第一章7『騒がしいお茶会』
「粗茶ですが」
「あ、ありがとう…ぐふぉあ!?ぺっぺ、なんだこのお茶」
「本当に飲んだんですの!?粗茶って言いましたわよね!?」
「粗茶どころかこれもはや泥水だろ!?てか飲むこと想定してねーなら出すな!」
差し出されたお茶を口に含むと同時、ありえない嫌悪感に襲われたディノスはお茶を吐き出した。腐ってるようななんというか、その…用水路の味がした。
「ハッ、まあいいですの!ざまーみろですわ!」
「オレが何をした…いや、それはどうでもいい、どうでもいいんだ」
黙っていれば妖艶な美女だが、口を開けば全部台無しなのはいかがなものか。
謎に勝ち誇った顔を見せられてディノスは怒りに飲まれそうになるが、グッと堪える。それでは何も話が進まないからだ。
——今、ディノスとディオラの2人がいるのは透き通った水色の異空間。この異空間自体は小学校の体育館くらいの大きさだろうか。ディオラのスペアの器やモニターなどいろんなものが置かれている。
「ここはどこで、お前は誰なんだ。異空間の管理人かなんかか?」
「ほぼ正解ですわ!ご褒美にディオラちゃんスタンプをあげますの!」
「いらねぇ………」
そしてこの殺風景な空間のど真ん中に白いテーブルが置かれ、彼らはそれを取り巻く二つの椅子に腰掛けていたのだった。
ディノスの問いかけはほとんど正解だったようで、彼女はよくわからないスタンプをプレゼントしてきた。スタンプには彼女のピース写真が貼られている。本当にいらない。
「ロロフみたいな奴だな…」
「誰ですのそのロロフって人!私と比べられるとは、きっと賢明で凄い方なのでしょうね…!」
実際にはケモに欲情する強さだけは一丁前の元騎士なのだが、これ以上話をややこしくしたくないので黙っておく。すると、ディオラはコホンと咳をした後、こう話し始めた。
「ここは『デバッグルーム』。数ある次元のうち私たちの次元を管理する場所。私はここでよく"亜空の世界"からの侵入者を抑えたり、ある程度次元の安定さが取れるよう頑張ってますの!」
「デバッグルーム…ねぇ。聞きたいことは山ほどあるが、ます亜空の世界ってのは」
「亜空の世界はいわばゴミ箱。まあ私も詳しくは知らないですけど…ここの次元はよくゲームの存在が顕現するのは知ってますわよね」
「まあ、オレもその一人だしな。それで?」
「それが問題。これはとくにバトル系でよくある話でしてよ。"最強"だの"無敵"だの、そう設定された連中が顕現し始めたらどうしますの?」
「…もちろん、全員が全員悪い輩ではないだろうが…もしそいつらが悪として暴れ出したら」
ただでさえ人間とゲームの存在で致命的なまでの差があるのに、さらにインフレし始めたら
「一巻の終わり!それを防ぐために自然に発生したのが亜空の世界ですの!!野蛮な存在は例外なくそこにいますのよ!映像あるけど見たいですの?」
「ゴミ箱世界の動画なんか面白いか…?まあ、一応見せてくれ」
そうディノスが伝えると、ディオラが指パッチンで半透明なモニターのようなものを生成し…
「なんだこれは、真っ暗だぞ」
「そう、無ですわ!どんな強者でも例外なくこの何もない暗闇で眠ってるのでしてよ!そして私はそんな彼らを見ながらポップコーンを食べるのですわ」
「それ楽しいか?」
モニターに映し出されたのはただの黒。だが、それはただの黒ではなく数多の規格外たちを封じる監獄とはディノスでもわかった。
「それで、私はデバッグルームの監督者でありあの次元の維持者!次元の安定さを取れるよう頑張ってますのよ!」
「神とかそういうもんか?まあ…なんだか知らねーけど、お前の仕事が不出来なせいで散々オレたちは苦しめられてるんだぞ。お前のせいで…!」
あの惨状を思い出しディノスはつい語気を荒くしてディオラに詰め寄ってしまった。するとディオラの顔がどんどん決壊し…
「待って!?なんで私が責められてますの!??ねぇ!私頑張ってるのになんで怒られてるんですの!?前任者が失踪してその後始末を背負わされてるだけなのに何でですの!?もうほんと、ほんと、わ、わあああああああああああ!!!」
「あ、やっちまった…前任者?」
大人気なく泣きじゃくりはじめたディオラに対し、ディノスは罰が悪そうな顔をしていたが…"前任者"というワードに引っかかる。
「なぁ、その前任者って」
「そうですの!!なんかグラウディアって奴が昔はここを管理してたらしいんだけど、突如失踪しやがったらしいですのよ!?もうほんと、信じられませんわ!記録も失踪の際消しちまってるし、その代わりとして私が世界に選ばれたらしくて、もうほんと、ここにいたらヒモどころか友達すら作れないですのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「グラウディア……か。ほら元気出せよ、飴ちゃんあげてやるから」
「…私を子供かなんかだと思ってますの?」
「うん」
テーブルをガンガンと叩くディオラに親切心で飴をあげようとしたらギロっと睨まれた。どうやら子供扱いは嫌なようだ。完全に中身は子供だけど。
「なぁ、お前はゲーム世界から来たのか?それとも元からここに?」
「私もゲーム世界出身ですの!…といっても、いきなりここに来たわけじゃなく最初は亜空の世界スタートですわ!なんかそこで惰眠を貪ってたらいきなりここに呼び出されましたの!それで仕方ないから働いてやってるんですわよ!?」
ガンガンと机を叩きながら話してる姿にはもはや威厳もクソもないが、どうやら仕事をしていることだけは確からしい。
「その言い方だと、お前より上の奴もいそうに聞こえるが」
「いや、私が意思ある存在の中だとてっぺんですわ!ただ、次元ってのは人体とかそういうのと同じで…キーーー!!難しいことわかんないですわ!まあとりあえず、意識こそないけど免疫を作り出したりとかそういう防衛機能はあるっぽくて、その一つがこれですの」
「…なんだあの禍々しいの」
ディオラが指差した先、そこには紫色の五つ首の竜、例えるならヒュドラに近いか。その体の中央に巨大な目が埋め込まれた怪物がいた。ただし、目は瞑っており動き出す気配はない。
「こいつ記録とかないからマジで何もわかんないんですのよね!前任者がいじくった形跡もないし、前任者が去ってから勝手に生まれた存在だとは…あ、名前だけはわかってますの!ナイトメアですの!」
ディオラの様子から見てナイトメアは彼女や前任者であるグラウディアが作った存在ではないようだ。おそらく…世界の意思が防衛機能として勝手に作った免疫のような存在、なのだろう。
おそらくディオラも世界が選んだ免疫のような存在なのだろう。本人的にそのつもりはないだろうが。てかなんで彼女を起用したんだ。
「エゴサしたら『抜けない女』だの『黙ってれば美人』だの散々な評価をされてるし、それだけではなく基本的にはここで社畜生活!最悪ですのよ……!」
「強く生きろ…いや、待てよ」
急に落ち込み始めてぐったりとしたディオラに対して少し同情を含ませながらそう伝えたが、ディノスには一つ引っかかるものがあったようだ。
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「絶対また来いですわ!流石にいくら私でも何年も友達ゼロで社畜させられたらめげちゃいますの!あ、次はちゃんとお土産も持ってくるのですよ?あと恋愛対象として私を見るのだけはやめた方がいいですわよ、私のタイプは家事仕事全部代わりにやってくれて養ってくれてお金持ちな人ですもの!」
「それヒモになりたいだけじゃねーの? まあ、気が向いたらまた来る』
デバッグルームから元の世界に帰され、やかましい残念美女との騒がしい茶会を終えたディノス。余談だが、デバッグルームは侵入すること自体は異次元に移動できるなら誰でも入れるが、入ったところでディオラ以外は何もできないらしい。
長いこといた気がしたが、まだ全然時間は経っていないようで日が暮れてすらいない。デバッグルーム内では時が止まってるのかはたまたディオラの騒がしさのせいで時間が流れるのが遅く感じただけか。
「まあどっちでもいい。今は体を慣らしたいから今日は無理だが、明日から本格的に動くとしよう」
ディオラはエゴサ、つまり自分自身の名前を検索エンジンで調べたら出てきたと言っていた。
そう。ゲーム世界からやってきたというのならば当然、元々自分が出演していたゲームだって残っているはずなのだ。たとえサービスが終わっているとしてもまさか記録が何一つ出てこないということはあるまい。
「モンスターパートナーについても詳しく調べた方がいいかもしれん」
そう言いながら頭に浮かび上がったのは、アルマの顔であった。




