第一章11『雷速で駆け抜けろ』
光の見えない虚空を彷徨い続けて1ヶ月、ついに、やっと細くちぎれそうな希望の糸を掴むことができたのだ。
「どこだ、どこにいる!?嘘だったら毎日耳元に爆音でギター鳴らしてやっからな!?」
「怖いこと言わないでもらえます!?……でもアルマくん、あなたを知らないようですよ?冷やかしだと勘違いされて怒って行っちゃいました…」
「オレがいることを信じられないだけだろ!それで、場所は」
「『ボメイル森林』です!恐獣ハンターとして生計立ててるみたいで、ある恐獣の退治に向かったとか」
ボメイル森林、それは凪浦の北方に位置する広大な森である。世界自然遺産にも登録されるほど美しい森であるが、民間人の立ち入りは推奨できない。
——ボメイル森林も元々はゲームのダンジョンであったため、地上での恐獣よりも危険度の高い恐獣が現れるのだ。
お宝を求めボメイル森林に挑む挑戦者もよく散見されるが、ハイリスクハイリターンと言ったところで、救助が難しい環境ということもあり失踪者が後を経たない。
「今すぐ行ってくる」と目に活力を取り戻したディノスは、すぐさま電話を切り、北方へ向けて雷速にも匹敵する速度で駆け走り始めた。
この世界に来て1ヶ月、体が馴染んだこともあるが…自分でも信じられないくらいスピードを出せて、実に驚愕である。こんな素早く駆け回れるなら、最初からそうしておけばよかった。
「希望が背中を押したってのもあるか」
この1ヶ月で取り戻すことのできた力の一つ、雷鳴の手という技を用いながら極力人里への被害を抑え、いやゼロに。失われたものを取り戻すために、駆ける、賭ける、翔ける。
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凪浦の首都やその他都市部では、恐獣からの被害を抑えるため、ぐるりと街を囲んだ大規模な防壁が設置されていることがほとんどだ。
地を這う恐獣のほとんどはこれで無力化が可能だ。地中から入ろうとしても無駄、地下には強力なトラップが設置されておりそのような不届き者を一網打尽にする。
そして、地を這わず翼を持って襲いかかる恐獣は対空戦力で撃ち落とすのだ。
しかし予算の関係もあり、全ての街にそのような巨大な防壁を設置することは不可能である。
都市から遠く離れた至る所に点在する農村や貧困街など、防壁がないことも少なくない。
村に雇われた恐獣ハンターだって、全ての被害を食い止めることはもちろん不可能である。
——さて、本題に入ろう。
「ヌボァァァァァ!!!」
ボメイル森林に生息する、この20m越えの巨躯を誇る深緑のサンドワーム…その名はザルドア。
この二、三年の間に突如現れるようになった別名『苔蚯蚓』は、悪臭を纏いながらボメイル森林の近辺に住まう者たちを苦しめ続けていた。
ザルドアの強さ自体は恐獣の中だと中堅くらい。その巨体を活かした攻撃は山をも砕くほど強力だが、少し知能が低いのが玉に瑕。
——だが、それだけなら今頃ベテランの恐獣ハンターに退治されている。
『あのデカブツはボメイルの森を拠点にあちこちで騒ぎを起こしてるけど、出現場所も不規則!不利だと悟れば土に潜って逃亡!いやはや、厄介にもほどがある!勘弁してほしいね!』
ある恐獣ハンターはこう言った。その言葉は、ザルドアを退けることはできても、討伐はベテランの恐獣ハンターでも苦しいことを意味している。
もちろん、ラクールやアルゼイドなどの超越者ならそれら込みでも簡単に退治できるだろうが、このザルドア退治まで手が回らないというのが現実だ。
ボメイルの森は通信機能や索敵機能を遮断する不思議な力もあり、ますます尻尾を掴むことを困難にする。
——だが、ついにその無法者を捉えたチャレンジャーが現れた。
「さ、流石に強いっすね…!」
それこそが二つの盾、神器『イージス』を携えたアルマだ。地上と比べ危険度の高い恐獣が出るボメイルの森、だが彼はものともせず全て殴り倒してここまでやってきた。
「ヌボォォォォォ!!」
ザルドアはアルマに対して突進。一切合切を吹き飛ばしながら迫るその質量爆弾は、直線上全ての生命を皆等しく排除する。——しかし、アルマには通用しない。
「むぅ…!!!」
盾でその猛攻をガッチリと受け止める。
まだ未熟なため完全に衝撃を受け流すことはできず、押されはしたが、アルマはなんとかザルドアの猛攻を防ぐことに成功。
巨体の蹂躙により木々が薙ぎ倒され、地形が大きく変わり、多少身動きが取りにくくなったが…まだ問題はない。
防御ばかりではいつまでも決着がつかないため、次は反撃に転じなければならない。
「てやぁぁぁぁぁ!!!」
シールドバッシュを浴びせられ一瞬怯んだザルドアに隙を見出し、跳んでザルドアの頭上に着地した。
「…!?ヌァァ!!!」
しかしザルドアの硬直も一瞬。すぐさま正気に戻り、頭上に張り付いたアルマを振り払おうとする。アルマは必死にしがみつきながら、
「えいっ!」
アルマは頭を振り上げ渾身の頭突きをザルドアの脳天にお見舞いした。流石のザルドアもこれには応えたようで、大きく怯む…しかし。
「ぜ、全然効いてる気しないっすね?」
「ヌボァァァァ!!!」
怯みこそしたものの、今の一撃で大きなダメージを受けた様子はなく、すぐさまザルドアは反撃に転じる。
それもそのはず、ザルドアはその馬鹿げた怪力が持ち前であるが、真髄はそのザルドアの体をびっしりと覆う苔のような体毛にある。
この不気味で悪臭を漂わせる体毛は、打撃の威力を大きく軽減させる。斬撃や魔法などには意味を為さないが、それでも単純な打撃をメインに扱うアルマには非常に効果的だ。
「ヌボァァァァ!!!」
それだけではなく、ザルドアには再生能力までついている。これにより、相手によってはカタログスペック以上の耐久力を発揮することが可能なのだ。———これにより
「これじゃいつまで経っても決着がつかないじゃないっすか!」
耐えて耐えてとにかく耐え、隙を突いて一撃を与えるアルマに対し、ザルドアも真髄は耐久力。ザルドアに対してアルマが負けることはないが、アルマがザルドアに勝つこともできない。両者圧倒的なジリ貧、まさしく千日手だ。
ザルドアだって知能が低いとはいえ、全てを考えないわけではない。もうしばらくこの小さな生命体とやり合っているが、このままやり合っていても何も得る物はないし、援軍だって来るかもしれない。よって、今から目指すのは
「……ヌァァァァァ!!!」
「あこら、どこ行くっす!」
勝利、ではなく撤退である。苔を張り付かせた蚯蚓は土へと潜り、このボメイル森林から一時撤退しようと…
「ヌボァ!??」
ザルドアの脳天を雷が突き刺し、先ほどまでとは明らかに違う、猛烈な痛みにザルドアは悶えた。
「だ、だれっすか!?」
それをしでかした存在が、「待たせたな」と言いながらアルマの瞳に映る。それこそが、
「こんなデカブツ、とっとと倒しちまおう」
雷速でここまで走り抜けてきたディノス、その人なのだ。アルマは驚愕と怪訝の二つの感情で埋め尽くされるが、どうやら敵ではない、ということだけはわかった。




