1話 恋、終わりました
花火が真っ暗な空に散って、高一の文化祭が終わった。
その光を展示教室 ――書道部の小さなブースから眺めていると、頬に冷たい缶ジュースが当たった。
「おつかれ」
「うん。橘もね」
森原は大きな目をクシャッと細めて、小さな展示教室の端っこに座り込む。見上げれば、墨の汚れがたくさん天井について、天の川みたいになっている。周りを見れば、ぼんやりと灯りをともした灯籠と、そこに書かれた文字が浮かび上がっている。
その一つを手にとって、俺は彼女の隣りに座った。
「来年どうする?」
「どうしよっか?いよいよ私たちだけだもんね」
高3の先輩がこの文化祭で引退して、部員は俺達二人になる。高二はもともといないから、協力しながらこれから部活を運営する......。
これは、もうそういうことじゃね?
灯籠を握る力を強めると、意を決して森原を見上げる。彼女は、どうやってついたのかもわからない星空を見て笑っていた。
その笑顔が、俺の心拍数を一気に上昇させる。
……これはいけるやろ。
ザラリとした感触の墨字が、かすかに揺らめいた気がした。
「あの......も、森原!」
「ああ、何?」
驚いたように目を見開きながら、ブラウスにかかった髪を後ろでまとめて俺を見つめる。その確定演出に感動しながら咳払いすると、恥ずかしくなる前に一気に言ってしまった。
「一緒の部活でこれからも頑張りたいんだけど、俺、森原と同じ部活とかじゃなくて......付き合って、彼氏としてみてほしい」
……よし!
決まったーー!
このセリフを考えるのに一週間。
その後恋愛ドラマで空気づくりを学ぶのに一ヶ月......。ゆうに文化祭準備を越えてくる入念な準備が功を成したようで、彼女は口を開けっ放しにして、手に持っていた缶ジュースを落としてしまっていた。
そんなに驚いちゃって、いつも気が強いと思ってたけど、意外と可愛いとこあるやん。なんて思いながら、森原がどんなふうに受け入れるかを想像してみる。
やっぱり王道路線で、
『橘くん......私も、好き♡(横髪を耳にかけながら小首をかしげる)』
もいいけど、
『べっ......別に!あんたが付き合いたいって言うから、特別よっ(顔を赤くして指を指す)』
なんていうツンデレっ子も捨てきれない。
さあ、どんなふうに受け入れてくれるん?
でも、その答えは予想だにしないものだった。
彼女は耳まで真っ赤にしながら、気まずそうに目をそらした。
「あー......えっとねぇ......気持ちは、嬉しいよ!だけど......ごめん、橘は恋愛対象じゃない」
……。
…………。
………………。
…………………はい?
えっ、今の俺の聞き間違いやんな?いま確かに――。
「付き合えない。橘とは」
うん。聞き間違いじゃないっぽいわ。
なんか森原のほうがマジかーって顔してるけど、俺のほうがそう思ってるねんで。
だって、先輩含めて三人だけの部活やん。同期俺らだけやん。それに、俺顔良いやん......それなのに、身長?
「身長は......これから伸びるかもやし......」
「ちょっと、身長低い彼氏はないかなって思ってるから」
その言葉に深く胸をえぐられる。
そりゃ俺かて自分が背高い方だとは思ったことないけど......けどぉ......。
だんだんと指先が冷えていって、そのクセ目は熱くなっていく。
「えっと......じゃあ明日片付けするから、先帰るね。ばいばい!」
「あ、うん」
森原の背中が扉を抜けて見えなくなると、さっきまでのうるさい鼓動もどこかへ逃げたみたいに静かになる。
外では、まだ文化祭の余韻に浸る声が聞こえてきて、一人だけ別世界に閉じ込められてしまったんじゃないかって思う。
はぁ......。
好きやのに......好かれてないってキツイんや。思ってた以上に。
天井を見上げると、相変わらず無数の星座が輝いていた。でもそれは全部、手を伸ばせば簡単に届いて、捨ててしまえるような作り物。
片付けよう。明日。
そう心に言い聞かせて立ち上がると、ずっと握っていた灯籠を見て思わず笑ってしまった。
『薄倖之恋』
本当に、言葉通りになっちゃってたんや。
なら、恋愛成就とか書いたら上手くいってたんかな?
いや、そんなわけ無いか。書いた通りに全部なるんやったら、何も苦労せんもんな。
灯籠を元あったところにそっと置くと、俺も荷物をまとめて廊下に出た。その瞬間、一気に喧騒が戻ってくる。
校舎を出る頃には、さっきまで夜を飾っていた彩りは失せて、どこまでも黒色が続いているだけだった。
文字通り、恋、終わりました。
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