1-12. シグルドの美姫の受難
しゅごおぉぉ。
亡霊さながら、暗い気を放つ絶世の美女。
もはや、今日のアディスには愛想のあの字も期待できなかった。礼儀正しさだけで、皇帝の相手をしている。
並程度の神経の持ち主では、声すらかけがたい陰気さだ。
しかし。
「ほほう、あなたがシグルド王国の姫」
さすがは大帝国の皇帝――というか、むしろ死霊術師と言うだけあって、カムラの老皇帝は気にもとめなかった。
「お初、お目にかかります。アディと申しますわ、皇帝陛下。今宵はどちらをご案内いたしましょう」
答えながら、アディはますます鬱になった。
いったい、何をしているのだろう。
ふられたその日に、どうして女装までして、スケベ死霊術師の相手などしていなければならないのか。
「それでは、姫」
――国のため、か……。
毎週ふられている以上、風曜日に予定が立った時点で、こうなるしかなかったんだなあと、アディスは嘆息した。
不幸だ。
イシスが応援してくれたら、もうちょっと、頑張るつもりだったのに……。
そこ。何を、とは聞かないよーに。
「とりあえず、ベッドルームにでも案内して頂ければ――」
をい。
「……ご冗談を」
殴り倒したいのを鉄の理性で抑え、アディスは引きつった笑顔を見せた。
「いやいや、冗談などでは。ここに来るまでにざっと見させて頂いたのだが、さすがに小国、我が国の王城には、どこを取っても及ばぬようだ。その中で唯一、ここにしかないものが――抜きん出て美しく貴重なるものが、貴女というものだろう? まさしく傾城の美姫。このような場所でくすぶっているなど、美しい貴女があまりに勿体ないというものだ。そのけぶるような白金の髪、吸い込まれるようなエメラルド・グリーンの瞳――実に美しい。快く、妃として迎えさせてもらうよ」
――をい!
「誰が吸い込むか」
前に、イシスに「吸い込まれそうな瞳だよ」と言ったら、「吸い込むものですか」と冷たく突き放されたことを思い出し、アディスはますます鬱になった。
自分、こういう目で見られていたのだ。
本当にイシスの瞳が綺麗で、下心もスケベ心もない、純粋な賛辞として言ったのに。
――世をはかなみそうだ。
いや。
いやいやいや。
今は『どこを取っても及ばぬ』などと無礼千万なことを言う、目の前の皇帝だ。
国の良さの何たるかが、何もわかっていない皇帝だ。
このシグルドほど良い国は、滅多にないのだから。素朴で健康的な人々が住まう、小さくとも住みやすい国。あの心優しく美しく、神秘的でいながら無邪気な姫巫女イシスが祝福する、ただ一つの王国。このシグルドだけを、イシスが祝福するのだから。この国がカムラに劣ると言ったら、せいぜいが人口と面積、兵力、各分野技術力、あとは大量生産能力くらいのものだろう。それだけじゃないか。どう考えてもたいしたことじゃない。
――うん? あと何が残るのか、とか聞かないよーに。
歴史ならシグルドの方が古いし、この国に在る自然と共存する術は、他国においそれと真似のできるものではないのだ。人の入れる山を、長い年月に渡り守り続けてきたのだから。自然を侵すことも、それに侵されることもなく。
――緑豊かなシグルド王国には、『本物』がたくさんある。『本物』の見分けもつかない死体愛好家に、とやかく言わせない。
「……? 姫? 今何と……?」
口が滑ったな、と。
アディスはにこりと、女神もかくやの笑みを見せ、ことをうやむやにした。
どうにか、上手くやらなければならないこの見合い、ここからが本番だ。
アディスはひどく切なげに、祈るように手を組むと、老皇帝ならぬ、ここにいない誰か一人を見つめる目をして告げた。
「……陛下、実はアディには、この方だけと心に決めた方がいます。どうしても、譲りたくない方なのです。どうか、ご容赦下さい」
「姫……」
皇帝がわずかにうなり、押し黙る。
これほどまで一途に、いたいけな様子で拒まれたら、ふつうは手を引くものだ。しかし、この皇帝に限って言えば、四十九の老体の身で、臆面もなく十九の姫に見合いを申し入れた図々しさだ。どうくるか――
皇帝は深く頷くと、感心したように言った。
「なるほど。さすがは傾城の美姫。セオリーに乗っ取って、強奪して欲しいと言われるようですな。よろしい。やはり美姫たるもの、わがままでなければな」
――は?
「任せておきなさい。こう見えても余は死霊術師でね。蠱惑の術も、強引な責めも、妖しい縛りも思いのままだ。すぐに、余のことだけしか見えぬようにして差し上げよう。期待していて良いぞ」
「――……」
――何をだ!!
前言撤回。
スケベジジイなんて、可愛らしいシロモノじゃない。
この皇帝は、真の、本物の、変態 スケベ死霊術師だったのだ。
カムラ皇帝のネチっこい流し目にさらされた、いたいけな青年の心境たるや、それもふられたばかりの青年の心境たるや、筆舌に尽くしがたい。
「し、死霊術に蠱惑の術があるとは存じませんでしたわ……」
「フフフ。簡単なことだ。半日もゾンビと一緒の部屋に閉じ込めておけば、たとえどんなブ男だろうが、助けに来た男が白馬の王子様に見えるというものだよ。余は実際に皇帝だしな」
――びしっ。
「そ、そうなんですの……」
「さあ、安心して余にその身をまか――」
瞳に邪悪な赤い光を点しつつ、本性を出して突進してきた皇帝に、アディスは極めて冷静に対処した。
ひゅっ
引き付けておいて、打つ。
たとえカタリーナに負けるとしても。
たとえ女装が趣味で、似合い過ぎるとしても。
アディスは王子としてなら、十分過ぎるくらいに強いのだった。
一撃のもとに皇帝を沈めると、アディスはその変態に、ワインをたらふく飲ませた。
何が起こったのかわからなかったはずだから、酔って眠ってしまったのだと、勘違いさせよう作戦だ。
けれど、今日はこれでいいとして、明日からどうしてくれよう……。
しっかりと変態皇帝に見初められてしまったらしいアディの明日は、何とも言えず不幸っぽくて、泣きたい感じなのだった……。







