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断罪された最強の女騎士、傭兵少女と地の底から逆襲を開始する 〜冤罪で国を追われた騎士団長は、王国を守るために牙を剥く〜  作者: 十目 イチ


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第29話 旅立ち

 朝靄が王都を白く包み、長い夜の終わりを告げていた。

 旧王宮の正門前、戦いの傷跡が残る石畳の上に、懐かしい顔ぶれが集まっていた。


「アルテア様! ミーナ!」


 駆け寄ってきたのはテオとザックス、そしてロイとカレンだ。

 彼らはアルテアたちの無事な姿を確認すると、弾かれたように顔を綻ばせた。


「……皆、無事だったか」


 アルテアが安堵の吐息を漏らした直後、テオが彼女の左肩の無残な傷に目を見開いた。


「アルテア様、その怪我……! すぐに、すぐに治しますから動かないでください!」


 テオは慌てて杖を構え、治癒魔術の詠唱を始める。

 柔らかな光がアルテアの肩を包み、抉れた肉が徐々に塞がっていく。集中して魔力を注ぎ込むテオが、呆れたように、しかしどこか誇らしげに口を尖らせた。


「……よくこんな大怪我なのに平気な顔をして歩いてこられましたね。普通なら意識を失っていてもおかしくないですよ」

「そうか? エリオス殿下の顔を見たら、痛みなど、どこかへ飛んでいってしまったようだ」


 アルテアが至極真面目な顔でそう答えると、一瞬の沈黙の後、テオが深い溜息をついた。


「……そんなわけないでしょう……。本当にアルテア様は……」


 その言葉に、バルトが豪快な笑い声を上げ、ザックスたちも顔を見合わせて吹き出した。

 重苦しい戦場の空気が、ようやく本来の彼ららしい和やかなものへと変わっていく。


「ふふっ。でも、そんなアルテアだからこそ、私たちはここまで来られたんだよね。やっぱり、アルテアは騎士の鑑だよ」


 ミーナが慈しむような瞳でそう言うと、その場にいる全員が深く頷いた。



 そこへ整然とした足音と共に王国騎士団のゼノス副団長が歩み寄ってきた。

 彼は一同の前で立ち止まると、兜を脱ぎ、アルテアに対して深く頭を下げた。


「……アルテア団長。まずは、貴女に謝罪をしなければならない。私は、貴女の忠義を疑い、刃を向けた。騎士として、あまりにも無様であった」


 しかし、アルテアは首を横に振った。


「気にするな、ゼノス。貴様はあの時、王国騎士としてあるべき姿を示しただけだ。命令に従い、法を守る。それは騎士の義務であり忠義だ。謝る必要はない」

「……その言葉、痛み入ります。ではアルテア団長、改めて事後処理について報告を。首謀者のルーバス公爵、ならびに協力者のイゾルデ、ヴェールの三名はすでに拘束しました。公爵私兵団は武装解除され、解散は免れないでしょう。公爵は恐らく領地没収の上、没落の道を辿ることになるかと……」


 ゼノスは一度言葉を切ると、少しだけ表情を和らげて続けた。


「しばらくは混乱の収拾で忙しくなりそうですが……落ち着いたら、また共に騎士団として、王国の未来を支えていきましょう」


 かつての同僚からの、最大限の敬意が込められた言葉。

 だがアルテアの返答は、どこか力のないものだった。


「……そうだな。……ゼノス、あとのことは頼んだぞ」


 少しだけ奇妙な余韻を残して、アルテアはゼノスと別れた。



 アルテアは再びミーナたちの輪に戻ると、バルトに視線を向けた。


「バルト。お前たちは、これからどうするつもりだ?」

「俺たちか? まあ……とりあえず今の五人で『赤狼の牙』は続けるつもりだ。今回の一件でだいぶ人数も減っちまったしな。また残った奴らでやり直していくさ」


 バルトが笑いながら答えると、ザックスたちも「ファビアンが来る前はこんなもんだったしな」と、豪快に笑う。


 

 アルテアは次にテオに目を向ける。


「テオ。お前は……王宮治癒院に戻るのか?」

「いいえ。……戻れるかもしれませんが、僕は戻らないと決めました」


 テオは真っ直ぐな瞳で、自分の掌を見つめた。


「今回の件で、自分の視野がいかに狭かったかを痛感したんです。僕はもっと世に出て、多くの場所を巡り、見聞を広めたい。それが、僕の治癒魔術をより深めることに繋がると思うんです」


 それを聞いたミーナが、笑顔でテオの顔を覗き込んだ。


「じゃあ、テオくん! ウチの傭兵団に来ない? 腕のいい治癒師がいてくれたら、心強いし!」

「えっ、僕が……赤狼の牙傭兵団に?」


 戸惑うテオに、バルトが追い打ちをかけるようにその肩を組んだ。


「そりゃあいい、名案だ! ウチにいれば仕事で他の国にも行けるし、嫌でも社会勉強になるぞ。どうだ?」

「……。……じゃあ、お世話になろうかな。力になれるか分かりませんが」


 控えめにテオが答えると、ザックスたちが歓声を上げて彼を歓迎した。これからよろしく、と賑やかになる輪の中で、バルトはテオの耳元で低く囁く。


「……歓迎するぜ、テオ。けど、ミーナに変なちょっかい出したら承知しねえからな? 分かってるな?」


 バルトの目は笑っていない。

 テオは顔を引き攣らせ、ガタガタと震え上がった。

 そのテオの反応を見て、バルトがケタケタと笑い出す。

 

「冗談だよ、冗談! さあ、行こうぜ!」


 バルトが愉快そうにテオを連れて行こうとすると、隣で静かに見守っていたサギリが口を開いた。


「……私は、また一人で別の国へ行くつもりだったけれど。しばらく落ち着くまでは、赤狼の牙を手伝うわ」


 アルテアは、そんな彼ら一人ひとりに深く礼を言った。


「皆……本当に、感謝している。皆がいたから、私はここまで来られた」


 そして、彼女は踵を返そうとした。


「アルテア……? 貴女はこれから騎士団に戻るんでしょ?」


 ミーナの問いに、アルテアは足を止め、寂しげに首を横に振った。


「いや……私は戻らない。いや、戻る資格がないのだ」

「えっ……? どうして? だって無実だって証明出来たし、王子もあんなに……」

「私は、主君であるエリオス殿下を守れなかった。騎士団長として、主君を奪われ、その命を危険に晒した。……たとえルーバスの策略があったとはいえ、失態は失態だ。私は、殿下の騎士として失格なのだ」


 アルテアの言葉には、自分自身への峻烈な断罪が込められていた。

 バルトたちが押し黙る中、彼は静かに尋ねた。


「じゃあ……アルテア、お前はどこへ行くんだ?」

「分からない。だが少なくとも、今の私に王国騎士団長を名乗る資格はない」


 その時、ミーナがアルテアの腕を強く掴んだ。


「……じゃあ、アルテアもウチに来ればいいよ!」

「私が……赤狼の牙に?」

「そうだよ! アルテアは、王子を守れなかった自分が許せないんでしょ? だったら、いつか自分を許せるようになるまで、ウチにいなよ。……エリオス王子だって、さっき言ってたでしょ? 『待っている』って」


 アルテアがハッとしたように目を見開く。


「王子は、気づいてたんじゃないかな。アルテアが、責任を感じて去ってしまうかもしれないって。だから……あえて『待ってる』って伝えたんだと思う」


 アルテアは言葉を失い、旧王宮の高くそびえる塔を見上げた。

 遠く、朝日に照らされた最上階のテラスに、小さな人影が見える。あれは、間違いなくエリオス王子だ。彼は一人、去りゆく自分たちの背中を見送っているのだ。

 その姿を見上げながら、アルテアがミーナに話し掛ける。


「……ミーナ。頼みがある」

「何?」

「私の声を……一言だけ、あの方へ届けてくれないか」


 ミーナは優しく笑みを浮かべて、応える。


「任せて」


 ミーナが風の術式を展開する。

 アルテアはテラスの主を見つめ、静かに唇を動かした。

 そしてその言葉は、風に乗って、真っ直ぐにエリオス王子の元へと運ばれていった。


 どのような言葉が送られたのか、その場にいる他の者たちには分からない。

 ただ遠く離れたテラスで、言葉を受け取ったエリオス王子が、僅かに肩を震わせ、いつもの穏やかな……しかし少しだけ寂しげな、惜別の笑みを浮かべたのが見えた。


 アルテアはエリオス王子に向かって、一度だけ深く深く一礼し、そして毅然と王都に背を向けた。


「さあ……新しい団員が必要なんだろう? バルト団長?」


 アルテアの言葉に、バルトが「ああ、大歓迎だ!」と応え、ミーナたちが彼女を取り囲む。


 アルテアは一旦、騎士という名誉と忠義を脱ぎ捨て、ミーナたちと共に征く決意を固める。

 そしてアルテアは仲間たちと共に、朝日が照らす果てしない地平へと歩み出した。


 背後に残る王宮のテラスでは若き王子が、その背中が見えなくなるまで、ずっと見守り続けていた。


 === 第一部 完 ===

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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