第56話 におい
逃げ惑っていた群集も、
ヘデルがふたたび
マングースに気持ちを
切り替えたために
逃げる必要がなくなった。
この結末を見逃す手はない。
観衆は好奇心のとりことなり、
睨み合っている二人から
目が離せなかった。
ヘデルは
マングースとの間合いを
ジリジリと
縮めて行く。
「ヘっヘっヘっヘっヘっ」
ヘデルは余裕を
見せつけるためか、
それとも
マングースに押され気味の
自分をごまかすためか、
おかしな笑い方をした。
たぶん
滝の中から見ている
ベルジバルを
意識していることも
あるのだろう。
するとマングースは
クルッと
後ろを向いて、
腰を
クニャッ、クニャッと
振ると
「キャハハハハハ」っと
ふざけたように笑った。
それを見たヘデルの表情が
一瞬凍りつくと
動きが止まって、
見る見る顔色が変わった。
そして、
しばらく憎々しげに
睨みつけていたが、
突然
「ギャー」っと、
悲鳴ともなんとも
言えない声をあげて
マングース目がけて、
めくら滅法、
剣を振り回しながら
斬り込んで行った。
マングースはそれを
スルリ、スルリと
しなやかにかわしながら
時折
「キャハハハ」と
おかしそうに笑った。
不意に、
大蛇が牙を剥いて
食いついて来た。
マングースはそれを
スレスレにかわすと、
目にもとまらぬ速さで、
その頭に食らいついた。
そして自分の体を
左回りに高速で回転させた。
大蛇の胴体が
グルグルと
よじれて行く。
それにつれて
ヘデルの体にも
回転の力が加わって、
それを
必死でこらえながら
マングースに斬りつけていたが、
大蛇の頭を
くわえられているために、
斬ろうとすると
大蛇を斬ってしまう恐れがあり、
剣を打ち込むことが出来ずにいた。
しかし
大蛇の体の
ねじれの回転力が
体におよんで
足が踏ん張りきれず、
剣を振り回した途端、
ヘデルは剣を持ったまま
左回りに
バッタン、バッタンと
地面に体を弾ませた。
そのたびに
持っている剣が
叩きつけられて
ガチャン、ガチャンと
情けない音を立てた。
「だらしねー。」
「何てざまだ。」
「あんな弱々しい動物に
敵わねえのかよ。」
地獄の観衆はそれを見ると
呆れて
全員が指をさし、
不様に回転する
情けない姿に
腹を抱えて笑った。
ヘデルは屈辱と敗北感で
逆上が頂点に達した。
ふらふらと
立ち上がりるなり
「ぐあーっ」と
叫びながら
自分の大蛇の胴体を
怒りにまかせて
斬り落としてしまった。
体から真っ赤な炎が
噴き出ている。
肩で息をしながら
マングースを
ジットリと
殺意と残忍さに燃えた目で
見据えて
ジリジリと
近づいて行く。
マングースはきょとんとした顔で
無防備に突っ立って
ヘデルが用心深く
近づいて来るのを
眺めていた。
大笑いしていた観衆も
また静かになった。
「ん、なんかくさくねえか。」
突然、
バドグが鼻をヒクつかせて
あたりのにおいを嗅いだ。
「くせえよ。姐御、
におわねえかい。」
ミヤナも鼻を
ヒクヒクさせたが
首を傾げた。
「なんのにおいだい。
わかんないね。
お前はにおいに神経質だから
ちょっとした臭いも
気になるんじゃないのかい。」
ミヤナは事もなげに言った。
「いや、変なにおいがするんだ。
なんだか嫌なにおいだぞ。」
バドグは顔をしかめながら
気持ち悪そうに言った。
ミヤナは面倒臭そうに
バドグを見ると
「お前だけだよ。
騒いでいるのは。
何もにおいなんてしやしないよ。
ふん、バカだね。
何言ってるんだか。
騒ぎ過ぎだよ。そんな、んっ、」
ミヤナが一瞬顔をしかめた。
その途端
「あがっ、ぐっざ、
あわわ。グォエーッ」
ミヤナは突然の
強烈な臭いを感じて
袖の端で鼻を押さえると、
しゃがみ込んで
吐き気を催した。
バドクは鼻を押さえ
目を白黒させて、
口から泡を吹きながら
「ありゃぁ、マングースなんかじゃねえ。
イタチだったんだ。
あのやろう。
やりやがった。」
と呻いたきり
気を失ってしまった。