第一章12『一方的な再開』
好調。今の彼を形容するには、その言葉が最も相応しい。久しく忘れていた戦いによる高揚感を思い出し、相棒を自らの楽器兼武器でサポートしながら、苔蚯蚓を翻弄する。
「ほらほらかかってこいや!オレには届かねぇよ、フハハハハハ!!」
「ヌボァァァァ!!!」
ザルドアは飛び交う音符と雷の、二つの猛攻に押され、苦痛に悶えながらもなんとか反撃を試みる。音符を土に潜って振り切ろうとするが、それは地面を貫通してザルドアに直撃した。
ディノスは仮にも元のゲーム世界ではAランクに値する逸材。最高ランクのSには及ばずとも、条件付きで彼らに匹敵するほど力を発揮するのだ。
流石の苔蚯蚓でももはや勝利は不可能、とこの場から逃げ去りたいところなのだが…
「————-ァ"ア!!」
妙に美しく、華麗に響き渡る一つ一つの音がザルドアの琴線を刺激し、冷静に判断できる理性を暴力的な本能が殺す。
撤退の二文字を頭から消されたその愚かな蚯蚓は、ちょこまかと動き回る獲物を捕らえようと突撃をやめない。
「あの人、すごいっす…!」
縦横無尽に駆けて、戦況を一気にひっくり返した乱入者。アルマは音を司る彼に見惚れていたが、
しかし、ここで木偶の坊になるのは違う。本来自分がザルドア退治を請け負ったのだ。このまま第三者に任せっきりで終わりたくはない。
拳を握り締め、再び戦場へと参戦する。
「———ォォォ!!」
ザルドアは激怒した。必ず、かの跳び回り煩い羽虫を取り除かなければならないと決心した。
こことは違うとある次元に伝わるこの言い回しが似合うほど、今のザルドアは激怒していた。
元々知能が高くない恐獣の中でもザルドアという種は飛び切り頭が悪いのだが、その暴力性と肉体面は他の種に引けを取らない。
それに頭が悪いといえども、獲物の狩り方くらいならわかる。
ザルドアはディノスと戦いながらも気づかれないよう、大地に干渉しとあるトラップをしかけていた。——いわゆる、蟻地獄。
「む」
刹那、ディノスが地に足をつけると少し足が地面にめり込む。
さっきまでカチコチに硬かったはずの地面が、まるで流砂かのようにドロドロと溶け出す。大自然がかける圧力がディノスの足を捕らえたのだ。
圧力だけでなく、どうやらトラップとして仕掛けられた土も変異しているようで、中々ディノスの足を離さない。もちろん、対応されるのもすぐだろうが、その一瞬だけでも時間を稼げればお手柄だ。
「ヌボァァァァァァァァァ!!!」
ザルドアは翼のもがれた鳥を絞め殺すときがやってきた、祝福の時がやってきたとでも言うかのように突進する。
もうぐちゃぐちゃになったこの一帯を更に混沌とさせ、寄ってきた弱っちぃ恐獣も巻き込みながらだ。
「まさしく『慎重は当然のこと』って感じだか」
罠にかかったちっぽけなワニは、回避を諦め、片目を瞑って迎撃の姿勢に出る。この流砂を振り払ったところで回避はすでに間に合わまい。ならば最適解は防御しかないはずなのだ。
しかしその判断は間違い。この暴力性の塊を受けで覆せるとは思わないことだ。
その自然物のトラップに足を囚われた状況では、まともに防御の姿勢すら取れまい。深緑に覆われた蚯蚓は、一発鉄槌を…
「——慎重は当然のこと、って言ったばっかだろ」
しかし、彼はそんな状況に陥っても怯むことなく、冷静さを保ちながら、鋭い視線をザルドアに向け…
「——?」
いや、おかしい。あまりにも冷静すぎる。罠に嵌めたと思っていたが、逆にこちらが罠に嵌められているような。ザルドアに一瞬硬直が走るが…
「ヌボァァァァ!!」
ハッタリと判断し、すぐさま突進を再開。——それが、ザルドアにとって取り返しのつかない敗北の決定打となった。
「…ァ?」
頭上に小柄な気配を感じる。それは漁夫の利を狙う野生の恐獣か。
違う、彼らはこの戦闘に巻き込まれないよう蜘蛛の子を散らして逃げたか、無謀にも割り込んで無駄な戦死を遂げたかの二択だ。
野良恐獣でもなければ、ましてや目の前のディノスでもなかろう。———と、なると…
「てやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勢い良く降り注いできたのは、もはや流星と呼んだ方が相応しい、鉄塊として襲いかかるアルマであった。
反応する間もなく脳天に激突し、ザルドアは怯む。
その間にディノスは蟻地獄と化した流砂から抜け出し、隙を晒したザルドアに飛びかかる。
ザルドアはこのままではまずい、と体を動かそうとしたが…衝撃により軽い脳震盪を起こし、脳からの指令に神経が応えてくれなかった。
「これでとどめだ」
そんなザルドアの口に、ディノスは大量の雷をぶち込んだ。
必殺のソレをモロに喰らうどころか体内に直接流し込まれた結果、ついにザルドアは
「ヌ…ァ」
地面に力無く倒れ、その巨体を不気味に震わせる痙攣を起こし、生涯を終えた。
——ザルドアの敗因は、強いて言うならば…やはり、その知能の低さが仇となったのだった。
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「ふぅ、中々手強い奴だったな」
ディノスは自身の体についた土埃を手で振り払い、ザルドアの死体を一瞥する。
死んだふり…ということもあるから、一応の確認だ。まあ、今回は大丈夫だったが。
自身のギターは神器そのもの、サイズ調整はお手のもの。第二の相棒ともいえる『グングニル』を小さくし、懐に入れたところで…
「やっと…やっと会えたな、アルマ」
たった一か月、しかし体感時間はその数十倍だった。だが、もういいのだ。今までの苦労がやっと報われた気がして、とても感慨深い。目を震わせたディノスはアルマに対してゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。ここから、やっと新たな世界での冒険が
「そ、そのことなんっすけど…」
そんなディノスに対して、アルマの表情は一言で言えば"怪訝"。
まるで、こちらが誰なのか、どんな人物なのかを見計らっているかのような振る舞いだ。
何かがおかしいと、感動で震えていたディノスもやっと違和感に気づいた。
そして、アルマが次に紡ぐ言葉を聞くべきではない、と本能が警笛を鳴らす。ただし、ソレは耳を塞ぐ前に形にされた。
「えっと、あなたはどちら様っすか」
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—————————は?




