第92話 落ちた場所
「おやっ」
イタチは不思議に思って耳を澄ませた。
水の中に落ちたはずなのに
水音がまったく聞こえない。
そして不思議なことに
骸骨の化け物集団はその中へ
飯山を追って行く気配をまったく見せなかった。
一体どうなっているのだろう。
化け物達が姿を消したのを確かめると、
イタチは身を隠していたところから、
あたりを警戒しながら姿を現して
油断なく足音を忍ばせ、
飯山が落ちたところへ近づいて行った。
そしてその淵に立って
中を覗いて見ると、
水だと思っていたそれは水ではなく、
澱んで、
どぶのように濁った気が振動して
波立っているものだった。
この淵に立っていると、
腐った異様な臭いが鼻を突いて、
気分が悪くなる。
下を見ると急な坂を転げ落ちた飯山が
立ち上がってヨロヨロと
よろめきながら歩きだしていた。
戻りたくても戻れない世界に
入り込んでしまったということは、
嫌でもこの中を進んで行くことしかないのだが、
しかしイタチもここで立ち止まってしまった。
行くに行けないし、戻るに戻れないのだ。
不吉な妄想ばかりが膨らんでいく。
大変なことになってしまった。
こんなことになるとわかっていたら、
入っては来なかったのだが。
後悔の想いが沸々と沸いて来た。
「俺が見つけたんだ。お前ら手をだすな。」
「ふざけるな。俺のほうが先だ。」
「うまそうなイタチだ。」
「食いたいな。」
「だめだ。俺が食うんだ」
「何だと。おまえなんかに食わせてたまるか。
俺を誰だと思ってるんだ。」
急にざわざわと背後が騒がしくなって
イタチがビクッと振り返った、
と同時にズキッ、と激痛が走った。
「キーッ」
思わず悲鳴をあげた。
一匹の骸骨の化け物が
イタチの尻にかぶりついていた。
他の化け物達もせきを切って獲物に群がるように、
ところ構わず食いついて来る。
イタチは瞬く間に
身動き出来ないほど押さえつけられて、
全身に食らいつかれてしまった。
「うわっ、ひでえことになってるな。
あんなに食いつかれたんじゃあ
イタチはダメだろう。」
前の方で繰り広げられている光景を見て
バドグが言ったが、
「あっ」
ミヤナが顔色を変えて
傍らにある岩影に
隠れるようにしゃがみ込んで
口と鼻を袖で被った。
バドグも慌てて口と鼻を被った。
あの滝での事を思い出したからだ。
こうなったからにはイタチがやるに違いない。
慌てて二人が身を隠した時だった。
プッスー、 ズバーン、
真っ黄色の破壊的臭気が衝撃波となって
周辺を一気に襲った。
途端に阿鼻叫喚、
ゲーゲーとのたうちまわる音、
呼吸困難でもがいて喘ぐ息の音が
しばらく続いたが、
そのうち静かになった。
ミアナとバドグはイタチがどうなっているのかと
恐る恐る岩から顔を覗かせた。
目に入って来たのは無数の骸骨のお化け達が
瓦礫をばらまいたように転がっていて、
イタチの姿は消えていた。