それをわるもの 1
「アァ〜ア!面倒事増やしやがってェ、オイ!」
ゴソッ……ゴソッ……ゴリィ……
「仕方ない。運が無かった」
ガサッ、ガリッ、ドサッ……
「ダリィ〜ダリィ〜ダリィ〜ン」
グチッ、ブチッ、グリィ……
「変な歌止めて。殺したくなる」
ドプッ……ドビュッ……ブチャ……
「ハァ!?マジで殺すぞォ、オイ!」
グリッ、グリッ、グリン……
「不毛。もう殺してる」
ザザッ……ザザッ……ザザッ……
「ケッ!それは言えてるなァ〜」
パキッ、パキッ、ガリガリッ……
「対話は不要。邪魔するなら……」
――"神錆"同様、殺してやる。
〜〜〜
「おーい、アキ!準備出来たかー?」
「はーい!もうOKです!」
俺たちは一度事務所に戻り、1時間程の小休憩を挟み改めて荷造りをする。
お互いにいつも通りの振る舞いを心掛けているが、どこまで再現出来ているだろうか……分からない。アキは大丈夫か?もっと心配した方が良いのか?俺はどうだ……?いつも通り動けているか、普段と変わらず話せているか、思考は濁っていないか、自身を映す透明な壁に問いを投げ掛ける。壁に当たった問いは足元までコロコロと戻ってくる――俺はそれを続ける。
今回のようなケースが今まで起こらなかったかと言えば、結果だけ見るとそうでもない。あくまで"結果"だけを考えるとだ。
「ソラさん、どうしました?」
「……あぁ、思考のクリーニングさ」
立ったまま意識の深海へダイブしていたようだ。アキが意識の扉を叩いて引き上げてくれた始末。
「行きましょう!」
「なぁ、アキ……」
「なんですか?」
「大丈夫か?」
問い掛ける。言葉にすることに意味がある気がした。
「心配してくれてありがとうございます!オレは大丈夫よ!そう言うソラさんは大丈夫ですかー?」
アキは心配させまいと笑顔で振る舞う。
「俺も大丈夫だ。何かあれば気軽に言ってくれ」
「ありがとうございます!」
「あぁ、お互い助け合おう」
「はい!」
――俺たちは、足並みを揃える。
「物忌が、殺されました」
この事実が俺たちの生活を一変させた――物忌は、"対境界"が可能な協会に属するムスビビトを指す。
ムスビという特殊な力を得ていることは事実であり、それを用いることで治療も殺傷も出来たりする。とは言え、軽度の外傷程度しか治せないし、医師免許を有している訳ではないので、大々的な治療行為はそもそも認められていない。殺傷能力もありはするが、当然だが刑罰の対象であり特権なんてものは存在しない。
何が言いたいのか……ムスビビトであれ、物忌であれ、その力を発揮させて良いのは、"境界"との対峙のみに限られていること。普段はおいそれと発揮させて良い力ではなく、限定的で局所的な運用が求められている。それは全てのムスビビトに対する制約であり例外はない――そのはずだった。
「協会の話では、とある物忌の生命反応が消失したのが本日未明……連絡をしても一切応答が無いことから死亡と断定したようです」
物忌は協会と、"とある契約"を交わしている――それは、『境界の対応に関して個人の裁量でムスビの行使を認め、それに関連する雑事や事後処理を協会側で受け持つ。その代わり、協会から下された任務は断れず、また"生命活動"も把握されること』だ。
物忌と玉仕の心臓には、特殊な法術が埋め込まれており、それにより、俺たちの現在地と生死を協会側で確認することが出来る。距離や場所に制限は無く、権限者であれば、いつでも情報を入手することが可能になっている。
「また、死亡したとみられる物忌のムスビを辿ると、"第三者によるムスビの痕跡"が発見されています」
機械類で管理しているのではなく、ムスビビトらしくムスビで協会と物忌は繋がっている。心臓に埋め込まれている法術もそうだ、その繋がりを辿ったのだろう。ムスビの行使には痕跡が残ることが多い。
――"第三者"と言うことは、死亡の原因は境界ではないことの裏付け。
「現情報のみで、ムスビビトによる犯行なのは濃厚ですが……やはり確証が欲しい。消息の途絶えた場所へ向かい生死の確認、死亡の場合は死体の回収。あわよくば"物忌殺し"を割り出し、見つけ次第拘束したい。それが協会の方針です」
組織の考えは当然と言える。遠隔で断定した情報のみで終わらせることは有り得ない。現場検証を行うことが必要だ、事故死ではない可能性が極めて高いのだから。
「ツミキさんからご指名です。ソラさん、アキさん……お二人には現場へ向かってもらい、本件の"収拾"の任に就いて欲しいと。お願い出来ますか……?」
ツミキからの指令――アイツの言葉は協会の総意でもある。選定理由は不明だが、俺とアキを任命したのは何かしらの適正を見込んでなのか、それとも別の理由か……どちらにせよ、答えは決まっている。
「もしもし、ソラ君」
「忙しいから後にしろ」
現場へ向かうべくアキの運転で車を走らせている――今回は担当地域ではなく、別の物忌が管轄する地域への移動だ。県を跨ぐことになるので、最寄りの新幹線停車駅まで向かっている道中。
ダテさんとの会話を思い出しながら思考を巡らせていると、聞きたくない声の主から着信があった。
「どうせアキ君に運転させて、助手席でふんぞり返っているだけでしょ?」
「……分かった。切るからな」
「おいおい、待ってくれよ」
見えていないツミキの表情まで浮かんでくるようだ……
「今回はごめんね、管轄外のことに巻き込んじゃって」
「思ってもいないことを言うのは感心しないな」
コイツはそういう奴だ。息をするように嘘を吐き、本心とは裏腹な言葉を平然と言ってのける。
「私を何だと思っているんだい?」
「悪魔」
「酷い言われ様だね、まったく……」
事実を告げただけだ。
「悪魔であれ天使であれ、多少の申し訳なさを感じているのは本当だよ?」
「多少な」
「うん、多少。この業界に身を置いているんだ、多少の切った張ったは演じてもらわないとね」
他人事のようにツラツラと。
「俺たちの力は、境界の相手をする為だろ?」
「そうだね、その通りだ!ただ、今回はそうもいかない……なんせ協会所属の物忌が殺されたんだから」
ツミキの声が少しだけ暗くなるのを感じる。
「殺された……その情報がどれだけ濃厚であれ、まだ確定するには早いと思うが」
「残念ながら、確定したよ」
事故ではなく事件――死亡理由は、第三者による殺害であるとツミキはハッキリと断言していた。
「もしかしたらソラ君は、誰が犯人か分かっているんじゃないのかい?」
「俺はエスパーではない、そんな芸当は出来ないさ」
「消息が絶えてしまった場所を考えると、容易に想像付くよね?」
あの場所であれば、確かに心当たりはある……ただ、それだけで決め付けるのも間違っている。
「うん、まだ容疑の段階――でもね、"ヤツら"のムスビに限りなく近いんだよね、痕跡が!」
「……」
ヤツらであれば、こうなる可能性は高い。だが……
「あの場所は、"彼"と行った以来かな?積もる話もあるだらうから、宜しく伝えておいてよ」
「お前は……」
コイツは人の心を平然と踏み荒らす。やはり悪魔で間違っていない。
「どちらにせよ、今回の調査は難しいと思う。出来る範囲で良いから頑張ってみて!」
「委細承知だよ、全く……」
クックックッと通話越しから笑い声が届く……コイツは本当に終わっている。
「分かっていると思うけど、現場検証はもちろん必須……後は、分かるよね?」
「あぁ……分かっている。死体の回収が本当の目的ではないんだろう?」
コイツの命令は言葉の通りに受け取ってはいけない。必ず裏がある。
「よろしい!ソラ君が優秀で誇らしいよ!」
「うるさい」
「私とソラ君だけの秘密だよ!」
「はぁ……」
「禍津の杜へ行ってくれ。きっと、"ヤツら"が出迎えてくれるよ」
禍津の杜――協会とは異なる理念と主義を持った組織の拠点。
本日から2章の始まり。次話は4/15 6:00投稿予定です。




