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知らず知らずのうちに選択している

宰相最有力候補ローザン=エックルズ様、彼の婚約者であるヴィオラ=グリアーソンは国の未来を何よりも重きに置く。その理由は作中説明されていないようだが、そう育てられたか、この国を大切に思っているのだろう。私は彼女とそこまで親しくないので勝手にそう思っている。


だからこそヴィオラ様がローザン様に恋い焦がれクレリアに対して、またはクレリアの行動に影響されて自分に不利益に働くようなことはしないだろう。そう考えてゲームについてまとめたノートを見直してみる。やっぱりヴィオラ様はローザン様に恋情を抱いていないように見えた。


宰相の嫁になるのだから私を超えてみなさいと、通常より一桁多いパラメーターを要求されることは難関なようだが、パラメーターを満たせばあっさり引いてくれるらしい。


二人の仲は良好だし、私が介入できるところはない。ならばもう一発勝負で家のことを話してみるほうがいいのではないだろうか。王家の敵になりそうならばおそらくすでに動いている可能性は高い。


学園の庭園の奥にあるベンチに座って一人作戦を練る。協力すると決めたからには最後まで、そして貴族としての矜持や役目を損なわないように事前に考えておかなければいけない。それでもまだ決めかねていて悶々としているとパチンと鋏で何かを切る音が聞こえた。


「あ、キャロル。こんなところにいるなんて珍しいね」


声をかけられたほうに顔を向ければ幼馴染のブルーメンブラット家の次女であるリリアンが立っていた。若菜色の髪を二つぐくりで三つ編みにしておろし、頭には細かく編まれた夏を感じさせる麦わら帽子。軍手が装着されている手には剪定用の鋏が握られている。どうやら薔薇の手入れをしていたようだ。


「少し考え事をしていたもので。リリィはまた手入れをしていらっしゃるのですね、……許可はとりました?」

「とってるとお思いで?」

「いいえ。……全く、この前叱られたばかりではありませんか」

「そうなんだよね、公爵家の令嬢がこんなことをしてはいけませんって。私は全然構わないのにさ」


皆固いよねという彼女は私から薔薇に目を向けると、枯れ始めているのを見つけたのかパチンと鋏を振るう。はらりと落ちた真っ赤な薔薇が重力に従って地面に落ちた。


リリアンことリリィはゴドウィン=ラッシュ様の婚約者である。それは一年ほど前に突然決まったことだった。理由としては庭師になると言ってきかない彼女の言葉が戯言ではなく本気であるとようやくブルーメンブラット夫妻が気付いたからだろうか。


リリィは幼いころから庭師になることを目指していた。その本気ぶりは放浪気味だった彼女が真面目にレッスンを受け始めるほどである。もちろん両親にバレて文句を言わせないためであるのだが、夫妻はかなり喜んでいた。


その後庭師の観察をするだけだった彼女は徐々に道具を集め始め、令嬢という立場を利用して十数分だけでいいからと教えを乞うようになる。最初は恐縮、どうせすぐ飽きるだろうとなめて考えていた庭師との仲は今では家族以上に良好に見えた。もう10年以上の付き合いなのだという。


若い庭師以上に手入れ等に詳しくなった彼女が自室前の庭をいじりだしたあたりでいきなりできた婚約者をリリィはあまり好きではないらしい。庭にいる時間を会う時間に割かなくてはいけなくなるし、ゴドウィン様は生真面目だから性格が合わないのもあるだろう。

でもあの方はリリィの夢を否定したことは一度もない。それに気づいてくれればいいのだけれど。


パチン、パチン。鋭い刃が花を落としていく。花をよりきれいに咲かせるためには必要なことなのだとリリィは言う。


「アーサー様と最近仲いいみたいだね、よかったじゃん」

「……少し、怖いと感じることもありますがね」


最初は驚きや戸惑いが多かった。でも時が経つにつれて慣れてくれば不安な気持ちが芽生えてくる。怖い、不安。そんな気持ちが渦巻いている。アーサー様を疑いたくはないけれど、すぐに信じられるほどの信頼関係は築かれていない。


そんな自分が嫌で考えないようにしたいからこそ、クレリアさんのことを考えようとしているのかもしれない。少しでも長く、長く。そうすれば辛いことから逃げられるからと。


(……私、最低な人間ね)


「あー、なんか地雷だった?ごめんね」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「そうは見えないけどなーっと」

「わあっ!?」


いつの間にか近寄ってきたリリィがわしゃわしゃと髪を撫で始めた。髪がぐしゃぐしゃになるからやめてくださいと撫でている手を掴んでいる様子は傍から見ればじゃれあっているようにしか見えないだろう。


「キャロルは暗いときはとことん暗くなるからねー。もっと気楽に考えればいいのにさ」

「やーめーてっ!くださいってば!」

「あっははは、キャロルちゃん手ほっそいねー」


頭を撫でられる代わりに手を握られてしまえばいよいよ抵抗らしい抵抗もできなくなってしまった。足を出すわけにもいかないので頬でも膨らましてみれば、人差し指でぷすっと突かれて空気が抜けていく。リスみたいだねなんて笑われてもちっとも嬉しくない。


「キャロルは昔から臆病だからね。失敗するのが怖いんだよね」

「…………」

「下手に踏み込んで関係が悪化するのは嫌。だから安定している範囲しか手を出せない」

「……そう見えますか」

「気づいてなかったの?」


にこにこ笑う彼女はパッと手を離すと一歩下がってくるりと後ろを向いた。軽やかな足取りで進んで置いていた道具を持つと振り返る。


「人生は選択の連続だからそういう選択もいいと思うよ。……だけど後悔はしないでね」


若菜色の三つ編みが見えなくなるまでぼうっと庭を見つめる。そうして恐る恐る頭に触れてみればやっぱりぐしゃぐしゃに乱れていた。


「あーあ、遊ばれちゃいましたね」


ポツリとつぶやいた言葉は風の音に消えていく。


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