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断罪された最強の女騎士、傭兵少女と地の底から逆襲を開始する 〜冤罪で国を追われた騎士団長は、王国を守るために牙を剥く〜  作者: 十目 イチ


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第1話 泥濘の逃走と赤狼の牙

興味を持っていただいて、ありがとうございます。

よろしくお願いします。

 叩きつけるような豪雨が、森の中を駆け抜ける銀色の髪を無慈悲に打ち据えていた。

 

 かつて「王国の至宝」とまで称えられたその美貌は今や泥と汗に汚れ、体の至るところに剣戟の痕が刻まれている。


「追え! 逃がすな! 王国騎士団の名において、逆賊アルテアを取り逃すな!」


 背後から迫る怒号。

 一週間前まで共に背中を預け合った部下たちの声だ。

 皮肉なことに彼女が自ら教え込んだ追撃の陣形は完璧だった。一週間に及ぶ不眠不休の逃走。

 アルテア・アイゼンシュタインの体力は、とうに限界を超えていた。


(エリオス様……申し訳ございません。私は、お傍にいながら……!)


 あの日、エリオス王子の寝所に駆けつけた彼女を待っていたのは無残に荒らされた部屋と、動かなくなった主。

 

 そして彼女の私物である短剣を証拠として突きつけたルーバス・ボルドン公爵の冷徹な笑みだった。

 

 王国騎士団団長であり、エリオス第一王子の騎士でもあったアルテア。

 そんな彼女でも弁明の余地など与えられなかった。

 捕らえられれば真実は闇に葬られる。

 彼女は騎士としての誇りを捨ててでも生き延び、この陰謀を暴く道を選んだ。


 王都からほど近い森の中で、アルテアは背後に迫る騎士団から必死に逃げまどっていた。背後に騎士団の足音が迫る。姿は見えないが、もうすぐそこまで迫って来ていた。

 

 アルテアの眼下には、轟々と音を立てて荒れ狂うカレドニア川の急流。

 アルテアはボロボロになった訓練着のフードを深く引き直した。

 

 その奥に隠された、(みどり)(あか)のオッドアイが決死の覚悟で濁流を見据える。


(まだ、捕まるわけにはいかない……!)


 彼女は迷わず、眼下の激流へと身を投げた。

 冷気が肺を突き刺し、岩に叩きつけられる衝撃と共に、彼女の意識は一気に暗転していった。


 ◇◇◇◇

 

 爆ぜる薪の音と、重苦しい男たちの話し声で目が覚めた。

 

 アルテアが最初に感じたのは、手首と足首を食い込むように縛り上げる、革紐の感触だった。


「……起きたか、騎士様」


 低く、地を這うような声。

 アルテアが混濁する意識の中、顔を上げると、どうやらそこは湿った洞窟の中のようだ。

 目の前の焚き火を囲んで、数人の男女が彼女を値踏みするように見つめている。


 アルテアの側にいたのは、精悍な顔立ちの青年と、その傍らで不安げな表情を浮かべる少女。そして青年の背後に影のように控える、顔に深い傷跡を持つ男の三人。

 他の数人は焚き火の揺らぎであまり顔が見えなかった。


 混濁したまま、アルテアが声を出す。

 

「ここは……」

「カレドニア川の下流にある洞窟だ。川岸で倒れていたあんたを拾い上げた。……もっとも、死体ならそのまま流してやったんだが、運良く生きてたもんでな」


 青年は懐から丸まった紙をアルテアの目の前に広げた。そこには彼女の人相書きと、三億ゴルドという法外な懸賞金が記されている。


「王国騎士団長……アルテア・アイゼンシュタイン。王子暗殺の実行犯。その特徴的な眼……間違いないな。なあ、騎士様。あんた、本当にあの王子を殺したのか?」


 青年の問いに、アルテアは力なく首を振った。

 

「私は……殺していない。嵌められたのだ。公爵の手によって……」

「そんな言い訳、死刑台へ向かう罪人はみんな言うことだぜ」

 

 冷淡に言い放ったのは、顔に傷のある男だった。彼は腰に差した長剣の柄を弄りながら、青年に一歩詰め寄る。


「バルト団長。話すだけ時間の無駄だ。こいつは歩く金貨袋だぞ。すぐに王都へ連行し、騎士団に引き渡すべきだ。これだけの賞金があれば、当分無茶な仕事を引き受けなくて済む」

「……ファビアン、少し待て。この女の目は、嘘をついているようには見えない」

 

 バルトと呼ばれた青年が、アルテアの顔を覗き込みながらファビアンという顔に傷のある男に応えた。そして視線をファビアンの方へ戻すと、

 

「騎士団長ともあろう者がこんなボロボロになりながら一週間も逃げ回ったんだぞ? 真犯人だったら、もっとうまくやると思わないか?」

「兄さんの言う通りだよ、ファビアンさん」

 

 これまで口を開かなかった少女が、蚊の鳴くような声で続けた。

 

「この人、どこか悲しそうな色をしてる。悪い人には見えないよ」

「甘いな、二人とも。先代が死んでから、あんたの采配はいつもそうだ、バルト。お前たちは情に流されて損ばかりしている。俺たちは傭兵団だぞ。慈善事業をやってるんじゃないんだ」

 

 ファビアンの瞳に、鋭い不信の光が宿った。


 ◇◇◇


 その夜、洞窟の中は嫌な静寂に包まれていた。

 アルテアは壁際に拘束され、浅い眠りの中にいたが、足音を忍ばせる微かな音で目を覚ました。


「静かにしろ。騒げば舌を抜くぞ」


 目の前にいたのは、ファビアンと、彼に同調する三人の団員だった。彼らはバルトの目を盗み、アルテアの体を強引に立ち上がらせる。


「何をするつもりだ」

「決まっている。バルトが動かないなら、俺たちが独自に動くまでだ。あんたを今すぐ王都へ届ける」


 アルテアの両脇を抱え、出口へ向かおうとした瞬間、洞窟の奥から鋭い声が飛ぶ。

 

「待て、ファビアン!」

 

 バルトが飛び出してきた。その後ろには、杖を構える少女の姿もある。


「バルト、ミーナ……気づくのが早いな。だがこいつは俺たちが貰い受ける。団の存続のためだ、あんたも理解してくれるだろ?」


 ファビアンは腰の剣を抜き、その切っ先を二人に向ける。

 

「団を私物化するな、ファビアン! 仲間の総意も得ずに勝手な真似は許さん!」

 

 先にバルトが鋭く踏み込み、拳を振り抜いた。ファビアンはそれを素早い動作で受け流し、バルトの体が地面を転がる。

 バルトはすぐに立ち上がると、ファビアンの横を走り抜け、アルテアを拘束していた男に体当たりをぶつけ、アルテアの拘束が解かれた。

 そしてアルテアの手足の革紐を短剣で切り捨てると、アルテアに小声で声をかける。


「アルテア。ミーナと一緒に逃げろ。奴らは俺が食い止める」

「何?」


 アルテアが驚きの表情を浮かべ、バルトに振り返る。

 

「ミーナ! アルテアを連れて逃げろ! ここは俺が食い止める!」

「でも、兄さん!」

「行けッ! こいつらは俺が教育し直してやる!」


 バルトの咆哮と共に、洞窟内で激しい戦闘が始まる。バルトとミーナ以外の団員は全てファビアンに賛同していた。

 数で勝るファビアン側に対し、バルトは文字通り肉壁となってアルテアへの道を塞ぐ。

 

「行けぇッ!!」

「誰かミーナとアルテアを捕まえろっ!」


 ファビアンの叫びに反応した数人の男がミーナに迫る。だがそれより早くミーナが魔術を発動させる。

 風属性の魔術。彼女を中心とした突風が迫る男を押し返す。

 バルトに激しく背中を押されたアルテアがミーナの元に駆け寄る。


「行かせるなっ! 誰か捕まえろ!」

「させるか! ファビアン!」


 ミーナの生み出した風はバルトにはほとんど影響しなかった。突風の中を駆け抜けたバルトが文字通り、追い風を味方にファビアンたちに拳や蹴りを放つ。


「ミーナ! 早く行け!」

「兄さん!」

 

 ミーナは涙を堪え、アルテアの手を引き、洞窟の出口へと走り出した。

 アルテアはふらつく足取りながらも、ミーナの小さな手に導かれ、夜の闇へと飛び出した。


 ◇◇


 雨はいつの間にか止んでいたが、森の湿った冷気が体温を奪っていく。

 どれほど走っただろうか。

 魔術の効果ですぐに洞窟から追いかけてくる者はいなかった。

 それでも二人は全力で夜の森を駆けていった。


 

 数十分、全力で走ったミーナが急に足を止め、その場に崩れ落ちた。


「……兄さん……みんな……」

 

 彼女は顔を覆い、肩を震わせて泣き始めた。


「……ミーナ」

 

 アルテアが声をかけようと手を伸ばすが、ミーナはその手を強く払い除けた。


「……あんたのせいよ。全部、あんたのせい!」

 

 ミーナが立ち上がり、憎しみのこもった瞳でアルテアを睨みつける。


「あんたを……あの川で見つけなければ、こんなことにならなかった! 兄さんはファビアンさんと殺し合いなんてしなくて済んだし、団がバラバラになることもなかったのに!」


 アルテアは何も言い返せなかった。その通りだ。

 自分の存在がこのささやかなコミュニティを破壊した。

 

「……すまない。私の……ために、お前の平穏を……」

「謝らないで! 謝られたって、何も戻らない!」

 

 ミーナは叫び、それから力なく項垂れた。

 

「……でも……分かってる。あんたをここに残して行っても、あいつらに捕まって殺されるだけだってことくらい。兄さんは、あんたを逃がせって言った。兄さんの意志を無駄にするわけにはいかない……」


 ミーナは袖で乱暴に涙を拭うと、きつく杖を握り直した。

 

「行くわよ」

「……どこへ」


「『赤狼の牙傭兵団』には、まだ別の町に仕事に行っている仲間が三人がいるの。ザックス、ロイ、カレン……あの子たちは、何も知らない。そのまま戻れば、ファビアンたちに丸め込まれるか、巻き添えになる」


 ミーナはアルテアを見据えた。その瞳には、先ほどまでの弱々しさは消え、生き残った者としての覚悟が宿っていた。


「あの子たちと合流して、立て直す。……あんたには、そのための戦力になってもらうわよ。いいわね、騎士団長様?」

「……承知した。……エリオス様への忠義、そしてお前の兄への義理を果たすまで、私は倒れん」


 アルテアはフードを深く被り直した。

 翠と緋のオッドアイが暗闇の中で静かに、だが苛烈な光を放つ。


 かつての部下と仲間に追われる女騎士。

 家族同然の傭兵団の仲間に裏切られ、兄と裂かれた一人の女魔術師。

 

 絶望の底から、二人の「逆襲」が始まろうとしていた。


 夜の街道を、二つの影が静かに、だが力強く歩み出した。

 

 目的地は、何も知らない傭兵団の仲間が待つ宿場町。

 運命の歯車は裏切りと怒り、そして奇妙な連帯と共に、再び回り始めたのである。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もし良ければ続きも是非読んでいってください。一話約二〜三◯◯◯文字程度となっています。

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