第125話 呪文
戦いの様子を見ていた太閤が再び手を挙げた。
「ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン」
ドラが鳴り響いた。
すると狐達はさっとイタチから距離をおいて攻撃を止めた。
騒然としていた場が静まり返って
太閤に視線が集中した。
武器はいつでも再攻撃出来るようにイタチに向けられている。
太閤は狂気を孕んだ不気味な目で
しばらくイタチを見下ろしていたが、
ゆっくり口を開くと、重々(おもおも)しく、
一語一語はっきり意識に語りかけるように言葉を発した。
「おまえに勝ち目はない。勝てるわけがない。
おまえは何をやってもダメだ。
その程度の力ではこの大群に潰されるだけだ。
いっさいおまえの思うようにはならないのだ。
おまえはダメなやつだ。
おまえには勝ち抜く力などない。
おまえは負ける。おまえはダメだ。
自分の体さえ動かせないだろう。おまえはダメだ。」
「何バカなことを言ってるんだ。
おまえの言うことなんか聞けるか。ふざけるな。」
イタチは太閤の言葉に反発した。
太閤はイタチの思いにはまったくお構いなしに、
また同じ言葉を最初から呪文のように
繰り返し唱え始めた。
イタチはその否定的な言葉に
どんどん暗く厭世的な気分になって行く。
強い圧迫が意識を押し潰して、
おまけに体中のエネルギーが
ゾクゾクする悪寒とともに
スーッと抜けて行くのを感じた。
「くそー、気持ち悪い言葉を何度も何度も言いやがって、
いい加減にしろ。」
イタチはうんざりして、これ以上相手していられるかと思った。
そして意識を一気に集中し、
狐集団を蹴散らして逃げ道を作るために
想念衝撃波を発射した。
「よーし、やった。」
これで「ズドーン」と行くぞ。
と思ったが
「あれっ。衝撃波が出ない。」
イタチは一瞬、訳がわからなくなった。
「どうなったんだ。意識が集中出来ていないのか。」
気が付くと体も金縛りになっていて、
まるで自分が自分のものでないように
まったく言うことをきかなくなっていた。
イタチの体にはいつのまにか真っ黒な靄が取り巻いている。
「グヒッ、グヒッ、グヒヒヒヒヒ」
太閤はイタチが慌ててバニックになった様子を見ると、
顔を歪め、鬱屈した気味悪い声を上げてうれしそうに笑った。
狐達も勝ち誇ったように大きく裂けた口から牙をむき出して笑った。
「畏れ多くも申し上げます。太閤様。」
不意に、どこからかガラガラした大声が聞こえた。