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 21.謁見の間にて






 二百年経ってもまだこの国が存在していただなんて、笑えない冗談だ。


 召喚されたのがアヴァーレン王国だと分かった瞬間の結依の驚きは、何も知らない少女が異世界に飛ばされることの比ではなかった。あまりに理不尽で許し難い事だった。

 

 「あの時確かに壊した筈なのに・・・」

 「ユイ様?」


 俯いて何ごとかを呟く結依にミラが心配そうに尋ねる。

 結衣は今、数人の騎士に囲まれながら広く長い廊下を歩いている。


 「何でもありません」


 結依は笑顔で言った。

 昔から笑顔で取り繕うのが得意な結衣は、いつものように人好きする笑顔で周囲を和やかにする。

 この世界に召喚された当初は自分の存在がバレてはいけないと、何も知らないふりをするのに意識を奪われていたけれど、よく考えたらこの世界には輪廻転生と言う概念がない事を思い出した。

 死者の魂は神の国に行き、永遠の楽土で過ごす。

 とは言っても神が実在するこの世界では、神の楽土ほど無慈悲な場所もないだろうと、日本で過ごした結衣は思うのだった。

 

 「もうすぐ謁見の間に到着いたします」


 騎士の一人が言う。


 「そう言えば、今朝の騒動はどうなりましたか?」

 

 結衣は不安気な顔でミラに尋ねた。

 本当は翠の元にすぐさま駆け付けたかった結依だが、危険である事と謁見まで時間がないからと部屋に閉じ込められていた。

 その所為でただでさえ低かったアヴァーレン王国の価値が、結依の中でさらに一段下がったことなど誰も分からないだろう。

 

 「元聖女ミルキオラは前線に送られる事になりそうです」

 「前線? 戦争をしてるんですか?」

 「戦争ではありませんが、王国の北部山脈から降りてくる魔物の被害が拡大しておりまして、現時点でもっとも過酷な土地と言えるでしょう」

 「・・・そう、ですか」


 言葉を詰まらせる結衣にミルキオラを憐んでいると勘違いした騎士が「我が王国の騎士は屈強ですから死ぬことはないでしょう」と言うので、結衣は微笑みで返した。

 



 カラーン、カラーン


 澄んだ鐘の音が響き渡る。

 扉を開いた騎士が結依の到着を告げた。


 「聖女ユイ様のご到着です!」


 謁見の間に足を踏み入れると、そこには二百年前と変わらない光景があった。

 玉座の後から広間を見渡すように建つ、初代王アンドリュースの像。

 実に自己顕示欲の強い男だった。自身が存命の時に城の入り口に像を建て、王位を息子に譲り渡してから玉座の間に置くようになどと指示を出していた事を思い出す。

 こうして見ると、召喚された時にいた王太子オズワルドはアンドリュースにそっくりだ。石像で分かりにくいが燃えるような赤い髪はアンドリュースのものだった。少し吊り上がった目も、生意気そうな笑みも、唯一瞳の色だけは違ったが。


 それなのにオズワルドと顔を合わせた時に何の感情も抱かなかったことが、結衣に一つの気付きを与えた。

 

 この世界に召喚されてからまた苛立ちをぶり返していたが、心底憎んでいたと言う記憶があるだけで、アンドリュースのことなどどうでもよかったのだろうか。

 この国を壊せたと思っていたのにその当てが外れて、未だに存続している事が気に入らないだけなのだろうか。


 だけど一つはっきりしていることは、オルテンシア、翠さんと築く筈だった幸せな未来を奪われた事が一番許せない。

  


 結衣はそれでも穏やかな笑みで歩みを進める。

 両サイドに並ぶ重臣達からは感嘆の声が上がった。陽も登らない内から準備のために起こされて、マッサージや髪の手入れに時間をかけただけあって、結衣は自分自身でも綺麗に仕上がったと思う。

 結衣が着ている真っ白なドレスは、聖女の伝統衣装のようで200年前から形は変わっていない。

 

 翠さんにも見て欲しかった。

 この姿を見て少しでも記憶を取り戻してほしい自分と、このまま何も知らないままで生きていてほしい自分がいる。


 生活能力の高い翠なら街で仕事を見つけて、自分の力で生活するなど簡単だろう。

 サバサバしているように見えてクラシックな考えを持っている翠は、結婚して子供を産んで育てて家族に看取られながらささやかな死を迎えたいと言っていたこともある。あれだけ魅力的な人だ。きっと日本人ほど奥手な男性が少ないこの世界でならすぐにでもいい人を見つけられる。



 だけど、きっとそうはならないのだろう。


 彼女の存在はこの世界にとって影響が大きすぎる。


 二百年前のように結界の中にさえいてくれれば、女神の干渉から逃れる事は出来るだろうが、この国の結界はもはやその体を成していない。いつ壊れてもおかしくないほど弱っている。

 そのような状態に追いやったのが結依自身なのだが、幸いそれを知るものはもうこの国にはいない。


 いけない。と結衣は頭を振る。

 アンドリュースと同じになっては本末転倒だ。

 元来自由な気質な彼女を狭い場所に縛りつけるなんて許されない。



 結衣はフロアの真ん中まで来ると片膝をついて首を垂れた。

 玉座には国王、隣には王妃、王の斜め後ろにはオズワルドとは違う王にそっくりな王子が影薄く控えている。


 玉座から一段下がった脇から、赤いクッションに透明な水晶を乗せた神官服の男が厳かな雰囲気を装って結依に歩み寄る。

 召喚の間で見たでっぷりとして汗まみれだった神官だと結衣は思った。


 神官が結依の前まで来ると、後ろに控えていたミラが結衣に手を差し出すので、それに掴まって立ち上がる。

 神官が促すままに結衣は水晶に手を触れた。


 おおっ、と歓声が上がった。


 透明だった水晶の中には光魔法の特徴である白色のモヤがかかり、さらに聖女の証である金の粒子がキラキラと輝いている。

 精霊の力が契約者の魔力と混ざって現れているのだ。

 

 それを確認した国王が徐に立ち上がって声を上げた。


 「我が国に長らく不在だった聖女がようやく顕現した!」


 王の宣言に広間には完成と拍手が入り乱れた。

 聖女様! ユイ聖女! 聖女万歳!

 様々な方角から数多の賞賛が轟く。


 結衣は微笑みを貼り付けたまま黙ってそれを受け入れた。

 翠ならきっと額に筋を浮かべるのだろうなと考えただけで自然と笑みを浮かべる事ができる。


 国王が手を挙げると、広間は再び静寂を取り戻した。


 「聖女ユイよ。此度は我が王子の呼びかけに答えてくれた事誠に嬉しく思う。其方はこの国の救いであり、皆の希望となるであろう」

 「王国の助けとなるよう尽力いたします」


 結衣が真っ直ぐに国王の目を見ながら言うと、国王は一瞬面食らったように目を見開き、隣に座る王妃は不躾な視線だと眉を寄せた。


 「期待している」

 「ありがたきおお言葉」

 「では聖女様、偉大なる建国の父アンドリュース王に祝福を」


 でっぷり司祭が言う。

 そんな話は聞いていなかったためミラが動揺を露わにし、これまで静かに控えていたヴィンスレット公爵が一歩を踏み出すのが結依の視界に入った。


 「分かりました」


 結衣が言うと公爵は困惑した様子でその場にとどまった。

 結衣はもう決めていた。自分が聖女として振る舞う事で翠の存在を隠す事ができるのなら、喜んで聖女となる事を。


 結衣は悠然と胸の前で手を組んで祈りのポーズを取る。


 「映えあるアヴァーレン王国に、ますますの繁栄と栄光を讃え祈りの祝福を捧げます・・・」


 だが結依が全てを言い終わる前に、突然辺りは眩い光と同時に強い衝撃が襲に襲われた。


 悲鳴が溢れて混乱状態に陥るかと思われたが、衝撃は一瞬だった。

 すると徐々に冷静さを取り戻していった人の中から「祝福だ」と言う声が聞こえ出す。

 その声は徐々に大きくなり一帯を飲み込んでいき、やがて広間は割れんばかりの歓声に包まれた。


 結衣は何もしていない。

 それなのにここに来てから感じていた若干の息苦しさが消えている。

 いや、でもと否定はするが思い当たる節は一つしかない。

 結界が復活している。


 結衣は直感的に翠が何かしたのだと思った。だけど感激のあまり集まった人々に囲まれて動く事ができなかった。

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