香る男はどこ行った?2
「どなたでしょうか?」
ドアが開いて、若い女性が顔を出した。
そばかすの女性はメイド服を着ている。
おそらく屋敷の維持で雇っている使用人だろうとジケは察した。
大きな屋敷は自分で維持していくのも大変なので、掃除なんかをしてくれる使用人が必要となる。
「ヘギウス商会のウェルデンだ」
「あっ! どうもウェルデン様!」
メイドは驚いたような顔をして頭を下げる。
「カグノーズさんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ございません。現在ご主人様はご在宅ではありません」
「商品の入荷が滞っています。数日前に手紙を出したのですが、見ていただけたでしょうか?」
「実は……見ておられません」
「何かあったのですか?」
メイドが顔を曇らせて、ウェルデンも目を細めるように渋い顔をする。
「このような場所で立ち話はなんですから、中にお入りください」
メイドさんに促されて屋敷の中に入る。
屋敷の中は綺麗に掃除がなされている。
部屋に通されたが、廊下も含めて花が飾ってあるぐらいで飾り気はなく落ち着いた雰囲気がある。
「ん、何だかすごくいい香りがするな」
メイドさんがお茶を淹れてくれた。
普通のお茶とは違う、爽やかな香りがする。
「普通の茶葉ではなく、ここで育てている香草を煮出したものなんです」
飲んでみると味も悪くない。
「君も座りなさい」
「……では失礼して」
ウェルデンに促されてメイドさんも席に着く。
「ええと、数日前に商品についての問い合わせを送ったのですが、カグノーズさんは見ておられないと?」
「そうなんです。と言いますのも……ご主人様はそれより前から家を空けておりまして」
「なるほど、だから手紙も見ていないと」
無視されているわけじゃないと知ってウェルデンも少し安心する。
変わり者であってもそんな不誠実な人ではないと思っているので、何か事情があるのだろうとは考えていた。
「長く家を空けているようですが、何かあったのですか?」
ただ肝心のカグノーズがどうしたのかということはいまだに分からない。
取引のことも忘れて長く家を空けるようなことも基本的にはしない人である。
家で植物類を育てているので、引きこもりがちなところすらあるのだ。
「少し前にお手紙がありまして」
「手紙?」
「ウェルデン様より前のことです。どなたからの手紙なのかは分からないのですが……どうやら新種の花が見つかったとかそのような報告でした。何でもかなり強い匂いを持つようでご主人様が興味を持たれていました」
「それでその花を探しに?」
今いないということは、その後にどんな行動を取ったのか予想もできる。
「そうなんです。すぐに戻るとは言っていたのですが……」
メイドさんが聞いた話では検体となる花を送ってもらえる予定だったのだけど、待てど暮らせど送られてこなかった。
カグノーズは新種の花にいても立ってもいられず、自ら探しに行ったのである。
「定期的にお手紙を送ってくれていたのですが、それもなくなって……」
メイドさんは少し落ち込んだようにうつむく。
こうなるとトラブルの気配がしてきたなとジケは思った。
「どこに行ったのかは分かりますか?」
「そこは聞いておりません。ですが、手紙は残っております。私が勝手に見るわけにはいかないのですが……」
雇われた使用人が雇い主に送られた手紙を見ることなど普通は許されない。
ヘギウス商会からの手紙が来ていたこともメイドさんは把握していたが、中身まで読んでいないので知らなかった。
「では私が勝手に読んだということで」
ウェルデンはずっと立ち上がった。
「えっ……」
「あっ、どこ行くんですか?」
部屋を出ていくウェルデンに、ジケたちは慌ててついていく。
ウェルデンが向かった先にあったのはカグノーズの執務室。
そこには鉢植えの植物がいくつか置いてあった。
「その手紙とやらはどちらに?」
ウェルデンは手紙を読んでカグノーズがどこに行ったのか突き止めようとしていた。
カグノーズが問題にすることはないと思っていても、後々メイドさんが責任を追及されると困るので自分が勝手にやったことにしようとしている。
「デスクの右にあるのはまだ読まれていないものです。左の方に置いてあるものの中にあるはずです」
「この中ですね」
トレーの中に開封された手紙が投げ込まれている。
ウェルデンは手紙を手に取って、さらりと内容を確認していく。
本来本人でもないのに手紙を読むのは使用人でなくともダメな行為だ。
しかしこんな時にも悩まず、すぐに決断して行動できるのもウェルデンの凄さだ。
「……この手紙だな。送り主はバンガル。場所は……北西部コルモー大森林か」
「コルモー大森林?」
「知っているのか?」
ウェルデンがつぶやいた言葉にジケは少し驚く。
「スイロウ族がいるところですよね?」
「その通りだが……よく知っていますね」
ウェルデンは感心したような顔をする。
コルモー大森林という言葉は聞いたことがあっても、そこにスイロウ族という獣人が住んでいることはあまり有名ではない。
ジケがそれを知っていたことに驚いた。




