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第八話 春の光の中で、未完成の社会を思う

春の光が長くなり、図書館の窓辺に差し込む日差しも少し暖かくなった。

雪解けの水が小さな路地を濡らし、街路樹の芽は日に日に膨らんでいく。

私は心を沈めて座り、ここまでの一年を振り返った。


この一年、私は社会について考えてきた。


春には、人々の働きや役割を通して社会の成り立ちを学び、夏には江戸時代の安定した役割に思いを馳せ、秋には家族という小さな社会に目を向け、冬にはデュルケームを通して社会のつながりの大切さを知った。


そして、世界という社会の可能性を考えた春——今、私はすべての思索を一つの問いに重ねる。


「社会は、完成するのだろうか」


書架の隅に置かれた本の中で、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』が目に留まる。


彼は、社会は一度に完成するものではなく、少しずつ改良していくものだと考えたという。


人は間違える。価値観は時代によって変わる。


だから社会もまた、試行錯誤を繰り返しながら、形を作っていくしかない。


窓の外、街の人々が行き交う。子どもたちの声が通りに響き、働く人々が足早に歩き、商店のドアが開く。目に見えるものすべては、長い歴史の中で少しずつ形づくられ、私たちが手を加え続けてきた結果だ。


家族、地域、国家——そして世界。すべては未完成で、変化の途中にある。


私はノートを開き、ペンを走らせる。


「社会は完成された建物ではない。私たちが生きる限り、少しずつ作り続けるものだ。そしてその中で、私たちは今日も暮らし、考え、学び、選択し続けている。」


窓の外で芽吹く新しい命たちを眺めながら、


私は春の光の中で考えた。未完成であること——それが社会の本質なのかもしれない。完成を求めるのではなく、作り続けることこそが、私たちにできることなのだ、と。




【エッセイ】

未完成の社会に生きる

      ― 自由と秩序のあいだで ―


第七回  未完成の社会


ここまで私たちは、社会というものをいろいろな角度から考えてきた。

人はなぜ働くのか。

自由とは何か。

家族という小さな社会。

国家という大きな社会。

社会は壊れることもあるということ。

そして、人類はいつか一つの社会になれるのかという問題。

こうして振り返ってみると、社会というものはとても大きく、そして複雑な存在であることが分かる。

しかし、ここで一つの疑問が残る。

社会は、いつか完全な形になるのだろうか。

すべての人が満足し、争いもなく、問題も起きない社会。

そのような理想の社会は、本当に作ることができるのだろうか。

この問題について深く考えた思想家の一人が、二十世紀の哲学者

カール・ポパーである。

ポパーは、人間が作る社会は決して完全にはならないと考えた。

なぜなら、人間そのものが不完全な存在だからである。

人は間違える。

考えを変える。

価値観も時代によって変わっていく。

そのような存在が作る社会が、最初から完全な形になるはずがない。

ポパーは、理想の社会を一度に作ろうとする考え方に注意を向けた。

歴史の中では、完璧な社会を作ろうとした結果、大きな悲劇が起きたこともある。

一つの理想を絶対のものとしてしまうと、違う考えを持つ人を排除することにもつながってしまうからである。

そこでポパーは、社会を一度に完成させようとするのではなく、少しずつ改良していくべきだと考えた。

社会の問題を見つけ、修正し、また次の問題を直していく。

そのような試行錯誤を続けることこそが、人間の社会にふさわしい方法だと考えたのである。

この考え方は、現在の民主主義の考え方にもつながっている。

民主主義とは、完璧な制度ではない。

意見の対立も起きる。

政治の判断が間違うこともある。

しかし、選挙や議論によって社会を少しずつ修正していくことができる。

そう考えると、民主主義とは完成された社会の仕組みではなく、むしろ社会を改良し続けるための仕組みなのかもしれない。

社会は完成するものではない。

人間が生きている限り、社会は変わり続ける。

だから、社会はいつも途中にある。

家族も、国家も、そして世界も、すべてはまだ作りかけの状態なのかもしれない。

社会とは完成された建物ではなく、人間が少しずつ作り続けているものなのである。

もしそうだとすれば、私たちが生きているこの時代もまた、その長い過程の一部である。

人類の社会は、まだ終わっていない。

それは今もなお、ゆっくりと形を変えながら続いている。

そしておそらく、これから先もずっと続いていくのだろう。

未完成のままで。




注釈

カール・ポパー

1902年生まれ、1994年没。

オーストリア出身の哲学者。後にイギリスで活動。

社会は一度に完成するものではなく、問題を少しずつ修正しながら発展していくべきだと考えた。

主な著作

・開かれた社会とその敵(1945年)

民主主義社会の価値と、自由な社会を守るための思想を論じた政治哲学の古典。


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