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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
ままごとライフ
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ままごとライフ3

 自転車は走っていく。砂浜を越えて、廃墟を越えて、元来た道を走り続ける。


 やがて現れるいつもの分岐。いつもとは反対側から見るのは、なんだか新鮮な気がする。

 その新鮮な、頭の中と左右反転した分岐を曲がって丘の町へ。

 スロープを登り切れば、そこにあるのは最早見知った丘の町の入口だ。

 いつもと変わらないシャッター通り。いつもと変わらない人通りのない道。

 その見慣れた光景の中を、俺は一人自転車にまたがって流す。

 かなり緩やかとはいえスロープを登ったことによる負荷から解き放たれた足は、それまでよりも軽く、心地よく脱力しながらペダルを回す。

 いつも通りの道をいつも通りに通って、いつも通りに「ヒルトップ」に到着する。


「いらっしゃいませ」

 いつもの店員さんにいつも通りに出迎えられて、これまた今日もいつもの席へ。

「お決まりでしたらお呼びください」

 いつものようにお冷とメニューを渡され、いつものようにそれを開く。どうせいつものようにブレンドコーヒーに落ち着くのだろうが、それでも一応受け取ったそれを一通り吟味するところまでいつも通り。

 それから数分後、結局いつもの通りのブレンドコーヒーが運ばれてきて、ふわりと立ち昇る湯気を顔に浴びる。

「……ふぅ」

 お冷を飲み干し、それから口の中の温度を戻すようにコーヒーカップを口に運び、それから改めて店内を一瞥。

 いつもの席でいつものように伊庭さんがいつもの作業。その更に奥、窓の向こうの景色も何一つ変わらない。

 何も変わらない、何一つ変わらない、決まりきった世界。


「……」

 もう一度口にコーヒーを運ぶ。

 今日も変わらぬ、素晴らしい味わい。

 今日までずっとこのままで、明日も多分このままで、恐らく一年経ってもこのままだ。

 何一つ変わることはない。何一つ改善することはない。

 成長も進化も俺には不要だ。そんなものが必要な世界で最下位に食らいついて生きなければならないよりも、百年経っても変わらない世界で、永遠に同じ時間を繰り返した方が余程いい。

 望まぬ変化なら、望ましい停滞の方がいい。


 人物評において、生れてくる時代が早すぎたとか遅すぎたというのはたまに耳にするが、きっと俺に向いているのは、この後夜祭の時代なのだろう。

 AIとバイオドールによって維持され、安全に管理された、何の変化もないままごとの社会。

 その先にあるのは、ただ先細っての静かな滅亡なのだろう。

 その時は確実に訪れる――もしかすれば、俺がこの世界の、少なくともこのコロニーの最後の人間になるかもしれない。


 だがそれでいい。

 他人にも社会にもいい思い出のない人間には最高の時代だ。

 その滅亡の瞬間まで、同じ時間を繰り返し続けることが出来るのなら、それに越したことはないじゃないか。


「……」

 もう一度カップを口へ。

 口の中でコーヒーを転がして、それからゆっくりと飲み込む。

 ほうっと、吐き出す息の温かさが己の中に隅々まで熱を巡らせていくような気がした。


「ご馳走様」

 店を後にして、再度自転車にまたがると、もう一度ペダルを踏み込む。

 いつものルーチン通り、丘の町を西の道から出て丘の尾根伝いに走り、斜面を駆け下りて自分の家へ。

 帰ったら、少し遅い昼食だ。

「あっ、お帰りなさい」

 ちょうど干していた洗濯物を取り込むところだったカンナさんが、坂を降りてきた俺を見つけた。

「戻りました」

 それがお帰りなさいに対する応答として適切なのかは日本にいた頃から疑問なのだが、まあ今まで指摘されたことも無いし大丈夫だろう。

 現にカンナさんも気にするそぶりもなく、こうして顔を合わせる時はいつもそうであるように気持ちよく出迎えてくれる。

 ――そうだ。カンナさんはいつも気持ちよく出迎えてくれた。

「どうかされました?」

「あ、いえ。なんでも」

 当の本人はその事実を再認識した俺の、恐らくはにやけていただろう顔に気づいて小首をかしげている。

 慌てて取り繕い、挨拶もそこそこにそのまま家に戻ると、もう一度改めてその有難さを噛みしめながら、分かりやすく表に出てしまっているだろう顔を元に戻すように、冷たい水で洗い流した。


 何をするでもなく出かけて、何をするでもなく帰る――それも、まだまだ昼と呼べる時間に。

 そしてその後は何をするでもなくだらだらと過ごし、映画を見たり本を読んだり、或いは昼寝をしたりして過ごす。

 そしてそんな俺に、嫌な顔一つせず、軽蔑する様子も見せず、何やら有難いアドバイスやお説教を垂れるでもなく、いつも笑顔で機嫌よく接してくれる。

 小さな子供が思い描いた社会。何一つ悪いことも辛いこともない、幸せなおままごと。

 好きにならないはずがない――この暮らしも、カンナさんの事も。


 それから数日後、ゆっくりと朝寝して、それから「ヒルトップ」へ行こうかと家を出ると、ちょうど新川さんの家からカンナさんが出てくるところだった。

「「おはようございます」」

 向こうも同時にこちらに気づき、お互いの声がかぶって、それから少し笑い合う。


「新川さんの家……ですよね?」

「ええ。遺品の運び出しが終わりましたので掃除しようかと」

 そういえば昨日、作業着姿のバイオドールたちが集まって新川さんの家から家財一式を運び出していたが、あれが遺品整理だったのだろう。

「何かお手伝いできることは?」

 別にその記憶が蘇ったからという訳ではなく、単に気まぐれとして――いや、カンナさん一人で掃除するのを放っておくのは悪い気がして提案する。

「えっ、でも……うーん、じゃあお願いできますか?」

 予定変更だ。

 俺たちは二人で、誰もおらず、人の暮らしていた痕跡すらなくなった新川さんの家を掃除することになった。


 やることは極めて単純な、家の掃除。

 それを二人で分担して行う。

 別に掃除が好きな訳でも、得意な訳でもない。

 けどこういう、別に仕事でもないけれど善意で協力できるそこまで難しくなく、感謝されこそすれ注文や文句はつかない活動は、嫌にならないどころか心地よいものだ。


「ありがとうございました。助かりました」

 そう言って喜んでくれるカンナさんの姿に、このお仕事ごっこは、おままごとライフの中では重要なイベントだったのだろうと、心地よい疲労感の中で噛みしめていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

明日で完結の予定となります。

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