第129 我慢の限界
形固はこの状態をどれほど待ち望んでいただろう。
他人からやられたことは
キッチリ返さなければ気が済まないし、
けじめをつけたことにならない。
やられっぱなしでは
極道としてのプライドが許さなかった。
形固は今の今まで飯山を怨み続けて、
飯山と出会うことだけをひたすら待っていたのだ。
「どうやったら仕返し出来るんだ。
あの野郎が動き回ってるのはここからでも見えていたんだが。
俺はどのくらい呪い続けただろう。
あいつがズタズタにされ
苦しみ抜いて、死ねばいいと思っていたが、
なかなか殺られなかったんだ。
しかし、やっとあの野郎が襲撃されて
命を取られたら姿が見えなくなっちまった。
どこへ行きやがったんだ。」
形固にはどこまでも諦めない
執念深さがある。
あの世からこの世は素通しで、
意識を向けると見えるのだが、
飯山は殺されたあと姿が見えなくなってしまっていた。
それから形固はどれくらい待ち続けていただろう。
どのくらい時がたったかわからないが、
半ば諦めかけていた頃、
突然念願が叶ったのだ。
この世の一年があの世では百年に匹敵するほどの
体感時間の長さの差があるらしい。
それからすると、
形固の感覚からしてみれば、
この仕返しのチャンスが訪れたのは
形固が飯山に殺されてこの世界に来てから、
数百年もたってからのことになる。
形固からすれば考えられないほど
大昔から待ち続けていたことになっていたのだ。
思ってもみなかった突然の出会いに
興奮して体がうち震えた。
そして形固の意識の中に
過去の飯山から受けた仕打ちが
繰り返し繰り返しよみがえって来ると、
激しい怒りが再び湧き上がって
轟々(ごうごう)音をたてて体から炎が噴き出し、
鬼の形相をした形固の全身が火だるまになった。
「飯山ー。しばらくだったなー。
待ち兼ねたぞ。
こうなったことを後悔しろ。
二度とこの世界で偉そうな顔が出来ないように、
格好悪くぶざまに泣き叫ばせてやる。
はいつくばって命ごいしてみろー。」
大声で怒鳴なると、
持っていたハンマーを振り上げて打ち下ろした。
「グアー。」
飯山の右足に激痛が走った。
形固は几帳面なところがあるのか、
めくら滅法ところ構わずハンマーを振り下ろすのではなく
右足から順番に打ち潰していくつもりらしい。
飯山も鬼の形相に変っているが
激しい痛みでのたうちまわっている。
魂は死ぬことが出来ないし、
肉体がないから脳内モルヒネも分泌されない。
だからやられているあいだ
激しい苦痛から解放されることはないのだ。
飯山がこの激痛に耐え兼ねて
一言でも命ごいすれば
極道としての意地もプライドも一瞬にして無くなってしまう。
そうなると地獄の世界では蔑みの対象になって、
徹底的にいじめ抜かれる。
どんなことがあっても負けられない。
飯山は歯を食いしばって耐えていた。
形固は右足から次に左足を潰し
両腿を潰した。
飯山の意地と我慢も限界に達していた。
耐えられない。
この苦痛が無限に続くように感じられて、くじけそうだ。
命ごいして許してもらったらどんなに楽だろう。
ふっと誘惑にのまれそうになっていた。