第二王子の切なる願い
「うん?」
だんだん風が強くなってきたため、風の音に紛れて聞き間違えたのかもしれない。
「ごめん、ルイ……よく聞こえなかった」
「ああ、俺が魔王だってこと?」
「……そうだね」
えっと……脳内を一生懸命整理する。
整理しても整理しても、同じ言葉がぐるぐる回る。
「えっとぉ……」
ま、魔王だって?
「あ、あまりにも笑えない冗談だな、ルイ。さすがのあたしも……」
「いや、本当なんだ。誰かに言ったのは初めてなんだけど」
「………」
え……えっとぉ……。
変わり者の王子やら驚かされる王宮のあれやこれやといろんなことが勢いよく起こりすぎて、毎日大混乱していてこれ以上驚くことはないと思っていたのに、まだそれに上乗せをするように新事実だと?
し、しかも……魔王だなんて、まったくもって笑えない。
「ル、ルイ……さすがにリアクションに困ってしまうんだけど……」
「そうだろうね。でもきっとマリアなら分かってくれると信じてる」
「いや、そんな風にあたしという存在を過信されてしまうと困るんだけど……」
まったくもって、今までで一番理解に苦しんでしまう。
何を言っているのか、脳内の機能がすべてストップしてしまったのか、会話すら噛み砕いて考えないと理解が追いつかないレベルになり始めている。
ふたりの王子がひとりの姫(しかも彼女自身はショックが影響して魂が抜けている状態)の婚約者を名乗っていて、第一王子は第一王子で想像を絶するほどの美貌を持ち、人前に姿を現すのが困難なほどで、加えて偽装結婚のすえ、まさかの同性の恋人がいる。
(い、いやいやいやいや……)
唯一まともだと思い、王位継承者に最も近いと思っていた男は、世間を最も脅かしていて復活を恐れられている魔王なのだという。
「………」
冗談じゃない。
まったく思考が追いつかない。
「ルイ……ごめん……ちょっとどうしたらいいかわからなくて」
「うん。俺もごめん。突然だったから驚いたよね」
驚いたなんて話ではない。それに……
「ちょ、ちょっと待て……き、君はさっき、あたしに魔王のとどめを刺せと言ったよね」
「うん。そのとおりだよ。俺が本当の姿に戻る前に、息の根を止めてほしいんだ」
「……なんてこった」
正気なのか、この男は。
あたしに自分の命を奪えと言っているのか。
「今すぐじゃない。まだ俺はやらないといけないことがたくさんあるからね。魔王である記憶をたどり、これから起こるであろうすべての出来事を回避したあと、君の手にかかれたら光栄だ」
まったくもって理解はしたくないけど、こういうときのあたしはなかなか優秀で、彼の言っていることの辻褄が合っていることに気づき、それならばと理解できてしまうところまできてしまっていた。しかし……
「じょ、冗談じゃないよ……き、君の息の根を止めるなんて……」
「俺が王子ということなら気にしないでほしい。それなりに君には迷惑をかけない最後は計画しているつもりだから。君を王子殺しだなんて、決して言わせない」
だから安心して、と男は笑う。
ああ、これだからこの男は。
「それに、王宮の人間はわたしを殺せないからね。君しかいないんだよ」
「そ、そりゃそうだろうね。想像したくもないよ」
なんだかとっても気分が悪い。
「君しかいないんだ」
淡い紫色の瞳に、あたしが映っている。
切実でまっすぐな瞳だった。
「ルイ……」
「君ほど空気が読めなくて、誰に対しても物応じしなくて強気で、誠実な人間は見たことがないよ」
「さりげなく悪口を言うのはやめてくれ」
最後以外は聞き捨てならないじゃないか。
いや、そういうことじゃない。
いやいや……それじゃあどういうことなんだ。
ああ、もはや大パニックである。
「俺は、君を、マリアをとても評価している」
ルイは笑う。
とても澄んだ笑顔である。
「それに」
いや、違う。
「魔王だって、最後のひとときくらい選ばせてほしいと思ったんだ」
それはすべてを諦めた笑みだった。




