第一章14『それぞれの覚悟』
規格外の大決戦が行われ出したボメイル森林。そこには数多の恐獣たちが生息しているが、今回ばかりは様子が異なる。
本能で動く恐獣たちは、巻き込まれてたまるかとでもいうかのように逃げ出した。
あの怪物の脅威から少しでも逃れるために、覇気を喰らって怖気付いた大量の恐獣たちが、ボメイル森林から溢れたのだ。
——故に、
「おいおい、今日はお祭りかってんだ。その、なんだ。俺だってこー見えて、いい歳したおっさんなんだぜ?」
大量の恐獣たちが蜘蛛の子を散らすかのように四方八方に駆けた先、当然そこには人里がいくつか点在する。
人里へはたまに恐獣が迷い込むことこそあれど、基本的には在留の雇われハンターが処理しているので問題なかった。だが、それも"今日までは"の話だ。
「ひーふーみー…2万とかそこらはいるな、これマジかよ!?早くあそこに向かいたいってのに」
ここだけではない、東西南北全てに恐獣の群れが押し寄せており、ラクール以外にも戦える者は全て駆り出されている。
避難誘導は完了したため、民間人が命を落とすということはないだろうが、それでも集落が壊滅すれば…彼らはどの道路頭に迷い、悲惨な末路を辿ることは明白だ。
——しかし、ここには『英雄』と呼ばれるラクールがいる。
「ちゃっちゃと終わらせてぇけど」
ラクールは光の剣を構え恐獣の群れへと飛び出し、1体1体着実に無力化していく。
だが、これだけの数の暴走した恐獣たちを周囲への被害なしで食い止め、さらに別地点への応援にも行かなければならないとなると…
「まずいな、こりゃ…」
間に合わない。そんな泣き言が頭に思い浮かぶが、自分が諦めてはどうするとその雑念を振り払う。
決して、彼らに成し遂げさせてはならない。
——ナイトメアを、決して、殺されるわけには、いかないのだ。
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雨と見間違えるほどの、尋常ではない量の白い爆撃が空から降り注ぎ、ディノスの「ぃ、ぇ、ぉ」という声すらもかき消される。
「ぐぅぅぅぅぅ!!!!」
アルマは必死になって、恩人であり、何故か自分以上に自分のことを知っている彼を守り切ろうと奮闘する。
頑固なその相棒の姿を見て、ディノスもようやく自分一人を生贄として捧げる方向から、あの怪物を共に倒す方向に……
——無駄だ。
そもそも白い爆撃すら完璧には防ぎ切れていない。
双璧だけでなく自らの体も盾としてやっと、ディノスを狙う爆撃をなんとか防いでいるのだが、代償としてアルマがどんどん傷つく。
万全な状態のディノスならまだ対抗できただろうが、体が麻痺し激痛がひしめき、意識が暗転しかけている彼では無理だ。
おまけにナイトメアはザルドアとは比べ物にならないくらい耐久力も優れている。勝てっこない。
「あゎ、ぉ!」
「はいっす!」
——無駄だ。
「合わせろ」と発信したはずの声。
口に出した瞬間、何故か途端に声として成り立たないほど掠れる。
それでも本来の意図を汲んで行動に移すアルマは、流石と言うべきか。それでこそ相棒になるはずだった男に相応しい。
ギターから巨大な手を模した『雷鳴の手』を発生させ、それに強烈な打撃をナイトメアに浴びせる。
これで怯んだ隙に猛攻をしかけるつもりだ。つもりだった。
「シャァァァァァァ!!!」
音速なんて生温い速度で迫る竜の首は、あっという間に反撃に転じたアルマと、疲弊しているディノスを制圧する。
二本の竜の首に地面に叩きつけられた彼らは、さらに白の爆撃と紫紺の竜たちに、華麗かつ残酷な連撃を浴びせられた。
『雷鳴の手』を即席の壁として使って自分たちを囲み、更にアルマの盾で軽減を狙う。
しかし満身創痍で頭がぐらつく中の雷鳴の手では十分な効果は出せず、まだまだ未熟なアルマではその大部分を防げるわけがない。
結果、努力を否定し圧倒的な実力差を見せつけられる。豚が空を飛べないように、努力したとしても叶う範囲と叶わない範囲があるのだ。もちろん、今回は後者の範疇だ。
「ぃ、ぃくしょぅ…」
地に倒れ悔根の声を漏らす彼。判断ミスだったのだ。何もかも。最初から最後まで。会ってはいけなかったのだ。そもそもの話。彼と。
「状態ハ著シクナイ。速ヤカニ浄化ヲ開始スル」
ナイトメアは二人が地に倒れたと同時、5本の首から光り輝く息吹をぶちまける。
そのおどろおどろしい見た目に反し、放たれる息吹はどうにも美しく、虹色で、鮮やかだ。
実際その息吹はディノスの中に潜む紅く蠢くおぞましい"何か"を、少しずつ清めていってるような感触がする。
だがそれと同時に、本来の相棒がいるはずの場所から段々と遠ざかっていっているのだと薄々感じる。
このままではダメだ、と心が警笛を鳴らすが体は言うことを聞かない。ああ、このまま
「そこまで、ですわ!」
放たれた蒼の波動が、虹色の息吹をいとも簡単に打ち消してしまった。
朦朧とした意識を無理矢理起こし、その声を発した人物をゆっくりと見上げる。
もちろんそんなことを成し遂げられる存在など、記憶の限りでは彼女くらいなものだろう。
「ふふん、やっぱり我ながら私ってかっこいい!ですわね!」
空に浮かびこの戦場を見下ろしていたのは、蒼き女神ことディオラその人だ。
ナイトメアは彼女を見るや否や、「世界ノ守護者ヨ」と言葉を発し始めた。
彼女にはこの怪物に心当たりはないが、この怪物は何故か彼女のことを知っている。
その風貌に反し理知的に言語を発する姿は奇妙であり、不気味そのもの。
——しかし、そのナイトメアの声は突如途切れた。違う、途切れたのは声だけじゃない。
ナイトメアの存在そのものが、蒼に飲み込まれて、弾き飛んだのだ。
「——ぁ?」
ディノスは声にもならない声をあげ、事態を理解するのに摩耗した頭を無理矢理覚醒させて思考する。しかし、いくら考えても、
「いぇーいぴーすぴーすですわー!」
そこで勝ち誇り騒いでいる美女の仕業、としか思えない。
その規格外さを薄々感じ取ってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
…というより認めたくなかったの方が正しい気はするが、それは置いておこう。
こうして、世界を揺るがす怪物は退治され…
「——-ァァァァァ!!!!」
ナイトメアは決して、ターゲットを赦すことはない。まだ、浄化は完了していない。アレを、逃せば、大変なことになりかねない。
体の大部分を消失したナイトメアだが、竜の首の残骸、それが一つだけ残っている。
世界を守るため、安寧のため、ナイトメアは最後の力を振り絞って飛びかかったのだ。
「しまっ!?」
ディオラの慢心もあるが、それ以上にナイトメアの覚悟が硬い。"決意"というのは、時に大番狂せを引き起こす。これもその一つだ。
「ぁ、ぅ、ぁ」
自分のことを覚えていないのにも関わらず、必死に守ろうとしてくてくれたアルマ。
せめて、せめて彼だけでも生きる権利を与えてやってくれないか。
ディノスは力を振り絞り、鉛のように重い体を起こしアルマを咄嗟に庇った。
自身の体とマントで、気絶している彼を包み込む。その直後、竜の首が彼の背へと最後の一撃を放った。
——その結果、彼の体から鮮血と、ずっと運命を共にしていたマントが、宙を舞う。
マントは主人を守ろうとしたのか、損傷が非常に激しい。
もはや再起不能なまでにズタズタに引き裂かれたマントは、主人の無事を確認するとその役目を、生涯を終えたのだった。




