フィフティ/フィフティ
──とまあ、今日のあたしは、こんな感じでした。
そんなわけだから、明日のあたしもみんなにバレないように、くれぐれもよろしくね。
朝、目覚めてから、真っ先に手に取る日記帳。
昨日の私からの、今日の私へのメッセージ。
これが、毎朝の楽しみだ。
いまの私には、昨日の記憶がない。
いつからかは覚えていないが、私は、家族にも内緒で一日ごとにふたりの人格を入れ替えて生きている。
きっと、もともとは、昔から友達の少なかった私が、ごっこ遊びの延長ではじめたひとり遊び。
昔からいたであろう私と、いつの間にか生まれた私。
毎日毎日、一日交代で生活を送っていた。
しかし、片方が表に出てきている間は、もう片方は眠ってしまっている。
記憶を引き継げない不便に対して私たちがとった手段は、日記だった。
一日の出来事を詳細に記し、明日の私へ伝える。
そうすれば、日々の生活を矛盾なく過ごすことが出来るのだ。
「……放課後に本屋さんへ行く予定、か」
今日の、絶対に忘れてはいけない"最重要項目"を確認する。
このところ、私ではない私が仲良くしている彼と、放課後に駅の近くの書店に行く約束をしているらしい。
私の日記には、いつも彼が出てくる。
私にも、恋をする脳みそが入っていたことにびっくりだ。
「忘れないようにしなきゃ」
──うん、今日のところはこんな感じ。
じゃあ明日、よろしくね。
目が覚めて、大急ぎで日記を確認する。
「……良かった」
昨日のあたしは、ちゃんと彼と本屋へ行ったらしい。
「可愛くできたかなぁ?」
鏡を覗き、寝癖だらけで寝ぼけたままのぼんやりとした顔を眺める。
「やっぱり行くの今日にしてもらえば良かったかも」
今日のあたしなら、確実に彼ともっと仲良くできるのに。
昨日のあたしは、彼の魅力があまり分からないのだろうか。
「……つぎに遊ぶ約束くらい、取り付けろよな」
"最重要項目"には、特に何も無し。
少し残念だ。
あたしなら、最後にまたデートへ誘うのに。
──どういうことか、説明して。
なんで教えてくれなかったの?
こういう大事な話は、あたしたちで相談してから決めるのが普通じゃないの?
昨日の私は、どういうわけかご立腹。
なんでも、一昨日の放課後、彼からの告白を断ったのが気に入らなかったらしい。
私としては彼には何の魅力も感じないので、普通に断ってしまった。
「そんなに怒ることないじゃない……」
日記の、私の文字を指でなぞりながら呟く。
「丸い字……かわいい」
本当に私が書いたなんて思えないくらい。
──これ以上彼を混乱させてしまうのは可哀想だから、ちゃんと話をつけておいたよ。
もう近付かないって言ってくれたから、大丈夫。
こうするのが、私たちふたりのためだから。
日記を読みながら、手が震えるのが分かる。
手だけではない。
足も、肩も、全身が謎の震えに見舞われている。
「……やりやがったな、クソ女」
震える喉から絞り出した声も、わなわなと震えていた。
こんなに怒りを感じたのは、生まれて初めてだ。
「いいよ」
鼻から息を漏らし、指で目尻の涙を拭う。
「あたしも、あたしのためにやらせてもらうから」
──ケータイ見てみて。
それでも信じられないなら、一回シャワーでも浴びてきなさい。
それで鏡でも見てきたらいいよ。
初めてがそっちのときじゃなくてごめんね?
ところで、彼には全部伝えたから。
彼なら、全部受け入れてくれる。
優しくていい人だから、いつかはそっちでも仲良くしてよね。
理解してくれる人は多い方がいいでしょ。
携帯電話を開き、待ち受け画面の画像を見て絶句する。
それから、急いで服を脱ぎ、鏡に映る自分の身体を見てから、小さく悲鳴を上げた。
「なんてこと……」
汚された。
"彼女"が、汚されてしまった。
鏡を見つめる。
それから、待ち受け画面の"彼女"の、うっとりとした顔も。
私は、私にも恋をする脳みそが入っていたことを思い出した。
"彼女"を、ずっと独占していたかった。
"彼女"は、どうして外で恋なんてしてしまったのだろう。
どうして、私とずっと一緒に、ふたりきりで生きていくことに満足してくれなかったのだろう。
私は、一日おきに"彼女"と楽しく交換日記をして生きていかれたら、それで幸せだったのに。
「あなたがそれを望まないなら……」
もう、ひとりでいい。
──ちゃんと、消えてる?
日記を確認して、制服に着替える。
昨日は一日中家にこもっていたから、携帯電話には心配した彼から電話とメールがたくさんきていた。
それらをチェックしつつ、朝食をとり、支度を済ませて家を出る。
しばらく歩くと、彼が駆け寄ってきた。
「昨日、心配したんだよ」
「ありがと」
微笑んで頷く。
隣を歩く彼が、不安そうに言った。
「ねぇ、もうひとりの君と、なにかあったの?」
「あったよ」
もういちど、微笑んで頷く。
「もう、いまはね、ひとりなんだ」
「えっ?」
彼の足が止まった。
「ふたりのうち、どちらかが消えたの」
彼の瞳が、まっすぐ、じっと、こちらに注がれる。
やがて、彼が小さく、震える声を出した。
「君は、どっち?」
「さぁ、どっちかな」
喉を鳴らして笑いながら、彼の手を引いて歩き出す。
「そっちが決めなよ。どっちが残ってるか」
おしまい




