マルチプルパラドックス
恋をした。
燃え上がるこの気持ち、どうすれば抑えることが出来るだろう。
仕草、目線、鼓動、彼の全てが気にかかる。
私のこの熱い胸の内は、彼に伝えることができるだろうか。
叶わぬ恋ではあるけれど、彼に伝えたい。
好きだ、と。
───
最近、ふと気が付くと鏡を見つめていることが多い。
何気ない瞬間、ちょっとだけぼーっとしていた瞬間、気が付くと、僕は鏡を見つめてぼんやりしている。
それも、ほんのり顔を赤くして。
少し気味が悪い。
僕って、こんなにナルシストだったのだろうか。
深夜、息苦しさに目を開ける。
咄嗟に、夢だと悟った。
いつも通りの部屋に、いつも通りの自分。
それなのに、どうしても違和感が拭い去れない。
そんな夢の中で、ベッドに座る僕の隣へ腰掛ける、ひとりの少女がいた。
「……はじめまして」
どうも、そんな気はしないけれど、僕はなんとなくそう挨拶する。
彼女は、笑って頷いた。
どうやら、話は通じる相手らしい。
僕は、ホッとして彼女に話しかける。
「ここは、夢の中だよね」
「そうだよ、ここはあなたの夢の中」
「君は、誰?」
「私は、あなた」
話は通じる相手らしい、というのは撤回しよう。
何を言っているか分からない。
「君は、僕?」
「そう、私はあなた」
「じゃあ、僕は君なのかな」
その質問には、彼女は首を振った。
「違う。あなたは、あなた。世界でたったひとりの、素晴らしい人」
「うーん、深いね」
意味が分からないので、一応それっぽく返す。
すると、彼女は楽しそうに笑って言った。
「ふふ、意味の分からないことを言ってごめんね?」
いい加減に返事をしたのがバレているようだ。
どうも、フェアじゃない。
「君は、僕のことをよく知っているね」
君ばかりずるいぞ、という、少しの皮肉を込めて。
「だって、私、あなたのことずっと見ていたから」
「へぇ、ずっと?」
「うん、ずぅーっと」
ずぅーっと、と、ずっと、では、少し違うような気がしないでもない。
とても長い間、僕のことを見ていたらしい。
「でも、僕は君のことを初めて見たよ」
「こうして、あなたとふたりで話すのは初めてだけど、ずっと一緒にいたんだよ」
ますます、分からない。
こんな可愛い子に、ずっと一緒にいてもらった記憶など全く無い。
「どうやって、一緒にいたの?」
「あなたの、ここに」
そう言って指差すのは、僕の額。
「ここに、ずぅーっと、いたの」
「気付かなかったな」
「内緒、だったから」
色々と、女の子には見られたくないようなところまで見られていたのか。
少し、恥ずかしい。
「でも、なんで僕のことを見ていたの?」
照れ隠しにそんなことを聞くと、今度は彼女が恥ずかしそうに顔を下に向けた。
「あれ、聞いちゃいけないことだったかな」
「ううん、そんなことないの」
彼女は大慌てで首を振り、真っ赤な顔を手で扇ぐ。
「あのね、私ね……」
「うん」
「あなたのこと、ずっと好きだった」
「ふぅん」
なんとなく、驚きはしなかった。
きっと、彼女が僕、というのが本当だからだろう。
「好きすぎて、我慢できなくて、
夢の中だけでも、ふたりで一緒に話せたらなって……」
「そうなんだ、可愛いこと考えるね」
まったく、急に出てこられると驚くじゃないか。
なんて冗談混じりの文句も少し口から出かかったけれど、それは飲み込んでおく。
まあ、こんな可愛い子に好かれているなんて、悪い気はしないから。
「夢の中だけなら、話し相手になってあげてもいいよ」
「本当?嬉しい」
「うん」
でも、僕まで彼女のことを好きになってしまったらどうしよう。
というか、もう既に、夢から覚めるのがもったいないと考えている僕がいる。
それくらい、彼女は魅力的だ。
───
目が覚める。
見たことのない天井に、中途半端に寝心地のいいベッド。
身体を起こすと、知らない女の人が僕を見て、目を丸くしたうえに口をパクパクさせていた。
「おはよう」
それからは、事前に父さんと母さんに言われていた通り、病院の色々な機械で全身を調べられた。
体調に問題は無し。
脳波も正常。
そして、原因は不明。
僕は、すっきりと目が覚めた。
色々な人に話しかけられたけれど、全員が知らない人だ。
僕の両親を名乗る人たちだって、もちろん僕の両親ではない。
けれど、しばらくはこの人たちのお世話になることになりそうだ。
もう一度、学校に通わせるんだとか。
まあ、僕にとっては初めての学校だけれど。
それにしても、15年も眠っていたのに、
父さんの身体が全く歳をとっていなかったことは、存外にラッキーだった。
おかげで、僕はこれから楽しい青春を送ることができる。
父さんの夢の中ではなく、この現実の世界の中で。
おしまい




