凶悪なクマ2
「一応会話も控えめにしとこう」
ベルデスのミミがいいかどうかはジケも知らない。
しかし話し声に反応して寄ってくる可能性も否定はできない。
安全なところに行くまでは声は控えめにしておく。
「デカ多腕グマ……ちょっとみてみたい気もするよね」
「いやー、私はいいかな……」
「私も別に興味はないかな?」
「あれぇ? 腕六本だよ!」
ピコは素早く腕を動かして、六本腕を表現しようとする。
「何もない時ならいいかもしれないけど、今は勘弁だな」
聞いた情報だけでもベルデスの見た目は想像できる。
けれども本当の腕が六本もあるのかはちょっとジケも気になる。
「ピコちゃん?」
ピコのミミがピコピコ動く。
「むむむむ……?」
「どうした?」
「何かの音が聞こえた気がした」
ピコはそっと外を覗く。
「……何かくる! これは……ユディット、馬車を走らせ……」
ピコが何かを聞いたのなら、何かの音が鳴ったのだろう。
そう思った瞬間、ジケの魔力感知に何かが飛び込んできた。
速く動くそれの姿をちゃんと感知しようとしていると、もう一つ続けて入ってきた。
一つ目は小さく、もう一つはでかい。
このままでは馬車の前に飛び出してくる。
そう思ったが、走ってくる何かの方が速くてもう対処するような時間もなかった。
「全員警戒しろ! ベルデスだ!」
高速で突っ込んできたために最初は魔力感知でも塊のように見えていたものが、集中してハッキリと見えた。
足が八本にも見えたけれども、もっと正確には腕が六本に、足が二本だった。
腕六本なら話に聞いていたベルデスだろう。
「ヤバっ……速度上げるか止まるか……うわっ!?」
迫ってくる小さなベルデスと速度の関係が悪い。
このままでは馬車に衝突すると思ったが、馬車は急に止まれないし加速もできない。
横にあった森から飛び出してきたベルデスが横にぶち当たって、馬車が大きく揺れた。
「リアーネ!」
「おうっ!」
衝突事故が起きてしまった。
こうなったら馬車の速度を上げて逃げるのも無理だろう。
ジケとリアーネは少し歪んだ馬車のドアを開けて飛び出す。
「うわっ!?」
「デカ……!」
外に出てみるとジケぐらいの大きさのベルデスが地面に転がっている。
そして続いて森の中からもう一体のベルデスが飛び出してくる。
魔力感知でデカいと分かっていた。
しかし実際に出てくると後から来たベルデスはとにかくデカかった。
リアーネよりも頭二つ、三つは大きくて壁のような巨大な体に、丸太のような太い腕が六本もあるとんでもない威圧感のある魔物がベルデスだった。
なぜ繁殖期のベルデスを避けるのか、一瞬で誰もが理解した。
「ひょえっ!?」
デカいベルデスが吠える。
地面が揺れるほどの咆哮にピコは思わずミミを塞ぐ。
「こりゃ……バケモンだな」
流石のリアーネも命の危険を感じるような相手。
話し合いなんてもちろんできるはずもなく、ベルデスが腕を振り下ろす。
爪ですら一本一本がデカめのナイフぐらいの大きさがあり、少しタイミングをずらした片方三本の腕の攻撃は大きく回避せざるを得ない。
「リアーネ、大丈夫か!」
「ああ! 当たらにゃなんともならんが、当たったら即死だな」
ベルデスの腕の一本が大きく地面を抉った。
見た目から分かりきっているが、パワーも規格外のものであるようだ。
「隙あり……くっ!?」
一種の隙をつき、ニノサンが閃光が如き速度でベルデスに斬りかかった。
すれ違いざまの一撃だったが、ニノサンは顔をしかめた。
毛皮と厚い脂肪の防御力は想像よりも硬い。
ニノサンの想像よりもベルデスが硬くて刃が通らなかった。
鈍い衝撃が返ってきてニノサンの手首が僅かに痛んだ。
「嵐のような魔物だな……」
六本の腕を活かしてベルデスは暴れる。
一撃必殺の威力を誇る腕が、ほとんど絶え間なく動き続けているので近づくことすら難しい。
いつもは一撃ぐらい相手の攻撃を受け止めて力量を見定めようとするリアーネも回避に専念している。
「ゲルシトンさんたちも無茶はしないでください!」
ゲルシトンとバハナイを含めた兵士たちも、ベルデスに対応できるような実力の人たちを選抜してある。
ただそれでもベルデスの相手は容易くない。
暴君。
誰にも止められないような暴れっぷりからそんなふうに呼ぶ人もいるぐらいの魔物は、非常に気が立っているようであった。
「こいつはどうしようもないぞ!」
接近戦は厳しい。
リアーネはそう判断した。
ベルデスを安全に倒すには遠距離から魔法で削るのが正解だろう。
ただ今この場にいる優秀な魔法使いはエニ一人である。
魔力も多くて魔法の攻撃力も高いが、エニ一人でベルデスを倒し切れるのか判断が難しい。
もしかしたらエニがベルデスに狙われてしまう可能性もあった。
「ジケ、どうすんだ!」
六本の腕を振り回し続けていてもベルデスには疲れた様子など微塵もない。
こうして暴れているうちに他のベルデスが集まってきてしまう可能性もあるので、できるなら早めに対処してしまいたいところだった。
「……いや、方法はある!」
俺に言われても、と一瞬思ったが、意外と倒せるかもしれないとジケは思った。




