1-11. 皇子様とお姫様 【後編】
あろうことか、レオンがふいにティリスを押さえつけ、その服に手をかけてきたのだ。ティリスはあわてて抵抗したが、いくらレオンが細身でも、体勢が悪い。だいたいが、ティリス自身が小柄で細いのだから、抵抗は困難を極めた。
「やめっ……やめろよ! やめろったら!!」
レオンの左目に、邪悪な赤い光が点る。ティリスは息を呑んだ。
冗談っ!
「――っ!!」
必死の抵抗虚しく、やはり、ティリスには抗えなかった。体の自由が利かなくなる。
レオンが慣れない手つきでティリスの服の止め紐を外していくのに、抵抗すら許されず、ティリスは身を震わせて耐えていた。
――カタリーナ……オレ、怖くて声でねーよ! カタリーナ!!――
ティリスの胸元が露になると、レオンは黙って、布が巻かれた彼女の胸に手を伸ばし、触れた。
柔らかく弾力のあるそれを、レオンの指がわずかに押していく。
「んんっ――!」
――カタリーナ!!――
「……? 女に見える」
ぷつっと、ティリスの中で何かが切れた。
「だったら何だよ!」
「……? どうして泣くんだ」
「泣いてねーよっ!」
「泣いてる」
レオンが静かにティリスの涙を指で拭った。
まだあふれるそれを、次には冷たい口付けが、含むようにすくってさらっていった。
「――っ! ……や……」
けげんそうな鳶色の瞳が、ティリスを見た。
ティリスも泣きながら、レオンを見た。
「レオン、もうやめなさい」
ふいに、それまで死んだフリをしていたゾンビが言った。
「ロズ?」
「そんなふうに、好きにしていいものではないんだよ、レオン」
「? なぜ?」
ロズは困ったように沈黙し、やがて言った。
「姫が傷つく」
レオンがじっとロズを見る。
「……いけないか?」
「いけないよ。可哀相だから、もう、術も解いてあげなさい」
ゾンビの言葉には、驚くほど素直に従うレオンだ。レオンは言われるままに術を解き、ティリスを解放した。
ティリスはやっと解放されると、震えの止まらない身で起き上がり、とにかく服の前を閉じた。殺されそうになった時より動揺していて、声が出ない。
「……そういえば、ロズはこの子が姫だって、知っていたんだな」
「そうだね」
カタン……
ふいに、戸の開く音がした。
「ティリス様……?」
カタリーナだった。虫の知らせに駆けつけたのか。ティリスの声を、聞いて来てくれたのか。
状況を見て取ると、カタリーナはすっと顔から血の気を引かせた。
「ティリス様っ!」
「カタ……リーナ……」
立ち上がることもできないティリスの様子に、その着衣の乱れに、カタリーナは殺意をすらはらむ、怒りの声を上げて懐剣を抜いた。
「おのれえぇっ!!」
さすがに危機感を覚えたらしく、レオンがすぐに術をかけるが、カタリーナには効かなかった。
場所は――中庭!
墓がない!
死霊術師には極めて不利な状況だ。
「レオン!」
「だめだ――庇うな、ロズ! 命令だ、おまえが破壊される!!」
「だがレオン!」
ロズは魔法も使えるが、いかんせん遅い。カタリーナの速さを見る限り、どうにかできる間合いではなかった。
怒りに我を忘れたカタリーナが、レオンに突きかかる。
「やめろ!!」
止めたのは、おそらく唯一彼女を止められたのは、ティリスだった。
「ティリス……様……?」
レオンを庇う形で、ティリスが立ち塞がっていた。
「……ですが、ティリス様!!」
「――国賓だ。やめろ」
ティリスは静かにレオンをふり向くと、
「レオン……さっき言ったことは取り消す。もういい。二度と、オレの前に顔を見せるな!」
怒りに満ちた口調で言い渡し、レオンに背を向けた。
「行くぞ、カタリーナっ」
ティリスはカタリーナにだけ声をかけ、ふり向かずにそこを後にした。







