それとすむもの 10
連続顕現の翌日、俺とアキは同居している事務所で過ごしている。
アキには大した外傷や精神汚染が見つからなかったことが幸いして、あのまま一緒に事務所へ戻ってきたという運び。
「体調はどうだ、アキ?」
「いっぱい寝てだいぶ回復しました!」
俺たちは対面の席にそれぞれ座り、落ち着いた表情を見せるアキに心が軽くなる。
「それは良かったよ」
「昨日は色々と助かりました、ありがとうございます!」
「お礼を言われるようなことはしていないさ。それで、昨日は何があったんだ?」
「そうですね……オレもソラさんに色々と聞きたいことがあって……」
昨日の出来事の振り返りと、それぞれの情報補完が始まる。
「俺が協会本部にいる間に、境界が連続顕現したんだよな?」
「そうですね……小学校で御霊還し後、すぐに次の現場に向かって欲しいとダテさん経由で指令がありました」
「そうか。それで、例の十字路まで向かったと」
「はい。そこでも御霊還し自体は問題無く完了させたんですが……」
アキの言葉がだんだんと弱まる。伏し目がちな表情を見せ、思うところがあると暗示させるように両手の指を絡ませている。
「連続顕現はまだ終わらなかった」
「その通りです。追加で顕現情報が入り、困惑したままダテさんと移動しようとしたタイミングでしたね……」
絡めた指をギュッと握り締める。
「アキたちの前にも、"調和"が現れたか……」
「はい……え、その言い方をするってことは……?」
ハッとした表情で顔を上げてこちらを見つめる。
「あぁ、察しの通りさ。俺の電話に出なかったのは、調和が目の前にいたんじゃないか?」
「正解です……!」
やはりか……調和の構成員――彼の狂気じみた信仰は、俺たちを塞ぐ壁となっていた訳か。
「俺の目の前にも調和が現れた。名乗ってはいたか?」
「えっと、確か……ミナと」
「こちらも同名で名乗っていた」
「えぇっ!?どういうことです……?」
アキは驚きを隠せないでいる。普通はそうだろう、似た時間帯に同名の人間が複数確認されているのだから。
「どんな風貌をしていた?」
「古代の祈祷師とか、山の奥地に住む仙人みたいな、動物の皮で作られたような外套を纏った感じで……」
外見も殆ど同じか……
「あっ、尋常じゃない肌の白さと深く刻まれた隈が印象的でした……!」
「そうか、完全に一致だな」
同一人物の同時展開……これも結璽術によるものだろうが、そんな術は俺も知らない。
「ミナはどんな話をしたんだ?」
「主のことばかりですね……調和では、選霊でしたっけ、"それ"の呼び名」
「そのようだな、協会では境界、禍津では神錆、調和では選霊と呼称されている」
「でしたね……選霊を主と呼び、その意向に従う的な……」
調和は、選霊との"調和"を理念にしている。それはつまり、選霊が今以上に跋扈する世界を望んでいる訳だ。
「ソラさんもミナと会ったんですよね?」
「あぁ、そうだな」
調和のミナ――選霊に全てを捧げた狂信者。
「本部を出たらすぐだったかな、連続顕現の連絡がササキさんから入ったんだ。アキたちの話を聞いて、直行しようと思ったんだが……境界が新たに顕現した」
「他の場所でも……」
「物忌として、まず境界対応を行った。完了後、アキたちが向かおうとしていた顕現地へ、俺も行こうとした時だな……ミナが突然出現したのは」
「出現タイミングはどちらも似た感じですね……」
残りの境界対応するタイミングで、たまたま登場したのか、それとも……その残された境界に"何か理由"があったのか、これも今となっては謎でしかない。
「後は、それぞれミナと対峙したって感じか」
「そうなりますね……」
アキは苦い表情を浮かべる。本人にしか本当のところは分からないが、やはり精神的なダメージは苦い思い出として残っているらしい。詰まるところ、俺にも責任がある。
「禍津の時もそうだったが、他組織の情報共有が足りていなかった……申し訳ない」
「いえ、そんなことは……オレもミナの煽りに動揺してしまって、ソラさんから聞いていた情報が全然思い出せませんでした……」
「俺にも足りていない部分は多い。だから、これからもお互いを補っていこう」
「はい!」
顔を見合わせて笑い合う。
「そっちのミナについてだが、ダテさんは彼にやられたのか?」
「そうです。彼の術で車が爆破され、近くにいたダテさんが巻き込まれました……」
「第三者の介入の可能性は?」
「分かりません……ただ、爆破時にミナのムスビを感知したので、おそらく彼の犯行で間違い無いと思います」
アキにも防げなかった犯行……事前にムスビを練って予備動作を極力減らしたのか、俺たちが運用する略式同様の方法だったのか。
「大変だったな、アキ」
「いえ、何も出来なかったので……」
「そんなことは無いさ」
立ち上がってアキの肩をポンと軽く叩く。
「ソラさん」
「なんだ?」
アキの背後にある窓まで移動し、そこから手を添えて外を眺めていると、背中に真剣な声が届く。
「オレは……オレは、やっぱり境界を許せません」
「……」
アキの気持ちを黙って受け止める。
「オレが物忌になった理由を覚えていますか?」
「あぁ、もちろん」
アキが物忌と成り、境界対応する理由。
「目を離した一瞬で、境界に全てを壊されました。母も、姉も……家族まとめて弾けて消えていきました」
「……」
「本当はあの時、二人の後を追おうとしたんです。けれど、そう出来なかった……」
「どうして?」
「二人が消えた喪失感と絶望より、境界に対する怒りと復讐心が上回ったんです……ここで死んだら境界の思う壺だ、だったら生き残って復讐してやるって感じです」
「そうか……」
家族を奪われた悲しみ……俺には到底理解出来ない程、アキの心に根付いているもの。
「ミナの術中では、今まで散々思い出す"あの日"の疑似体験でした。ははっ、何度思い出しても全く慣れないですね……その時に過去の自分と出会ったんです」
「過去の自分?」
「はい、そこで言われました。『お前の気持ちはその程度か、なんで二人の後を追わないんだ』ってね」
「……」
調和の術は、唄を満たして言葉巧みに誘導する――幻惑に掛けて、アキのトラウマを刺激して行動不能にさせたのか……なかなかエグいことをする。
「疑似体験では、オレはあのまま二人の後を追おうと動き出していました。あの時出来なかった選択に従った感じですかね」
「それで、どうなったんだ?」
幻惑で行動不能にさせるだけではなく、トラウマにより負荷を掛けて結果を悪化させることにより、相手の精神を狂わし、壊し、最悪の場合は死に至らしめる……アキが無事で本当に良かった。
「遠くの方から声がしたんです。最初は気にしていなかったんですけど、だんだんと大きくなっていって、最後はその声のお陰で意識を戻すことが出来ました……」
「そうか……」
ミナの術を解いた時、アキ側の術も効力を失ったのだろう。残りの境界は別の物忌に頼んで、アキたちのところへ直行したのは正解だった……ギリギリなタイミングだった訳か。
「ソラさん、本当にありがとうございます」
「それを言うなら俺の方さ。アキがいるお陰で、俺はまだ俺でいられるんだから」
アキの方へ振り向き改めてお礼を伝える。目の前の相棒は小さく微笑んだ。
「ミナ……いえ、調和の理念も主義も何もかも、オレには全く理解出来ないですし、理解したくもありません」
「アキは、そうだろうな」
過去を思えば、当然と言える。
「ですが……禍津は違います。全てではもちろん無いですが、彼らの経緯や理念は理解出来る。寧ろ、共感しか覚えません」
「そうだな」
過去を思えば、当然と言える。
「正体不明である"それ"の理解を深めることは大切なことだと思います。けれど……その理解の為に、人間や社会が犠牲になることは、どうしても納得出来ません」
「……」
未だ謎だらけのシャボン玉。それぞれの組織がそれぞれの名で呼び、暫定的な定義で固定している。その解釈もバラバラ……だからこそ、自分の感情や思考がどの組織に近いのかと見定める必要がある。
「協会は神秘を重んじた事なかれ主義、禍津は暴力も辞さない過激主義、調和は隷属に甘んじた共生主義……そのどれも肯定する人もいれば、否定する人もいるでしょう」
「そうだな」
「感情だけで言えば、オレは禍津思想に寄っているんでしょうね……」
「……」
決して否定は出来ない。どの組織も、"それ"の扱い方と人類がどう付き合うべきかという考えで対立や分散しただけ、根本的な部分で言えば、どの組織も正しくもあり間違ってもいる。蓋を開ければ、同じ人間がいるだけ――環境や視点が違うだけで、変わる心も想いもあるのが人間だ。
「アキ……」
「はい」
俺は問う――先輩として、友として、相棒として。
「禍津に行くのか?」
「実は少しだけ考えたことあります……でも、行きませんよ!」
相棒はいつもの笑顔を見せる。
「良いのか?」
「はい!」
意思のこもった短い返事。
「因みに、そう決めた理由を教えてくれないか?」
「禍津は"割るもの"です……それだけでは、境界の真相が掴めない。オレは境界を許せない気持ちと同時に、あれの正体を知りたいんです」
両価性に近い気持ちの吐露――拒絶するのは簡単だが、それ以上踏み込むことも無くなり、知るという行動の選択肢も失われる。
「風見鶏な協会ですが……御霊還しであれば、境界に退去してもらうだけですからね。オレたちがいれば被害を減らしながら真相を追えると思ったんです!」
「そうか、答えてくれてありがとう」
アキは嫌悪しながらも、"それ"に踏み込むことを決めたようだ。その回答が何よりも嬉しい……そう思っていると、相棒はすっと立ち上がり俺の前まで移動する。
「それに……」
「それに?」
「ソラさんを"起こす"のは、オレ以外いないでしょ?」
「もちろんさ、これからも頼むよ」
――俺たちは、いつものように足並みを揃える。
ストーリー見直しの為、次話投稿は暫しお待ち下さい。




