緊張逃避行3
「まあ、いざとなればエニのシェルフィーナに乗ってお前らは逃げろ」
「ジケ君のことは置いてけないよ?」
「いや、本気だ。お前らだけでも、逃げるんだ」
ジケはいつになく本気の顔をする。
万が一の場合、必要なのは何が何でも逃げるという意思だ。
ジケは戦って活路を見出すこともできるが、ピコやミュコにはそれが難しい。
シェルフィーナに乗って空を飛んで逃げれば、そうそう捕まることもないだろう。
守りながら、では大変だ。
先に逃げてもらった方がジケとしても安心なのだった。
「ヤダって言ったら?」
「そうなったら……困っちゃうな」
別にシェルフィーナに誰かを乗せることは構わない。
でも逃げるならジケも一緒に。
そう思う真剣なエニの目にジケは肩をすくめてしまう。
どうしても逃げないというのなら強制もできない。
「わ、私も、ジケと一緒にいるから!」
少し迷いながらもミュコは自分なりの答えを選択した。
何かがあった時に悲しんでくれる人がいる。
でも、ジケやみんなを見捨てて一人だけ逃げた先で、ただ生きていても人生はきっと色を失ってしまう。
「ピコちゃんはねぇ、逃げるよ」
「ええっ!?」
ピコの意外な答えにミュコは驚く。
「ピコちゃんは戦えないからね。でもね、戻ってくるよ」
「なんでだ?」
逃げたなら戻ってくることはない。
ジケは不思議そうな顔をする。
「助けを呼んで戻るよ! グルゼイさんとか、なんならナルジオンさんにもお願いする! ピコちゃん軍を連れて帰って、ジケ君のこと助けてみせるから!」
何があっても生き抜くだろう。
いざとなれば剣を捨てて敵に降伏したって命を繋ぐ。
ジケは死なないというピコの中の前提がある。
死なないなら助けられる。
今ここに来ていない強い人はいっぱいいる。
そんな人を連れてきてジケを助けるのだとピコは考えていた。
「……そっか」
ピコだけはちょっと特殊だけど、結局三人ともジケを見捨てることはないということだった。
本当にそんな状況になったら迷わず逃げてほしいものだけど、見捨てないとみんなが言ってくれるのはそれはそれで嬉しい。
「まあ、そうならないように逃げないとな」
全部危なくなった時の最悪の話である。
そんな状況にならないように逃げられば仮定の話なんて後々笑い話になってしまう。
「国境が見えてきましたよ!」
道が二股に分岐している。
ちょうど道が分かれた真ん中に看板があって、先になんの町があるのか書いてあった。
この看板からがイルヒッコクの領域となる。
「山を一つ越えたな」
ジケは少しホッとする。
ルエンの怪しさはすごいが、ドカナイに便乗して人を取り締まったりはしていなかった。
イルヒッコクまで入って兵士が追いかけてくることもないだろうから、とりあえずは安心である。
「日が落ちてきたな……」
ほとんど休みなく移動を続けてなんとかイルヒッコク国内まで入ってきた。
ただシュトレイブルの力がしっかり及ぶような安全圏まで戻るのにまだ距離がある。
夜になると魔物のリスクも高まるし、みんなも少し疲れてきている。
「少し早いけど休もうか」
とりあえずイルヒッコクには到着した。
万が一に対応するためには体力も必要だし、休むことにした。
「……お前ら何者だ!」
捕虜たちはようやく自分たちの置かれた状況に気づき始めている。
ただ自分たちが名前を騙った証人に捕まったはずなのに、向かっている先がイルヒッコクだと察して顔を青くしていた。
割と気づくの遅いなとジケは笑ってしまいそうになる。
ルエンの商人ギルドかどこかに連れて行かれて、そのまま解放されるとでも思っていたのかもしれない。
「俺たちは商会ですよ」
逃げられたりすると厄介だ。
野営の間、捕虜たちは逃げられないように糸で全身をぐるぐる巻きにして完全に拘束しておく。
頭だけ出した真っ白な繭状になって転がされた偉い奴の息子は、険しい顔をしてジケのことを睨みつける。
しかし繭状況で睨まれても怖くない。
「ツンツン」
「おい! つつくな!」
捕まってるくせに生意気だ。
ピコは焚き火にしようと集めてきた枝で偉い奴の息子のおでこをつつく。
「どこでやってる商会なんだよ!」
「馬車まで用意してて俺たちのこと知らないんですか?」
「はっ! 俺が知るかよ!」
アマーチによると、詐欺の主犯のエディゲストラスはフィオス商会の馬車を持っているらしい。
良いものだから騙せそうとフィオス商会の名前を使ったと聞いているが、捕虜たちはフィオス商会の名前すらまともに知らなそうだった。
「なんだって戦争なんてしようとしてるんだ?」
「誰がそんなこと教えてやるか……おい、それなんだよ!」
「あそこに魔物のフン落ちてたから」
「やめろ、このクソ獣人!」
ちょっとどこかに行って戻ってきたピコが持つ木の枝の先に黒い何かが突き刺してある。
「クソ? クソが欲しいのかなー?」
「違っ……ぎゃああああっ!」
喋るなと言われているのに相変わらず口の減らない偉い奴の息子には、ジケもピコも辟易としていた。
だからジケも止めない。
「獣人怒らせると怖いんだよ!」
ーーーーー




