名の代償につき
深夜、避難民街を切り裂いた悲鳴。
湊が駆けつけた時、一つのテントが内側から吹き出したような勢いで炎を上げていた。
「マスター! 水を……いや、砂を! 消えねえんだ、この火!」
ギルド員たちの叫び。湊は呆然と立ち尽くした。
鎮火後、湊は焼け跡の中で、黒く焦げた「重い石の塊」を拾い上げる。
リール商会が安価にバラ撒き始めた『魔導冷却器』の残骸。それは、もはや原型を留めていなかった。
(……なんだこれ。ただの石か? なんでこんなものが燃えるんだ……?)
専門知識などない湊には、その塊が何なのか判別すらつかない。ただ、自分の管理不足が招いた惨状に、足が震えるだけだった。
そこへ、泣き崩れる一人の母親が、震えながら訴えかけてきた。
「ごめんなさい、マスターさん……。子供の熱を下げたくて、つい、点いていないはずの線から針金で……。でも、最初はちゃんと冷たかったんです! 本当なんです!」
母親は必死に、その機械の「最期」を語った。
「なのに、使っているうちに、裏側が火傷しそうなくらい熱くなってきて……。 それで、急に火を噴いたんです!」
「……裏側が、熱くなった?」
その言葉が、湊の脳内で一つの記憶とカチリと噛み合った。
蒸し暑い登校中。
プレートが当たる首筋だけはやけに冷たい。
けれど、そのすぐ裏側にある排熱ファンは、弱々しい音を立てながら不快な「温風」を吐き出していた。
うっかりカバンのストラップでファンを塞いでしまった時、首筋に走った、あの「ヒヤッとするのに、そのすぐ裏が焼けるように熱い」という気持ち悪い感覚。
――首に巻いたネッククーラー――
(……あ。あれと同じだ)
名前も仕組みも、理屈も知らない。
けれど、湊は直感した。
この世界の『冷却器』は、冷たい空気を生み出しているんじゃない。
表の熱を奪って、裏側に捨てているだけなのだ。
なのに、この密閉されたテントには、その「捨てた熱」を逃がす場所がなかった。
だから、溜まった熱が限界を超えて、爆発するように燃え上がったんだ。
「……湊。……何がわかった」
背後から、負傷した腕を吊ったガトが、苦々しい表情で現れた。
「ガトさん。……これ、わざとやってるのか、それとも知らないのか……。裏側の排熱が、全然足りてません。これじゃ、冷える前に自分の熱でショートします」
「……石をどう焼けば冷える面ができるかは知ってる。だがな、湊。『奪った熱をどこへ逃がすか』なんてことは、誰も教わっちゃいねえんだ」
ガトは呆然と、焼け焦げた魔導具を見つめた。
* * *
「……ルール、ですから」
湊は、自分でも驚くほど冷酷な声を出した。
「盗電による損害賠償として、次の配給から十日分の食料を差し引きます。それと、この区画は安全確認が終わるまで、全世帯の通電を無期限で停止します」
十日分の食料。
それはこの極限状態の難民にとって、緩やかな死刑宣告に等しい。
言葉にするたび、湊の喉がカミソリで切り裂かれるような痛みが走った。
「そんな……!? 私たちは何もしてないのに!」
「あんた、魔法使いを助けた英雄じゃなかったのかよ!」
「結局、金持ちの側に立って俺たちを監視してるだけじゃねえか!」
暗闇の中で投げつけられる罵声。
守りたかったはずの人々に石を投げられ、湊は泥だらけの顔を上げることさえできなかった。
工房へ戻る道の途中、月明かりの下で心配そうにこちらを見つめるエレナの姿があった。
(……今の俺は、どんな顔をしてる? きっと、リールさんと同じ……冷たくて、汚い顔をしてるはずだ。あの日、石鹸でエレナを綺麗にしてあげた時の俺とは、もう違うんだ。……こんな顔、あの子にだけは見せられない)
「……クソっ……!」
湊は、焼け焦げた石の塊を地面に叩きつけた。
彼女の雷魔法なら、もっと安定した制御ができる。
ガトの火魔法があれば、もっと高精度のコアが焼ける。
湊は、その考えを頭の中から叩き出した。
ネッククーラーの仕組みすら説明できない平凡な高校生が負うには、管理者の椅子は、あまりにも熱く、重すぎた。
翌朝、リール商会の倉庫から、見慣れない赤い輝きを放つ石が、静かに搬入されていた。




