おっちゃんの言葉
「ふー……、良いもんだ。」
「お風呂、おっきいね!」
「あんまり走らない様にねー、浩ちゃん達も、しっかり入るんだよ?」
「はーい!」
次の日、約束通りに近所のスーパー銭湯に連れていくと、浩介は大はしゃぎというか、大興奮状態だ。
今まで経験した事がない事の方が多いんだろうけど、とはわかってたけど、やっぱり新鮮な反応を見るのは、楽しいけど寂しいし、悲しい。
今まで経験させてもらえなかったんだろうな、って思うと、胸がキュッと締め付けられるみたいだ。
ホントに、昔の俺もそうだったなって、思い出したりもする。
「あったかあい……。」
「家の湯船とはまた違うだろ?」
「うん!」
お湯をぱちゃぱちゃしながら楽しんでる浩介、そろそろ誕生日が近いんだから、そういえばプレゼントを考えないと。
「浩介、誕生日プレゼント、何がいい?」
「え?プレゼント?」
「あぁ。ある程度のものなら買ってやれるぞ?思いついたもの、言ってごらん?」
「うーん……。」
浩希と悠介を悠治が見てくれてて、三人は今炭酸泉に入ってる。
俺と浩介は露天風呂にいて、熱めのお湯が心地良い。
「僕、大丈夫!」
「そうなのか?」
「うん!だって、お兄ちゃん達がいてくれるし、誠也君も、お友達も出来たもん!だから、大丈夫!」
「でも、欲しいもの出来たら言ってくれな?出来る限りは買ってやるから。」
きっと、今は思いつかないんだろうな。
初めての友達や、学校、色んな経験をして、lこれからやりたい事とか、欲しいものを見つけていくんだろう。
今はそれで良い、これから先、大切なものを守れるだけの心が育めれば、それで。
「コーヒー牛乳?」
「お風呂上りはこれ!」
「美味しいよぉ!」
「飲んでみる!」
風呂上り、体を乾かしてロビーに行って、暫しの漫談。
浩希達が勧めたコーヒー牛乳を一口飲んで、眼をきらきらさせてる浩介を眺めながら、俺は体を冷ましてた。
「悠にぃ、浩くん、幸せそうだね。」
「そうだな。」
「きっと、これからはずっと幸せだよね。僕達皆で、きっと。」
そんな俺の所に悠治が来て、少し寂しげに話をする。
悠治は悠治で、過去があってここにいるわけで、何かを思わない事もないんだろう。
ただ、保護した直後みたいに色んなものに怯える事もなくなったし、良いお兄ちゃんをしてくれてるから助かってる。
「きっとな。」
「悠にぃ言ってたよね、僕達は出会うべくして出会ったんだって。浩くんも、きっとそうだよ。」
「そうだな、俺達の出会いは、きっと偶然じゃない。神様がいるんだとしたら、随分と遠周りな縁を用意したもんだ。意地が悪い、そう思わないか?」
「うーん……。でも、出会えた事は嬉しかったよ。僕だって、なんで悠にぃの所に残ろうかって思い出そうとしたけど、なんでだったかあんまり覚えてないもん。ただ、この人と一緒に居たい、この人を独りにしちゃいけない、って思ったくらいだよ。」
そういえば、悠治がここにいる理由っていうのも、なんとなくふわっとしてるな。
四年前には、ここを離れたくない!って言われたけど、それ以外の理由って聞いた事なかったなって。
「俺、独りにしちゃいけない感じだったか?」「わかんない。ただ、そう思ったんだと思うってだけでさ。なんとなくだよ?何となく、そんな気がしたんだ。」
「……。あの頃、俺がどう思ってたか、は聞かないのか?」
あの頃の俺は、おっちゃんの死を聞かされて、半ば自棄になってた。
家を買ったのだって、誰にも迷惑を掛けずに、金を残さずに死ぬための方法の一つ、としてだ。
そんなこんなで死ぬ準備をしてるうちに、悠治に出会って、一緒に暮らす事になって。
「聞かないでおくよ、なんだか悲しい気がするから。」
「……。」
この子は、それを理解して一緒にいるんだろうか。
そうだとしたら、救われてるのは悠治達じゃなくて、俺の方だ。
生きる理由、生きていて良い理由を与えてくれる、それが悠治達なんだと思う。
「浩くん、コーヒー牛乳美味しい?」
「うん!」
物思いに耽ってる俺の顔を見て、悠治は気を利かせて浩介の方に行った。
「……。」
そういえば、おっちゃんも言ってたっけ。
救われてる様で、救ってるんだぞって。
「悠坊、お前さんに救われたんだよ。」
その言葉の意味が昔はわからなかった、助けてくれたのはおっちゃんだったから。
でも、こうして子供達と触れ合って、一緒に暮らして、生きている意味を見つけて、生きてもいい意味を見つけて。
それはきっと、俺が救われたんだって、そう言う事なんだろうな。
「……。」
「浩くん、寝ちゃったね。」
「そだな、浩ちゃんと悠ちゃんも寝たし、静かにしといてやろう。」
帰りの車の中で、はしゃいでた子達が眠って、起きてるのは俺と助手席の悠治だけ。
「浩くん、ずっと辛かったんだろうね。だから、なんでも楽しもうとしてるんだろうね。……、なんで、なんでなんだろうね。」
「何がだ?」
「自分達が望んで子供を産んだのにさ、なんで虐待なんてするのかなって。悠にぃもされてたんでしょ?浩ちゃんだって悠ちゃんだって、こんなに可愛いのに、ほっとかれてさ。なんでなんだろうって、不思議でたまらないんだ。」
「なんで、だろうな。矢川さんが言ってたよ、昔の事だけどな。子供ってのは、どうしたって親の愛情を求めちまうもんだ、なのになんで、産んだ親はそれに応えられないんだ、って。きっと、子供のまま子供を産んだからなんだろうな、って。」
それは、悠治を引き取る時にぼやいてた事だ。
子供はどうしたって親の愛情を求める、それが当たり前で、それに応えるのが親の役目なはずだろうにって。
矢川さん自身、施設で育ったとは聞いてたから、その言葉に妙に説得力があるっていうか、この人の話はわかるな、って思った記憶がある。
「俺も思うよ、なんでこんな可愛い子達を、って。でも、仕方のない事なのかもしれないな。愛し方がわからない、愛する事を拒否した、それは人間としては根源的な思考なのかもしれない。でも、それは間違ってるとも思う。だって、子を成したのは親なんだから、親は最後まで責任を取らないと。」
「悠にぃってさ、時々わからない事を言うよね?難しいや。」
「まだわかんないかもしれないな。俺も、なんとなく理解し始めたのは最近だから。ただ、伝える事に意味はあると思ってる、それがいつか、思考のどっかに引っ掛かってくれれば、もうけもんだからな。」
中学二年生の悠治にも、まだ難しい話だったかな。
でも、俺はそれを伝え続ける事に意味がある、伝え続ける義務がある、と思ってる。
誰かが伝えないと、わからない事かもしれないから。
「いつか、悠にぃの言ってる事の意味も、わかる様になるのかな?」
「きっとな。俺はそう信じてるから、話をしてるんだ。」
信じてる、きっと、おっちゃんもそう思ってたんだろう。
俺がいつか、おっちゃんの言葉を理解して、誰かの為に何かをする、そう信じてたんだろう。
だから、俺も信じてみようと思う。




