聖杯を返して3
「別に何もいらないです」
ジケ自身も欲しいものを考えてみた。
その結果として欲しいものはないとなってしまう。
前にもこんなことがあったような気がする。
欲しいものはないかと聞かれても特に欲しいものなどないのだ。
今が幸せ。
これからの備えもたっぷりあるし、毎日やることもある。
みんながそばにいるし、みんなが生きている。
特に貴族になりたいとも思わないのだから、今のままで全く問題もない。
「欲がない人間こそ厄介なものだな」
王様は深いため息をつく。
国をやると言ってもジケは断るだろう。
ある種ではどんな賄賂にも揺らがない信頼のおける人物だといえるが、聖杯のお礼もできないのはなかなか困る。
「うーん、でも何もしないのがいいと思いません?」
「……なんだと?」
「考えてもみてくださいよ。いきなり俺に何かすごいお礼をしたら、周りはなぜだと疑うでしょう?」
「……まあ、そうだな」
「聖杯が偽物だった。ここまで隠し通してきたのに、バレてしまうかもしれないですよ」
今現在聖杯が偽物だと知っているのはかなり限られた人だけである。
仮にジケに対して本物の聖杯に相応しいお礼をするとしたら、かなりのものになるだろう。
しかし外から見たときに、ジケに対して何かを渡すことは不自然である。
これまでの功績はあるものの、ジケの功績は表立っていない。
なぜジケにお金なりなんなり渡したのかと疑問に思う人は、絶対に出てくるのだ。
そんなときに聖杯のことを隠して説明は難しい。
「ふん、お礼を渡すなと王を説得しようとする人間は世界広しといえど君ぐらいなものだろうな」
つまり何が言いたいかというと別にお礼は入りませんということなのだ。
あたかも王家の威信のために聖杯のことがバレないようにと言っているようで、その本質は自分のためなのだった。
「君がこれまで何をしてきたのは私は知っている。ベルンシアラの同盟、獣人の建国……その裏には君がいるのだろう?」
「……なんのお話か、分かりません」
流石の情報収集力である。
でもジケは笑顔で誤魔化す。
デラカリアもナルジオンも直接ジケの名前は出さないはず。
たとえ関わった可能性が黒に近いほどのものでも、ジケが認めない限りは完全に黒にはならない。
「今この国は磐石に見えて……非常に危うい」
「どうしてですか?」
帝国のせいかな、とジケは考えた。
「ベルンシアラにしても、獣人にしても……予想が正しければ一人の人物を起点として繋がっている。つまり、その人物が何かの理由で怒りでもしたら……あっという間に我々は同盟を背かれてしまうかもしれないのだ」
王様の懸念は帝国ではなかった。
ジケこそが懸念の相手なのである。
たとえ認めずとも裏で誰が糸を引いているのかなんとなくは分かっている。
つまりジケの気が変わってしまえば、ベルンシアラや獣人が背を向けてしまうこともあり得ない話ではないのだ。
賄賂にも何にも揺らがないという信頼はあるが、それは同時に王様としてもコントロールができないということでもある。
何も受け取らないのは、ある意味で不安を覚えさせる行為なのであった。
「それは……」
「ふっ、君ではないのなら言い訳することはない。だがな……言葉だけで俺は裏切りませんなどと言おうと納得しない人もいるのだ」
物やお金による繋がりも時には途切れるものだが、お金がある限りは繋がっているという一定の担保がある。
いくら言葉を尽くしても目に見えない信頼だけでは、繋がっているというのも難しい。
「断ることも美徳かもしれない。だがそれは相手を不安をしうるということを覚えておいてほしい」
「うーん……じゃあ、お金でも……」
「ダメだ。望まぬのに無理に受け取ってもらっても信頼は発生しない」
「えぇ……難しいですね」
ジケは苦笑いを浮かべてしまう。
「俺の今の希望としては……」
「希望としては?」
「王様に元気でいてほしいです」
「…………私に、元気に?」
ようやくジケが絞り出した願いに、王様は目を丸くする。
「王様が元気なら国は安定します。内紛があったり……もうそんなのは嫌なんです」
過去では王様があまり表には出てこなかった。
生きてはいたが、精力的とは言いがたい。
王弟との内紛における怪我が原因だと言われていた。
今回は割と表に立って活動している。
相変わらず帝国などの脅威はあるが、王様が健在なうちは手も出しにくいだろう。
王様が元気でいてくれることこそ、ジケにとっても安心して生活を送れるために必要なものなのである。
「はっはっはっ! そうか!」
この期に及んで、願いがそれかと王様は笑ってしまう。
「分かった。君のためにも元気でいよう。これがあれば……私もかなり助かるだろうしな」
王様はチラリと聖杯を見た。
そういえば、とジケは思った。
王様の魔獣も神の力を持つ。
力を使えばセクメルのような代償があるのかもしれない。
もしかしたら過去では内紛で力を使い、そのために表に出てこなかった可能性がある。
聖杯があれば王様の代償も乗り越えられるのかもしれないと考えた。
「私が元気であるうちは君はこの国にいてくれるのだろう。だが欲しいものができたら言いなさい。協力が欲しければ声をかけてくれ。君のためならばいつでも王城の門を開けよう」
「……ありがとうございます」
「強制するつもりはないが、アユインと結婚してくれるなら私も安心なのだがな。冗談でもなく、君ならいいだろう。……父親としての気分は別としてな」
「それは……考えておきます」
「ふっ、またそうして濁すか。まあいい。君のことは信頼しよう。表には出せないが聖杯のこと、感謝する。歴代の王を代表し、我々の悲願を叶えてくれたこと、確かに胸に刻んでおこう」
「…………はい」
照れくさいなと背中がむずむずとする。
でもここはこれでいいのだとジケは頷いた。
それにしても色々バレてるんだなとは驚いたが、なんにしても聖杯は片付いた。
偽物の聖杯の捜索ももう少し形上は続けて打ち切られることにもなった。
「万事解決! あとは……武闘大会が無事に終わるだけだな」
ライナスの戦いも勝ったし、聖杯も無事に返した。
あとは武闘大会でも楽しもう。
そうジケは思ったのだった。
ーーー第十九章完結ーーー




