刻まれた烙印は魔の証
「君は王位継承者なんじゃなかったのか。そう言っていたように思うけど」
だから、妃に迎え入れることはできない……か。
問いながらもう一方で、ずっと違和感を感じてきた言葉を思い出す。
「だからこそ、シルヴィアーナ様も腹黒極悪《第四》王子にってことか」
「ちょっ……この前も思ったけど、腹黒極悪って……そ、それ、ヘイデンことだよね」
雰囲気をぶち壊して笑いたいのを必死でこらえている様子だ。
「……ああ。顔のいい男の名前はなかなか覚えられない」
「ははっ、君らしいね、マリア」
この男は、聞き分けがいいんじゃない。
諦めているからこそ、すべてが手放せるのだ。そして、いつでも身を引く準備はできている。
「……そんな君は、バカな男だよ」
「うん。わかってる」
言うなり彼の首元にゆっくり手を伸ばす。
見た目よりもしっかりした感触に視線を上げるとルイと目が合った。
「わかったよ」
初夏だというのにひんやりとした風がまとわりつき、あたしたちの髪を揺らす。
「君が望むのなら、あたしがひとおもいに君を葬ってやろう」
触れる右手にぐっと力を入れると、彼は驚いた表情を見せた。
「ただし、君が本当に死にたいと願ったときだけだ」
「え……」
「あたしは、君が願うのならその願いを叶えてやる。本当に、この世にもう未練がないと君が悟ったのなら、あたしは君に従うよ」
この、すべて自身のことは後回しにしてしまうおバカな男の願いは、聞き入れたいとずっと願っていた。
誰も気づいてあげられないのなら、あたしがなんとかしてやろう。そう思っていた。
「マリア……」
「なんだい?」
「ちょっと気味が悪いんだけど、見てもらってもいいかな」
「……気味が悪いものはあまり見たくないんだが」
「怖くなったら目を閉じてもいいから」
聞いておいて選択肢は与えないつもりらしい。
あたしの答えを待つ前に彼は胸元のボタンを開けはじめ、シャツを一枚、また一枚と脱ぎはじめる。
迷いのないその動きに、喜ぶ乙女も山ほどいるのだろうなと想像すると身震いした。
まったくもって顔のいい男の裸体など興味はなかったが、見た目からは想像できないほどしっかり引き締まった胸板が見えて着やせするタイプなのかと思ったすぐあと、その右肩に見える毒々しい烙印に目がいった。
きめ細かな綺麗な肌には似つかわしくない痛々しさも感じられる。
「これは……」
王子につけるべきものではない。これは、むしろ……
「魔族の紋章だよ」
「……ああ、そうか。初めて見た」
「はは、そりゃそうだろう。俺も先日初めて見たんだ。……知ってはいたけどね」
声のトーンを落とし、彼はそれに触れる。
「幼いころから夢でたまに見ることがあったんだ。見たこともない土地に俺はいて、いろんなものをじっと見ている。ある時は、いろんな角度から街を見ていて、それでいて少しずつ蝕んでいくんだ。夢の中で見るそれらの光景は、いつしかそれが異様なもので、人ならざるものの視点なのだと言うことに気がついた。それで、薄々魔王の気配を感じ始めた」
決定的だったのは、先日、アンネが襲われた夜のことだったのだと言う。
「魔物が与えた傷だったのだろうな。触れたとたんに断片的にもさまざまなものが見え、自分が魔王だと確信を持つには十分だった。それに、傷もすぐに消えたし、そのあとじわじわと浮かんできたのはこの紋章だったんだ。かつて、魔王が封印された時の様子を表した書籍の挿絵とまったく同じこの模様がね。おかげで自身のことを本気で考えるには良い機会になったし、この決断ができたというわけだ」
「だからすぐにあたしをとらえたのか」
間髪を容れず、この生活を強要された。
「迷っている暇はないと思えたからね。何も説明をしないうちから手荒な真似をしてしまって、君には申し訳なかったと思っている」
改めて申し訳なさそうな表情を浮かべるルイは、その時すべてを悟ったのだろう。
今後選ぶべき未来を。
「……触ってもいいか」
「いいけど、怖くないのかい」
「怖くはない。君の一部だと思えば、なんでもない」
「……君こそ、人たらしだよ、マリア」
触れてどうなるわけでもなかったが、赤黒いそれにはなぜか引き寄せられる気がした。
そっと触れると、どくんという感触が指先に伝わる。
まるで、鼓動のようにどくどくと生きている音が聞こえる。
「あたしにはね、君がまだ生きたいと願っているように感じるんだ」
「それは魔王の影響だよ」
肩に触れるあたしの手に自身のものを重ねながら、ルイが苦笑する。
「俺だってみすみす死を選びたいわけではない。苦しいのも嫌だし、痛いのなんてもっと嫌だ。でも、幼い日よりこの未来を意識して生きてきた。未練はないつもりだし、何より国が守られるなら仕方がないことだと思っている」
「知ったような口を聞くなよ、小僧が」
「えっ……」
「まだ見ぬ未来に何があるかだなんて、誰も決めれやしない」
彼の両頬をつかみ、しっかりその瞳を見つめる。
「あたしにもわからなければ、君にもわからない。あたしは誰かに敷かれたレールの上を歩くなんてまっぴらごめんだ。自分の道は自分で切り開くし、歩きたい方向を目指して確実に歩いていきたい。起こってもない未来を勝手に妄想して、無駄死にだけはするなよ。そんなちっぽけな死なんて、国のためでも何でもないからね」
あたしはルイの心境はわかってあげられない。
でも、寄り添うことはできる。
「道がなくなるまで、近くにいてやる。もう無理だとあたしが判断したら、容赦はしない。でも、未来は……」
言い終えるよりも先に、ルイに引き寄せられた。
「ちょ……ルイ……」
力強く回された腕に、抱きつかれたのだと認識するまで時間はかからなかった。
抵抗しようにも物凄い力でびくともしない。
「ル……」
あまりにも冗談がすぎるようならぶっ飛ばしてやろうかと思った……が、できなかったのは、あたしの肩に顔を埋めた彼が歯を食いしばっているように感じられたからだ。
「ひとりで抱え込むなよ、ルイ」
君はひとりじゃない。
風の音よりも小さな声で言ったつもりだったけど、それよりも小さく、ありがとう……と聞こえた気がした。




