第74話 赤提灯
街はそろそろ
日も暮れようとしていた。
「発角さん、発角さん」
喫茶店から出て来た角刈りで
トレーナーを着た男が
その店の前を足早に
通り過ぎようとしている
黒いスーツを手に持った
黒ネクタイでワイシャツ姿の男に
声をかけた。
呼ばれた男が
振り返って相手を見ると、
はっと驚いた顔で
「おお、鮫谷しばらくだったな。
どうしてたんだ。」
発角と呼ばれた男が
親しそうに言った。
「はい、何とかやってます。
発角さんはどうしてますか。」
「俺か。まあ俺も何とかやってるよ。
立ち話もなんだから
そのへんで一杯やるか。
忙しいか。」
発角が言った。
「大丈夫です。やりましょう。」
鮫谷がうれしそうに言った。
二人は近くの赤提灯を見つけると
暖簾をくぐって
中へ入って行った。
店の中はカウンター席と
座敷席があって
二人は座敷のほうへ座って
出されたおしぼりを袋から出すと
顔の汗を拭ってから
手でゴシゴシもんで
テーブルの上に置いた。
お互いに相手を見たが
どちらも金に困っている風には
見えなかった。
どうやって金を手に入れているのだろう。
興味はあるが
下手に聞けば
自分のことを言わなければならない。
お互い自分のことは
聞かれたくなかった。
「あれから一度も会えませんでしたね。
もう五年くらいになりますか。」
鮫谷が運ばれて来たビールを
発角のグラスに注ぎながら言った。
「そうだな。
組が解散して五年になるな。
行き場所もなくて、
みんなバラバラに散って行ったが
生活は苦しいだろう。
俺も他人のことを
心配している場合じゃないんだがな。」
発角が自嘲気味に言った。
「そうですね。
食っていくのがやっとです。
いつどうなってしまうか
わからない状態ですよ。」
鮫谷が話しを合わせるように言った。
二人とも組の中でも
上部の組員ではなく
下のほうの目立たない存在だったようだが、
発角のほうが兄貴分のようだった。
「ところで、
でかい事件がありましたね。
まさか
店の客を装って襲撃するとは
驚きました。」
鮫谷が話題を変えて言った。
「そうだ、俺も驚いた。」
発角は少し表情を変えながら言った後
「実はあの現場にいたんだ。」
「えっ」
鮫谷は思わず驚きの声を上げた。