第59話 入り口の向こう側
歩いて行くその男の後ろ姿が
樹木のむこうに
消えるのを見計らうと、
イタチは
身を潜めていた樹木の
根元から姿を現して、
その丸太の
入口のところまで
歩いて行った。
そして不審な顔付きで
丸太の柱の周辺を
調べ出した。
先程の男が
驚いたようにこの柱の辺りで
何かを探し回っていたのが
気になっていたが、
こうやって調べてみても
怪しげなところは
何も見当たらなかった。
イタチは入口を見ながら
ここを通るか、
細い脇道を行くか、
しばらく考えた後、
意を決したように
その入口の前に立って、
一瞬ためらうように
間があいたが
深呼吸をして
中へ足を踏み入れた。
恐る恐る入ってはみたが
特別変わったところはない。
入口の向こうもこっちも、
まったく同じで、
樹木の中を抜けている
そのままの山道だ。
「あはは、なーんだ、
どうってことないじゃないか。」
イタチは自分が
何を恐れていたのかと
呆れて
バカバカしくなった。
こんなことくらいで
ビクついていては
どうしようもないなと
自嘲しながら
後ろを振り返った。
そのとき
「ああ、これは」
イタチは口を開いたまま
息を飲んで固まってしまった。
「これはどういうことだ。」
一瞬に不安と恐怖が
いっぱいに広がって、
慌てて今歩いて来た道を
走って引き返すと、
ウロウロと
その周りを
訳もわからずに
歩きまわった。
「何てことだ。
こんなことがあるのか。」
イタチはあちらこちら
探すように見回した後、
しばらく落ち着かない顔をして
慌てたように
右往左往していたが、
仕方なく踵を返すと
後ろを振り返りながら
歩きだした。
後ろにあったはずの
丸太の入口は
影も形もなくなって、
そこには鬱蒼と
樹木が生い茂っている
上り坂の斜面が
横いっぱい広がっていた。
道はその斜面に沿うように
緩やかに右へ曲がって、
その先が左の方向へ曲がると
樹木の中に消えていた。
これは入口の外側から見たものと、
内側から見たものが
まるで違っているのだ。
外からは入口は見えるが、
入ってしまうと
出口がまったく無くなってしまう。
入ったら最後
戻れなくなるのだ。
何かに
飲み込まれたような気がして、
イタチは歩きながら
いろいろと
考えを巡らせたが、
どうなっているのか
わからなかった。
でもこのまま歩いて行けば
下山出来るだろうと
思い直して
気分を変えた。
先程の男はどの辺まで
行ったのだろうか、
と前のほうを
注意ながら
後を追うように
小走りになった。
しかし、
何かが物陰から
イタチを
見張っているような気がして、
あまりいい気持ちがしなかった。
高い木の梢から、
ミミズクが顔を
グルッ、グルッと
回すと頭を横に倒して
真ん丸な目で
イタチの動きを追っていて、
墨の塊のような蝙蝠が
木々の間から見える
暗い空の中を飛んでいる。
蝙蝠が飛ぶ時間にしては
少し遅すぎるなと、
イタチは思ったが
あまり気にはしなかった。
あたりは静まり返って
自分の呼吸が聞こえて来る。
突然バタバタと
羽音がして
大きな蛾が
イタチの顔の前を
すれすれに横切って、
暗い樹木の中へ
飛び去って行った。
ふっと後ろから
口を開けて呼吸している
音のようなものが
微かに聞こえて来る。
瞬間、
体が硬直しながら
意識を後ろのほうに集中して、
油断なく
いつでも対応出来るように
身構えた。
明らかに
何かが近付いて来ている。
背中にゾクッと
悪寒がはしって、
鳥肌が立った。
足音と呼吸音が
確かに聞こえて来る。
タイミングをはかって
不意に振り返って、
ドキドキしながら
何かいるのかと、
宙を泳いだ目で
キョロキョロと
見回したが
真っ暗な中に
微かな木々のシルエットが
見えるだけだった。
思わずホッと
胸を撫で下ろして
深く息を吐くと、
ひと呼吸おいて
ゆっくり立ち上がった。
「あーびっくりしたー、
脅かすなよ。
怒るよほんとに。
気が小さいんだから、
たのむよ。」
イタチは誰に言うともなく
独り言を言って笑った。
やれやれひとまず安心だ、
と張り詰めていた気を緩めて、
そしてこれは気のせいだ、
と自分を納得させると、
深く息を吸って
歩き出そうとした。
そのとき、
遠くから聞こえて来ていたと
思っていた呼吸音が
突然耳元で聞こえた。
うわっ、と
恐怖に駆られ、
弾けるように
飛び退いて
振り返った途端、
バランスが崩れ
仰向けにひっくり返って、
起き上がろうと
手足がバタバタと
空を掴んだ。




