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愛を売るので、心をください。  作者: 悠介


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4/13

学校、友達

「緊張するぅ……。」

「大丈夫だよ浩介、いつも通りでいればいいんだ。」

「坂入です、って言えばいいんだよね?」

「そうだな、まだ決定したわけではないけど、そう言って構わないと思う。」

 朝が来て、初めてのランドセルで登校。

 浩介は、今まで感じた事のない緊張と、希望をもって、教室の前まで来ていた。

「浩介君、大丈夫だからね?皆優しい、きっと仲良しになれるよ。」

「じゃあ俊明、頼んだぞ。」

「任せてよ、先輩。」

 幸運な事に、浩介の担任の教師は悠介の大学時代の後輩、俊明だった。

 悠介の境遇も知っている、悠治達とも面識がある、そんな俊明に任せられる、それは悠介にとっては誤算ではあるが有難い話だ。

「頑張れ、浩介。」

「うん!」

 そういうと、悠介は校長室に向かう。

「じゃあ、浩介君、行こうか。」

「はい!」

 初めての学校、初めてのクラスメイトにわくわくしながら、浩介は教室のドアをくぐった。


「初めまして!坂入浩介です!よろしくお願いします!」

「今日から一緒に勉強をする、坂入君だよ。皆、優しくしてあげてね?」

「「はーい!」」

「じゃあ浩介君、お席はあそこだよ。」

「はい!」

 浩介に興味津々と言った風なクラスメイト達の中を通って、端っこの窓際の席に座る浩介。

 憧れていた学校、ずっと行きたいと願っていた学校、それが今、こうして現実としてあるのが、まるで夢の様だ、とウキウキしている。

「浩介君、俺誠也、よろしくな!」

「うん!」

 隣の席の男子、誠也が早速浩介に声をかけて、ウキウキしている浩介を見て笑う。

 浩介は、初めての同級生に感動していて、どう話をしたものかと悩んでいる様子だった。


「それで、坂入君。またなのね?」

「あはは……。瑞穂さん、またですよ。」

「まったく、この子は……。私がここに勤め始めて、貴方と再会した時には驚いたけれど、まさか四人も子供を見つけてくるなんて、思いもしなかったわ?いえ、悪い事だと言っているのではないの、それは貴方の優しさ、愛情と言い換えてもいいのだから。ただ、これ以上増えてしまったら、貴方でも抱えきれないかもしれないわよ?」

「わかってますよ。ただ、瑞穂さんならわかってくれるかなって、そう思ってます。だって、瑞穂さんと出会ったのも、それが縁だったでしょう?」

「そうね……。私達が施設に養子を探しに行った時、貴方と出会ったのだもの。忘れもしないわ、貴方と離れたくないとあの子に泣かれて、困ったものだったのだから。でも、それだけ優しい子に囲まれて育った、親御さんには恵まれなかったけれど、周りの環境には恵まれた子だった、と安心したのよ。」

 校長先生、瑞穂さんは、俺とは旧知の仲だ。

 というのも、俺が施設に入って一年くらい経った頃、子供に恵まれなかった瑞穂さんと旦那さんが、養子を迎えようと施設に見学に来て、明音ちゃんっていう女の子を引き取っていった。

 明音ちゃんは今は大学生くらいの子で、俺が施設に入ってから一か月遅れで施設に入れられた子だった、当時は俺によく懐いてくれてたっけ。

 そんな明音ちゃんを引き取った瑞穂さんと再会したのは、悠治の小学校転校の手続きをした時だった。

 瑞穂さんは言われるまで気づかなかったみたいだったけど、俺はすぐに気づいて、明音ちゃんは元気か、って話を振って。

 今では校長先生をしてる瑞穂さんだけど、当時はまだ学年主任か何かだった覚えがある。

「本当に、貴方はそういう子を見つけるのが上手なのねぇ……。矢川さんが言っていたわよ?児相に欲しい人材だって。今からでも遅くないのではない?」

「……。その道も考えたんですけどね。俺は、俺のやるべき事がある、と思ってます。」

「頑なねぇ……。おっちゃん、の事、今でも忘れられてないの?」

「忘れられる訳がないじゃないですか、命の恩人を。おっちゃんがいなかったら、今頃俺はのたれ死んでましたよ。」

 おっちゃんの話をすると、瑞穂さんは昔と変わらないため息をつく。

 おっちゃんの事を何か知ってるんじゃないか、だからこうして忘れろと言ってるんじゃないか、なんて思った時期もあったけど、多分そうじゃなくて、純粋にそういう動機で生きてるのが不安、って事なんだろうな。

「貴方が決めた道なら、誰にも文句は言えないわ、でもね、悠介君。貴方がおっちゃんと同じ道を歩きたいだけだというのなら、それはそれで悲しいわ。そして、不誠実なのよ?」

「耳にタコが出来るくらい言われてわかってますよ、瑞穂さん。俺は、俺の意思で、この道を選んだんです。それがおっちゃんの意思を継ぐ事だったのは、きっとたまたまです。じゃなかったら、とっくのとうに関係が破綻してると思いませんか?」

「ならいいのだけれど……。」

 そういえば矢川さんにも言われたな、おっちゃんの跡を継ごうとしてるだけなら、いつか関係が破綻するだろうって。

 だから、保護するのなら自分の意思を持て、それが出来ないのなら児相に任せろって。

「じゃ、俺会社に顔出さないといけないので、これで。」

「えぇ。浩介君の事は任せなさい、きっとお友達も出来るわ。」

「はい、お願いします。」

 俺はそういって席を立って、校長室を出ていく。

 瑞穂さんは何か言いたげな顔をしてたけど、それはきっと、今聞く事じゃない。


「浩介君、これわかるかな?」

「はい!」

 授業を受けている浩介は、初めて親以外から教わる授業というのを楽しんでいて、あてられた事をすらすらと答えていた。

 担任の俊明は、この子は学校に行っていなかった、とは聞いていたが、学力自体は高いのだろうと考える。

 それほどに、すらすらと問題に答えるし、難しいと周りの子供達が言っている問題でも、簡単に答える。

 勉強ができない、文字の読み書きが出来ないといじめられる事はなさそうだ、と少し安心する。

「浩介、すげー!」

 誠也は、体を動かすのは得意だが、反面勉強は苦手で、今日出会ったばかりの浩介が、すらすらと問題を解いていくのを見て、感心していた。

「お勉強、苦手だったけど、嬉しい!」

「こらこら、授業中におしゃべりはいけませんよ?」

「はーい!」

 微笑ましい光景だが、注意しないとわからないだろう、と俊明は二人を注意する。

 二人はくすくすと笑いながら、授業に集中しようと黙った。


「それで、また子供が増えると。」

「はい、まだ確定ではないですけど、おそらく。」

「お前さんも物好きだな……。わかった、暫くは在宅勤務に切り替えをしておくと良い、お子さんとの時間も大切だろうからな。」

「ありがとうござざいます、部長。」

 出勤して、浩介の事を部長に伝えて、在宅勤務に切り替えてもらう申請をする。

 もう慣れた、というか二回目だから勝手はわかってる。

 申請書類を総務課に提出して、ノートパソコンを持って会社を出る。

「ふー……。」

 だいぶ寒くなってきた、そういえば浩介の誕生日が俺と一日違いだったっけか。

 プレゼントどうしようかな、なんて考えながら、会社近くのカフェに入って一服。

「ご注文は?」

「カフェオレとショートケーキで。」

 なじみのカフェで、いつも仕事の休憩に寄ってるから、店員さんの対応も慣れたもんだっていうか、良くも悪くも気遣いがない。

 煙草を吸える場所も少なくなってきた中で、この純喫茶はまだ煙草を吸ってもよくて、世間の流れとは違うけど、喫煙者としては有難い。

「ふぅ。」

 煙草、ハイライトを一本吸いながら、店の中をのんびりと眺める。

 店内はなじみの客というか、俺が通い始める前からずっと顔を出してるであろう客ばっかりで、そういう常連に支えられてる店なんだなっていうのが、よくわかる。

 逆に、新規顧客を得るのが大変だろうから、キャンペーンをたまにやってたりするんだけど、若いのが来てもうるさいだけだし、こうやって静かに煙草を吸える場所が無くなるのは寂しいし、このままでも良いんじゃないかなとは思ってる。

「はい、カフェオレとショートケーキね。」

「ありがとうございます。」

 しわくちゃな手のおばあちゃんのウェイトレスさんが、コーヒーとケーキを持ってきてくれる。

 俺はそれを食べながら飲みながら、浩介は学校で上手くやれてるだろうか、なんて事を考える。

 学校に行っていなかった、行けていなかったというのは、友達を作る上でディスアドバンテージになってしまっていないか、なんて。


「浩介!遊ぼーぜ!」

「うん!」

 昼休み、誠也に誘われて、浩介は初めて校庭に出て遊ぶという体験をしていた。

 誠也が持ち出したのはサッカーボール、浩介のほうに蹴って、パスを待っている。

「どうするの?」

「サッカーやった事ないんか?こーやってよ、蹴って相手にパスするんだよ!んで、あそこがゴールで、あそこに入れたら点数が入るって事だぞ!」

「えっと、じゃあ蹴ってあそこまで持っていけば良いの?持っちゃ駄目なの?」

「ハンド、ってなっちまうから駄目だな。そんで、仲間がいるから、そいつらに上手くパスしながらゴールすんだよ!」

「わかった!」

 まだ話した事のない同級生と、初めてのサッカー。

 楽しい事ばかり、なんで自分はこれまでこれを体験出来なかったのだろう、と思い返すと、ぽろぽろと涙が零れてくる浩介。

「どした?どっか痛いんか?」

「ううん……。楽しいなって、思ったの……。」「楽しくて泣くんか?よくわかんねぇな。」

「ごめんね……。」

「謝る事じゃねぇって!楽しんだろ?ならいいじゃねぇか。」

 浩介は、涙を流しながら、こんなにも優しい言葉を掛けてくれる人がいる事に、感謝していた。

 両親からはいつも罵倒ばかりされていて、褒められる事もなく、辛い思いばかりをしていたのに、今はこんなにも優しい人に囲まれて、それが幸せだった。


「なぁ浩介、今日遊ばね?」

「えっと、お兄ちゃんに聞かないと……。」

「おーい、浩介ー。迎えに来たぞー?」

「あ、お兄ちゃん!」

 そろそろ授業が終わって、帰りの会が終わった頃かなと思って、顔を出す。

「あ、悠介の兄ちゃんじゃん!」

「おや誠也君、こんな所で会うなんて、奇遇だね。」

「浩介の兄ちゃんだったんか?」

「色々あってね。」

 なじみの顔がいると思ったら、悠介が一年生の頃にお世話になった誠也君だ。

 そういえば今は三年生だったっけ、と去年は結構遊んでた記憶があって、久々に顔を見ると少し成長してるなと。

「なぁ、遊び行っても良いか?」

「良いぞ?お菓子を買って帰ろうか。」

「お兄ちゃん、良いの?」

「あぁ、たくさん友達作って、紹介してくれ。それが楽しみだよ。」

 今まで友達なんかいなかっただろうし、初めての友達と遊びたいって気持ちは強いだろうし、誠也君は知ってる子だし、反対する理由がない、と思ってたら、浩介はわぁって笑顔になって、それから泣き出した。

「僕……。」

「辛かったな、浩介。」

「ううん……、嬉しいの……。」

「そっか。」

 浩介の頭をなでながら、そうなってしまった理由を思い起こす。

 それはきっと、憧れと抑圧。

 理解したうえで抑えつけられていた、と思えば、そういう反応になるのも無理はないだろう。

「そうだ、今日矢川さんが夜に来るから、学校どうだったか教えてあげてくれ。」

「うん……!」

「なぁなぁ、話も良いけどよ、早くいこーぜ?さみぃよ、今日。」

「おっとそうだったな。さ、行こうか。」

 浩介と手を繋いで、学校の様子を聞きながら、誠也君と楽しそうに笑ってる姿を見て、安心する。

 途中にあるスーパーで買い物をして、三人で一緒に帰宅。


「あ!誠也君だぁ!」

「おー、悠介、久しぶりだな!元気だったか?」

「元気だよぉ!」

 帰ってくると、丁度悠介が着替えをしてて、たまたま帰ってきた時間とかぶったみたいだった。

 誠也君と挨拶をする悠介は、浩介が友達として連れてきたのがわかったのか、部屋に引っ込もうとしてる。

「悠ちゃんも、一緒!」

「良いのぉ?」

「うん!」

 何をしようか、なんて考えながら、浩介は悠介も一緒が良いみたいだ。

 誠也君も、悠介も一緒って聞いて、嬉しそうだ。

「じゃあ、ゲームしよぉ?浩くん、した事ないでしょぉ?」

「してみたい!」

「お、良いな。あれやっか!悠介の兄ちゃんも一緒にやるか?」

「お、良いのかい?じゃあ、浩介に操作方法教えて上げないとだな。」

 悠介が最新型のゲームを引っ張りだして、ケーブルを繋いでる間に、俺と誠也君が浩介にルールと操作方法を教える。

 浩介は、うんうんって頷きながら、早くやってみたいってそわそわしてる。

「じゃあ、最初は浩介は見学だな。こうやってやるって操作教えるから。」

「うん!」

 レースゲーム、なんてやった事ないだろう浩介は、初めて見るゲームにわくわくしてて、その姿がホントに昔の俺を見てるみたいで。

 高校卒業して、一人暮らしを始めてから、初めてゲームに触ったっけ、なんて思い出す。

 あの頃のわくわくを、今浩介は体験してるんだろうなって。

「わぁ……!」

「これをこうしてね?こうするんだよぉ?」

「うん!」

 悠介と誠也君が説明しているのを聞きながら、初めてのゲームに魅了されてる浩介の姿を見ると、ホントにこの子は外界と隔絶された人生を送ってきたんだな、って言うのがよくわかる。

 俺みたく、放置されて外と関わってたわけでもなく、悠治みたいに基本放任だったが酒に呑まれると暴れるタイプの親でもなく、浩希と悠介の様に放置が教育だと言ってるタイプでもなく。

 この子は、外界から隔絶されて、テレビとかの断片的な情報でしか、外の世界との触れ合いがなかったんだろうって。

「凄ーい!僕もやってみたい!」

「勝負だぞ!」

「うん!」

「負けないよぉ!」

 レースゲーム一つで、わかる事。

 それは、俺が過敏になってるっていう部分もあるんだろうけど、きっと大人ならすぐにわかっちゃう事なんだろうな。


「浩介君、学校はどうだった?」

「えっと、楽しかったです!」

「お友達は出来たかい?」

「はい!」

 午後五時過ぎ、良い子のチャイムが鳴って、誠也君が帰った直後くらい。

 興奮気味になってる浩介の所に、矢川さんがやってきた。

 矢川さんは、学校にきちんと行けているか、学力に問題はないか、友達は出来たか、とつぶさに浩介を観察しながら、話を聞いてる。

「悠君も元気そうで何よりだ、いい加減俺の事も怖がらなくなったかな?」

「怖くないよぉ!だって、おじさん大好きだもん!」

「そうかそうか、それは嬉しいな。それで悠介君、学校の先生はなんて言ってた?」

「学力は問題ない、むしろ他の子より賢い、だそうです。ただ、運動が苦手なのか少し体力がない、とも。」

 ふむ、って矢川さんは唸る。

 浩介はまだ、少し矢川さんが怖いみたいだけど、俺が傍にいるから大丈夫だよ、って言ったら、少し落ち着いてる。

「あ!おじさんだ!こんばんは!」

「こんばんは、浩希君。遊んできたのかい?」

「友達と野球してきた!」

「そうかそうか、それは楽しかったろうな。それで悠介君、浩介君との生活はどうだ?うまくやっていけそうか?」

「上手くいかなかったら、なんて考えてもいませんよ。浩介も、もう俺の家族ですから。」

 矢川さんにこの質問をされるのも三回目、悠治の時からずっと言われてる事だ。

 俺は、覚悟だけはしてるつもりだ、それは甘っちょろい考えかもしれない、危うい考えかもしれない。

 でも、覚悟はしてる、一度面倒を見た以上は、最後まで面倒を見ようって。

「浩介君はどうかな?悠介お兄ちゃんと、一緒に居たいかな?」

「はい!お兄ちゃんと、お兄ちゃん達と、悠ちゃんと、仲良くなれました!」

「そうかそうか、それはよかった。子供達も、受け入れてくれいるんだね?なら、俺が何か言う事もないな。家裁にも報告はしてある、後はご両親との戦いだな。まあ、あの様子だと子供がいるってこと自体を認めない、って体裁になりそうだ。まあ、そんな家庭に子供を置いておこうとは、家裁も判断はしないだろうさ。」

 矢川さんは、浩介の顔を見て、嘘はついてないなって判断したと思う。

 少し顔をゆるめたと思ったら、また厳しい顔に戻って俺に話を振ってくる。

「……。それは好都合、って言っておきましょうか。悠治の時は、大変でしたからね。」

「そうだな、あの時は悠介君に育児実績もなかった、施設経験者という事がうまく働いた、と思っている。しかし、今では三人も子供を立派に育ててるんだ、大丈夫だろう。」

 矢川さんは、そういうとさて仕事に戻るか、って言って家を出ていく。

 浩介は、少し緊張してたのか、ふーって呼吸をついて、安心したように笑ってた。


「それで、向こうの親御さんの言い分は変わらんままか。」

「はい、自分達に子供はいない、と言う主張を繰り返しています。本当に、それで通し貫くつもりなんですかね。」

「かもしれないな。悲しい事だが、変に親権を主張されるよりはやりやすいとも言えるな。

ただ、本人には言わない様に、傷つくだろうからな。いくら虐待を受けていたとはいえ、親は親なんだ。どう足搔いた所で、子供ってのは親の愛情を求めるもんだ。」

 悠介達の元を離れ、車に乗ってから、矢川は千田に連絡を入れた。

 浩介の親の出方次第によって、対応が変わってくるのだが、子供がいないと主張しているという事は、親権には興味がないとも取れる。

 悠介にとってはやりやすい相手だろう、だが、浩介にとってそれは、悲しい事実である事に変わりはない。

 どうしても、子供は親を求めるだろう、親の愛を、親の心を。

 それをないと言われてしまったら、傷つくのは道理だ。

「ふー……。」

 児童相談所に勤め始めてから三十年、色々な子供を見てきて、色々な親を見てきた矢川。

 悠介の様な特異なケースにも何度か出会ってきたが、悠介は本当に特殊ケースとでも言えば良いのだろうか、他に例のない子供だった。

 虐待と放置の中に生きていて、しかし世話をしている大人が近くにいて、しかしその人物の詳細はわからない。

 その時点で十五年程勤務していた矢川でも、初めてのケースだった。

「まったく……。」

 矢川の相手する親というのは、どうしてもろくでもない人間が多い。

 矢川自身、施設で育ち家族との繋がりが薄いというのもあり、理解が出来ない事の方が未だに多いと思う程度だ。

 しかし、それとこれとは話が別だ、理解できずとも、子供を守るという仕事を選んだのだから、と矢川は気を引き締めなおし、車を走らせた。


「ねぇ浩くん、浩くんは悠にぃの事どう思ってるの?」

「どう?」

「うーん……。なんて言えばいいのかな、お兄ちゃんって思ってるのか、それとも好きなのか、とか。」

「うーん、わかんない……。でも、お兄ちゃんの事好き!」

「そっか、なら良かった。」

 悠介が仕事を片づけている間に、悠治と浩介は二人で夕食の食器を片づけながら、話をしていた。

 悠治は、浩介が本当はここにいる事をどう思っているのか、家にいるよりはましだからという理由ではないか、と心配していたのだが、それは杞憂だった様子だ。

 浩介は、少し悩んだ様子を見せた後に、にっこり笑って答えた。

「悠治お兄ちゃんは、お兄ちゃんの事、好きなの?」

「大切な人だと思ってるよ。兄弟だけど、命の恩人でもあるしね。そっか、僕が来てからもう四年くらい経つんだなぁ……。」

「悠治お兄ちゃんは、なんでお兄ちゃんと一緒に暮らす事になったの?」

「僕のお父さんとお母さんはね、お酒を飲むと怖くなる人達だったんだ。暴力も振るってくるし、家から追い出される事もよくあったかな。そんな時に、悠にぃに出会って、このままじゃいけないって悠にぃが動いてくれて、それで一緒に暮らす様になったんだ。あの時、悠にぃが見つけてくれなかったら、今頃僕は殺されてたかもしれないね。」

 殺されるかもしれない、と思っていたのは事実、というよりも、悠治の体には今でもその名残が残っている。

「いつだったかな、お父さんに包丁で切られたのは。」

「切られたって、どうして?」

「わかんない。でもほら、これがその跡。」

 悠治がパーカーの袖を捲ると、腕の内側に傷跡が残っていた。

 それはまっすぐに切られた痕跡で、悠治はこの傷を受けた日に悠介に保護された。

「包丁で切られてね、死んじゃうと思って、家を飛び出したんだ。そしたら、悠にぃがたまたま見つけてくれて、そのまま警察に通報してね。本当は養護施設に行くはずだったんだけど、僕がわがままを言ったんだ。悠にぃと一緒に居たいって、一緒に暮らしたいって。その頃は、まだ悠にぃは一人で暮らしててね?」

「お兄ちゃん、一人だったの?」

「そうだって聞いてるよ。悠にぃも、そもそも施設の出身だしね。家族とは仲が悪いっていうか、虐待されてきたって言ってたよ?だから、僕と一緒に暮らすってなった時、相当覚悟したんだと思う。でも、なんで一緒に暮らしたかったのか、って言われると、よくわからないんだよね。……、この人と一緒に居たい、っていう気持ちは勿論あったんだけど、心のどっかで、この人を独りにしたくない、って思った、のかもしれない。」

 それは、本当に最近になって気づいた事だけど、と悠治は思い返す。

 当時の悠介は大学生、大学に一年に遅れで入った大学三年生で、この家に一人で暮らしていた。

 悠治は、悠介は心のどこかで、そういう事を覚悟して家を買ったのではなかったのだろうか、と最近になって考えた。

 一人暮らしにしては大きすぎる一軒家、誰かと暮らしたいと思ったからと言っても、誰かがいるわけでもなかった。

 悠治は、心のどこかで、自分達の出会いは運命的なものだったのではないか、と思い至ったのだ。

 それは、悠介に保護されるという事でもあったが、悠介を独りきりにしない為だったのではないか、と。

「僕も、なんで悠にぃと一緒に暮らしたいって言い出したのかは、あんまり覚えてないんだ。でも、不思議と、悠にぃになら委ねていいっていうか、この人は信頼出来るって、思ったんだ。浩くんも、そう思ったんでしょ?」

「うーんと、えーっと。」

「一緒に暮らすって事を選んだって事は、そう言う事だと思うんだ。僕達は、出会うべくして出会った、悠にぃもそう思ってるって言ってたしね。きっと、僕達は……。僕達は、一緒に歩いて行く為に出会ったんだって、そう思ってるよ。」

「悠治お兄ちゃんのいう事、難しくてわかんないけど……。でも、一緒になりたいって思ったんだぁ、なんでだろう?そういう運命?ってお兄ちゃんも言ってたけど、でも、一緒に居たいんだ!」

「僕もだよ。浩ちゃんも悠ちゃんも、悠にぃも、勿論浩くんも、出会えてよかったと思ってるし、一緒に生きていきたいとも思ってる。僕のわがままかもしれないけどさ。」

 傷の舐め合いだと言われればそうかもしれない、わがままと言われればそうかもしれない。

 しかし、悠治は本気で思っていた、今の家族を失いたくないと。

 これから先、増えるかもしれない、また悠介が誰か保護するかもしれない、それは構わない。

 ただ、家族を失いたくない、と悠治は思っていたし、それだけ本気で、浩介や浩希達の事を家族だと思っていた。

「浩介ー、悠治ー、ココア飲むかー?」

「いただこうかな。」

「飲むー!」

 そんな話をしていると、悠介が仕事を終えて仕事部屋から出てくる。

 若干煙草の匂いがする、浩介がそれに反応しないかどうかを悠介は伺っていたが、浩介はすんなりとそれを受け入れている様子だ。

「寒くなってきたなぁ。」

「お風呂、行きたいね。」

「お風呂?」

「銭湯って知らない?おっきなお風呂があって、皆で入れるんだよ。」

 知らない、と浩介は首を横に振り、どんなところなのかと想像している様子だ。

 大きなお風呂、というキーワードが、また心をくすぐらせるのだろう。

「明日行くか、今日はもう浩希達が風呂入っちゃったしな。」

「はーい。」

「おっきなお風呂!」

 皿洗いを終えて、今度は悠治と浩介が風呂に入る時間だ。

 ココアを一気飲みすると、二人は風呂に入りに行った。

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