33. SWEET SIX TEEN
グランパが夕食の席でいきなり「来週の金曜日は朱里の誕生日だろう?パーティをするからね」と言った。
え?パーティ?
「あ、ありがとう」
とは言ったものの、良いんだろうか?
誕生日の三日後からは中間試験があるんですけど。
「どんなパーティかは内緒だよ。楽しみにしておいで」
グランマは楽しそうに付け加えた。
パーティかぁ・・・向こうでは友達を呼んで、ママがケーキと手料理を作ってくれて、ワイワイと騒いだだけだったけど・・・
レッスンのお迎えだけでなく、土日は中間試験用に勉強を見てくれてる蒼司に聞いてみた。
「こっちでは誕生日のパーティってどんな事するの?」
「そうだね、年齢によっても変わって来るけど、やっぱりケーキとご馳走って言うのがお決まりだね。後は参加者が年によって変わるかな?子供の頃は家族と友達、そのうち友達だけになるとか、家族で外食とか、それなりに相手が出来れば恋人同士でとか」
あ、なんだ。向こうとあんまり変わらないんだ。
恋人同士かぁ・・・
「蒼は恋人いるの?」
もう大学生だもんね、モテそうだし。
「え?僕には恋人なんていないよ」
それもそうか、恋人がいたらこんなに頻繁に家に帰って来ないよね。
無理してわたしに付き合わせているなら悪いと思ったんだけど。
では、遠慮なく蒼司に教わるとしますか!
特に数学!
「朱里は苦手意識が強いだけで、出来ない訳じゃないって事を自覚したほうが良いよ」
そうかな?
そうだといいんだけど。
蒼司は教え方が上手いのか?躓いていても、指摘された所に注意すれば同じ様な場所では躓かない。
思い込み、かな?
それはそうと、誕生日、どんなパーティになるんだろ?
金曜日、誕生日当日。
朝から、みんなに『おめでとうございます』とか言われちゃうのかな?と思ってたのに、不気味なくらい静かだ。
いや、いつもと同じ様に『おはようございます、朱里様』とは言われるんだけどね。
わたしって、もしかして自意識過剰だったのかな?
静かなまま、授業が終わり、来週からの試験についてホームルームで担任から注意があったくらいで、いつもと同じ様に終わった。
そして、下校しようとすると、校門の前にはなぜか蒼司の姿が。
「迎えに来たよ、朱里」
う~ん・・・王子様だ。
周りからも黄色い声が上がる。
車で迎えに来た蒼司は、わたしを美容院に連れて行き、短い髪をセットさせて軽くお化粧までさせられた。
「どうしてここまで?」って聞いたら「お祖父様とお祖母様のお願いだから我慢して」と言われた。
むう・・・グランマはわたしを着飾らせる事が好きだから。
案の定、メイクが終わったら、ドレスが出て来て着替えるようにと言われた。
「もしかして、パーティって家でするんじゃないの?」
レストランで外食ですか?
「秘密!」
蒼司は意味ありげに笑うだけで白状しない。
「綺麗だよ。良く似合ってる」
いつの間にか、蒼司も着替えてスーツなんて着てる。
用意されていたのは、オレンジのオーガンジーのドレス。
膝までの丈だけど、スカートはフワッと広がっている。
恥ずかしい!
「どうぞ、お姫様」
蒼司は腕を差し出してわたしをエスコートしてくれた。
お姫様・・・って柄じゃないんだけど。
慣れないハイヒールも口紅もむず痒い。
女の子ってこんなのに慣れないとダメなのか?
大人っぽい恰好は少し嬉しい。
だって、わたしは今日から十六になったんだし、特別な日に特別な格好をするのは嬉しい。
でも・・・コレはないんじゃないかな?
「蒼・・・ここって・・・」
支度が出来上がって、連れて来られた場所は・・・結婚式場?
「パーティとか会議とかにも貸し出してくれているんだよ」
うっ、玄関に『岡村朱里様誕生日パーティ』と看板まである!
ゲゲゲ!
「ねぇ、何人呼んだの?」
こんな会場を貸し切るなんて。
「大丈夫、みんな朱里が知っている人達だけだよ、多分」
蒼司はニコニコと笑って明確な答えをくれない。
一体、誰を呼んだんだよ!
大きな扉の前に立つと、蒼司は携帯電話を取り出して「今着きました」と報告している。
「準備は出来てるみたいだよ。さあ、どうぞ」
そう言って扉を開けると・・・
ずらりと並んだ我が校の制服達。
へ?
そして、一斉に『朱里様、お誕生日おめでとうございます!』の声。
ええっと・・・もしかして親衛隊のみなさま?
「さあ、入って」
唖然として立ち止まっていたわたしの背中を蒼司が押して、わたしは歩き始めた。
親衛隊が両側に並んで作った道の中を。
うひゃ~!晒し者みたいで恥ずかしい!
みんな、制服なのに、わたしだけこんな格好って言うのも・・・
あ、ウチの学校の制服だけじゃなくて他校の制服の人が居る。
あれは・・・もしかしてこの間のバスケットの練習試合の対戦相手?
あの人達、親衛隊に入ってくれたんだ・・・あ、テニス部の後藤先輩が居る。いつの間に親衛隊に?・・・制服のスカーフの色が一年である赤の人が多いけど、チラホラと二年生である青いスカーフや三年生であることを示す緑のスカーフの人達が居る。
そして、親衛隊のみなさんが作った列の先には、グランパとグランマと伯母さんが居た。
「誕生日おめでとう、朱里」
「おめでとう」
「素敵よ、朱里ちゃん」
「ありがとう、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、伯母さん」
こんなに大勢の人達を呼ぶなんて大変だったと思うのに。
「これはあたしから」
そう言ってグランマはネックレスを、グランパはネックレスに合わせたデザインのイヤリングをくれて、その場で付けてくれた。
えっと・・・これってもしかしてオパール?
「私からはそのドレスなの」
伯母さんがそう言ってくれた。
「ありがとう」
そこで、知夏の声がした。
「朱里様、本日は誕生日おめでとうございます」
会場の隅でマイクに向かって淡々と話す知夏がいた。
「朱里様のお祖父様、お祖母様のご厚意により、わたくし達、親衛隊一同までこの様なお目出度い場にご招待いただきました事は誠に光栄でございます。僭越ではございますが、わたくし一年月組の秋山が司会進行を務めさせていただきます」
そーだったんですか・・・パーティの主役と言えば聞こえはいいけど、見世物小屋の猿だよね。
アッハハ・・・
「朱里様のご家族からのプレゼントに続きまして、わたくし共親衛隊からのお祝いはこちらです」
知夏がそう言うと、いつの間にか床から少し高くなった舞台の様な場所に並んでいる親衛隊のみなさまがいた。
ピアノの前に座っている人、バイオリンを持っている人、楽器を手にしている人が三分の一くらい居て、その他の人達は並んでいる。
「わたくし達からのプレゼントは拙い物でございますが、朱里様の為に練習いたしました。どうかお聞き下さい」
知夏の言葉に続いて、三年生の一人が指揮をとり始めると、演奏と合唱が始まった。
正直に言って、それはやはり練習不足で、纏まりが今一つだったし、楽器の音もバラバラだった。
三曲ほど歌ってくれたモノは、お世辞にも上手だとは言えないものだったけど。
でも、わたしは嬉しかった。
わたしは、日本に来る前、こっちの学校で苛められるんじゃないか?と怯えていた。
それが、来た途端に、色々な人から声を掛けられ、思っていた事とは百八十度違う展開になった。
まさか『親衛隊』なんてものが出来て『朱里様』なんて呼ばれて騒がれるとは、思ってもみなかった。
正直に言えば、どこが気に入られたのか?未だに判らない事は多いし、戸惑う事ばかりだ。
それでも、この人達は帰国子女のわたしを受け入れてくれて、慕ってくれているのだと言う事は判るし、ありがたいと思う。
そして、このプレゼント。
グランパやグランマからの高価そうなプレゼントよりも嬉しい。
形に残る物じゃないからこそ、心が籠っている様な・・・いや、決してグランパ達のプレゼントが嬉しくない訳じゃないけど・・・
わたしは、初めて『親衛隊』の存在が有り難いと思った。
だから、みなさんの演奏が終わって、大きなケーキが運ばれて来た時、知夏から一言と言われて、言葉に詰まりながらこう答えた。
「みなさん、今日はわたしの為に、試験前なのにお集まりいただいてありがとうございます。とても・・・とっても嬉しいです」
立食式のパーティである会場では、椅子は壁際に並び、テーブルに料理が並んでいるだけだが、誰もみな手を付けずに、わたしの話を聞いてくれている。
知夏や聡美が言っていたように、あの女子校に居る間の夢を見る為だけの存在であるわたしに、ここまでしてくれた親衛隊のみなさんに、わたしはちょっと感動してしまった。
「正直に申し上げると、未だに戸惑う事は多いです。でも、わたしはあの学校に通う事が出来て良かったと思っています。そして、みなさんにお会い出来て良かった。今日は本当にありがとうございます」
あまり、上手く気持ちを伝えられたかどうかは判らないけど、みなさんは拍手をしてくれた。
そして、ケーキにキャンドルを点けて、会場が暗くなった時『ハッピーバースディ』が歌われた。
歌い終わった時に、わたしがキャンドルを吹き消すと、パッと灯りが点いた。
一度に全部を吹き消す事は出来なかったけど、大勢の人達の歌と拍手で、思わず感動して涙が出そうになった。
その後、わたしは一人で座って、色々とお祝いを言ってくれる人達を迎え入れるだけになった。
「主役は動かないでいる事が大切です」と知夏に言われたからだ。
一時間ほどみなさんと話して、料理を食べたりしていると、知夏がまたマイクでアナウンスを始めた。
「さて、宴も酣となって参りましたが、ここで締め括りと致しまして、特別なゲストをお呼び致しました」
ゲスト?って?
すると、さっき親衛隊のみなさんが歌ってくれた舞台に大きなモニターが運ばれた。
何かを上映するのかな?
そこに映し出されたのは・・・
『ハ~イ!朱里ちゃん!お誕生日おめでとう!』
モニターに映し出されたのは、愛生さんだった。
周りでも「日笠愛生じゃない?」「どうして?」「誰?」と色々な声がヒソヒソと上がる。
『私からのプレゼントは、これしか芸の無い歌、です。意外性が無くってゴメンね』
そう言って愛生さんが歌ってくれたのは、大昔の曲だけど有名なニール・セダカの「Happy Birthday Sweet Sixteen」だった。
何度も繰り返されるフレーズ、「Happy Birthday Sweet Sixteen」は、会場のみなさんも次第に一緒に歌ってくれた。
『すてきな十六歳』
歌になるくらい、十六歳って年齢には小さい頃からみんなで憧れていた。
十六になったら、向こうでは車の免許も取れるし、ある程度の大人として扱われるから。
でも、今のわたしはまだまだ子供で、悩んで迷う事が多い。
それでも、これからの一年が素敵である様に過ごせればいいな、と思う。
家に帰ると、パパとママからのプレゼントとしてWEBカメラが届いてた。
早速取り付けて、LAの家に繋いでみる。
ママと弟の玄がカメラの前ではしゃいでいたのは相変わらず。
そして、何故か、カメラの前でママが作ったケーキを見せられ、ママと玄が食べていた。
それってお祝いのつもりなのかな?
『朱里、朱里、その部屋に置いてあるバラの花束は誰から?』
目聡く見つけたママが聞いて来る。
「ああ、これ?蒼、蒼司に貰ったんだよ。十六歳だから十六本あるんだって。やる事が気障だよねぇ」
そうなのだ、蒼司は学校から美容室まで送ってくれた時に、渡してくれたのだった。
ある意味、一番最初に貰ったプレゼントになるのかな?
ドレスと同じ、オレンジ色のバラの花束。
流石に王子様はプレゼントまで決まってる。
『ふうん・・・モテモテね、朱里』
ママはそう言って笑っている。
モテる?
もて囃されてる、って意味では、確かにそうだと思う。
「蒼司は帰国子女の従妹に親切にしてくれてるだけだと思うよ」
何しろ、色々と習慣は違うし、勉強は大変だもんね。
『そう?ま、いいけど。お誕生日おめでとう、朱里。Happy Birthday Sweet Sixteen』
ママにも歌と同じ事を言われて笑った。
こうして、わたしの十六歳の誕生日は、華々しく終わった。
補足:ニール・セダカの「Happy Birthday Sweet Sixteen」は邦題「すてきな十六歳」で1961年発表の曲。(古)