第46話 暗躍と雌伏
かなり長めになりましたが、これで「蛇神教団編」は最後となります。
次の「関八州行脚編」の前に、幾つか閑話を挟む予定です。
蛇神教団の拠点であった遺跡を離れ、森の中を疾駆する者達。
曾て教団の中で督戦隊と呼ばれていた者達であった。
暫く走った後、遺跡から十分に距離を取ったと判断して先頭の者が足を緩め、フードを下ろして後ろを振り返る。窮屈な能面のマスクも取るとその素顔は、精悍な顔立ちの眼光鋭い青年のものだった。
「追手は無いようです。此処まで来れば問題はないでしょう」
青年が、厳かな口調で後に続く者に声を掛ける。青年を含め、残りの全員がその場で一人の前に跪いた。
その者魔剣の男は当然のようにそれを受け止め、彼もまたフードを下ろしマスクを外して素顔を晒した。輝く金髪が波打ち、白皙の貴公子然とした容貌が顕れる。硬質な美貌の中に苛烈な意思を感じさせる蒼い瞳が、冷たい光を放っていた。傅く者達を見下ろし、その薄い口唇を開く。
「アズラエルの予言通りであったな。流石は予言者と言うべきか」
「はっ。概ねは予定通りです。些か対応が早過ぎたのが予想外ではありましたが」
「それも想定の範囲内だ。問題はない」
そう言うと、魔剣の男はやや気まずげに表情を動かした。
「······カミラは残念であったな」
哀惜の意を表したその言葉に、青年は表情を変えずに頭を振る。
「あれが自分で望んだことです。殿下がお気になされる必要はございません」
「スイシン······」
青年の名はスイシン・ゲンブ。【影使い】の一族ゲンブ家に名を列ねる者であり、また八騎将の一人「影狼のスイシン」でもあった。
カミラはスイシンの腹違いの妹であったが、一族特有の【影使い】のスキルは発現したものの、行使に於ける才能が決定的に欠けていた為に、家には居られなくなった。無能者に用はないとばかりに捨てられたのである。妾腹であったことも理由の一つだった。
その母親も早くに病で亡くしており、カミラは僅か十歳で路頭に迷うところだったのだが、この頃既に腹心とも言える立場にいた兄スイシンの口利きで、ナノワ皇国第二皇子シリウスに拾われることになる。
スイシンは、旧態然とした家の気質に何ら価値を見出だしてはいなかった。自らが磨いて来た【影使い】のスキルではあるが、それとて生きる為の道具に過ぎないと思っている。そしてそれは、何も一つとは限らない。【影使い】のスキルに拘って狭隘な思考に陥るのは愚かしいことだ。傲慢な父親を含め、視野の狭い家の者達を常日頃から冷ややかな目で見ていたのだった。
だからと言って、肉親の情に流されるような甘さはスイシンには無い。カミラに別の可能性を見出だし救いの手を差し伸べたのは、単にシリウスの覇業の助けにと思えばこそであった。シリウスの野心を知っていたが故に、その為に一人でも多くの手駒をと考えたのである。然りとて、肉親としての情愛が全く無かった訳でもなかった。同じ勝手な父親のエゴの犠牲となった妹には、それなりの共感を感じてはいた。であればこそ、大恩あるシリウスの為にその生命を惜しげもなく散らした妹を誇らしくも思うのだった。少々、歪んだ愛の形ではあるが。
「殿下の御為に命を捧げられたのです。妹も本望でしょう」
「そうか······、すまぬな」
シリウスは冥福を祈るかのように目を伏せた。
ナノワ皇国の第二皇子たるシリウス・グランフェルトは、八騎将「天剣のシリウス」とも呼ばれるように、知勇に於いてはどちらかと言えば勇に傾く。戦場では、兵の先頭に立って勇猛果敢に闘う猛将として知られていた。一方で、その冷徹な外見と立ち居振舞いから誤解されがちではあるが、身内と見定めた者には情に深い一面も持っていたようだ。最初からカミラを犠牲にすることを前提にした今回の策も、実のところ余り乗り気ではなかったのだが、スイシンの進言と何より本人の強い希望で押し切られた形だったのである。
しかし、嘆いてばかりもいなかった。済んでしまったことは最大限利用する、切り替えの早さと強かさも持ち合わせていた。今更血塗られた手を拭うことは出来ない。この上は、覇業の道を突き進むことこそがせめてもの手向けであると理解していたからだ。
「次の予言は何時であったか?」
「は、アズラエルの話では125日後とのことです」
予言とは【オラクル】というスキルで、別名は神託とも呼ばれている。これはゲームには無かったもので、ドウゲンの【千里眼】以上にレアなスキルなのだが、本人でさえ自由に使える訳ではないなど謎な部分も多く、詳細は余り知られていない。但し、その的中率はほぼ100%と言われている為、徒や疎かには出来ないのである。
「種は撒かれた。したが、芽吹くまでは今暫く時間が掛かろう。我らも足場を固めねばならぬな」
「レクサス様は「黒曜のラゴウ」を引き入れて、皇都をほぼ掌握されつつあるようです。我々も些か動き難くなっております」
「兄上は卒がないからな。後手に回るのは致し方がない」
シリウスが苦い顔をする。
第一皇子のレクサスは、知勇で言えば大きく知に傾向し、謀略や権謀術数に優れている。宮廷闘争に於いては、一歩も二歩も先んじていた。本人は芸術家肌で、書や絵画、詩歌等多方面に才を有していたが、目下のところ腐心しているのは、優秀な人材という生きた芸術作品の収集であった。
(兄上が勇者の存在を知ったらどうなるか······。一波乱は避けられぬであろうな)
実際にあれを見たシリウスとしては、敵に回った時のことを考えると空恐ろしい気もするが、自分も含めて権力闘争の陣営に荷担するようなことはしないだろうと思われた。決して、利や欲得で動くような人間には見えなかったからだ。
(下手なちょっかいを掛けて自滅してくれれば、それはそれで僥倖ではあるが)
蛇神教団の件で良い感情を持たれているはずもない自分達まで巻き込まれる事態は、御免被りたいところだった。色々な意味で、薮蛇にもなりかねない。
「ドウゲン、テッサイの御両者は、やはり動かないようです。再三の要請にも、首を縦に振る素振りはありません」
「御老体方は、陣営を定めて国を割ることを恐れているのだろうな。尤も、時既に遅いのだがな」
元より、火種は燻っていたのだ。それが此処に来て、急激に炎へと昇華しつつある。何れは国全体を覆う大火になるのも、最早時間の問題であった。
「カグラの方はどうなった?」
「あれは扱い難い女性です。第一皇子派も難儀をしているようですが、条件次第では此方につかせることも可能かと。しかし······」
「あやつの欲しているものは判っている。構わぬからくれてやると言ってやれ」
その言葉を聞いて、スイシンは一瞬目を見開く。
「······よろしいので?」
「キチガイに刃物、という気がせぬでもないがな。まあ良かろう。あやつの炎魔の力は役に立つ。手綱を誤ることさえしなければな」
「炎魔のカグラ」ことカグラ・スザクは、火属性魔法に於いては国内随一の実力を誇る女性魔術師だ。但、その性格は極めて派手好きで撃ちたがりという、少々困った人物であった。それでも、魔物の襲撃の際には率先してこれに当り、領地を護って来たという実績から領内では人気も高く、見目の麗しさもあって「炎姫」とも呼ばれ親しまれていた。そのカリスマ性も含め、味方に付ける価値は十分にあるだろう。
「手筈だけ整えてくれれば良い。後は自分が話す」
「御意」
スイシンは恭しく承服した後、若干躊躇う素振りを見せてからまた口を開いた。
「問題は第三皇子派ですが······」
「あやつら、帝国を引き込もうとしているというのは真か?」
「どうやら、実際に接触をしているのは間違いないようです。具体的にどのような話が為されているのかまでは判りませんが······」
ナノワ皇国の南に位置するザカール帝国は、30年程前までは熾烈な領土争いを繰り広げて来た宿敵とも言える国だったのだが、今現在では一応の休戦協定を結んでおり、直接的な戦闘は行われていない。とは言え、今だに潜在的な敵性国家であることに変わりはなく、隙あらばと此方を窺い、虎視眈々と狙いすましているだろうことは疑いない。その帝国と手を結ぶなど正気の沙汰とも思えないが······。
「関八州の分割統治でも餌にしたか。そんな絵に描いた餅に乗るとも思えぬが、或いは商議連の既得交易権が狙いか。何れにせよ、空手形で動く相手ではないはず。アルファードに帝国の野心家共が御し得るのか?」
顎に手をやり、独り言のように呟くシリウス。
第三皇子のアルファードは、能力的には平凡で突出したものはないものの、人を惹き付ける才に優れ、優秀な配下に恵まれている。その最たる者が、常に傍らに寄り添う竹馬の友、ホウセイ・ハクコである。
ホウセイは「万略のホウセイ」の異名を持つ希代の天才軍師であった。万の策略を使い熟すと言われたことから付いた名だが、実際に以前、南の国境に於いて帝国と一触即発の状況に陥った時、奇策を用いて戦わずに退かせたというエピソードもある。今のところ大きな戦はないが、数々の小競り合いの類いを事前に潰した例は、枚挙に暇がない。そのホウセイがついていながら、愚かな真似をするとはとても考えられなかった。
「何か策があるということか······」
シリウスは小さく頭を振る。常人には及びもつかないからこその奇策だ。埒の明かないことに頭を悩ませていても仕方がない。今は自分達の為すべきことを考え、着実に進めていくだけである。
この後、幾つかの方針を定めて話は終了する。このような場所でするような話ではないと思われるかも知れないが、城内では迂闊に口に出せない話題も多く、既に第一皇子の勢力圏になりつつある皇都内に完全に安心出来る場所は無かった。本来シリウスが担う北州トバ領には、元々そこを治める領主がおり、歴とした領軍が存在する。そこにシリウスが騎士団を率いて常駐するようなことになれば、余計な軋轢が生じかねなかった。その為に、有事の際は態々駆け付けるといった面倒なことをせざるを得なかったのである。普段皇都の王城に詰めているのはそういった事情からだが、表向きは警護の都合上という建前が有名無実化しているのは、シリウス自身が一番良く解っていることであった。
「不便なことだな」
そう自嘲気味に漏らすシリウスだった。
因みに「紅蓮のクレハ」だが、現在クラナギ領が「羅刹族」「魚迅族」「北の邪竜」といった直接的な脅威に曝されていることもあり、動かせる状態にないと認識されている。また、国内外、特に国内の情報に通じている御庭番衆を敵に回すことを恐れ、言わばアンタッチャブル的な扱いでもあったのだ。味方に引き入れれば強力な武器となるが、失敗して敵に回ることのリスクを考えれば、迂闊には手が出せないというところだろう。クレハ自身の一本気な性格も、カグラとは別な意味で扱い難いと思われているようだった。
「では、自分は痕跡の後始末を致して行きます故······」
「頼む」
シリウスが大仰に頷くと、跪いたままのスイシンの足下から影が広がり、軈てその全身を覆い尽くすように闇が包み込む。そして闇が消えた後、スイシンの姿は跡形も無くなっていた。
「さて、我らも城に戻るとしようか」
それを見届けたシリウスは表情を引き締め、決意の色を濃くして残った者達に号令を掛ける。
「陰謀渦巻く伏魔殿へ───」
皮肉げに口許を歪め、その場を後にするのだった。
「お師匠様っ!」
「うぁっ!?」
駆け寄るなり、物凄い勢いでセツナが抱き着いて来た。
「良かった······本当に心配して···ぐすっ···もうダメかと······」
腰の辺りにしがみついてしゃくり上げるセツナに唖然とする。
(こいつ、こんな性格だったか······?)
そう思いながらも、不思議と込み上げて来る愛おしさに、自然とその髪を優しく撫でていた。軽く溜め息を吐きつつ、暫くはされるがままにしていたのだが、気付くと他の者達にも囲まれており、皆一様に空気を読んで微笑ましげ見守っていた。中にはニヤニヤと意味ありげな視線を向ける者もいて、若干イラッとしたが。
そんな中、自身も涙を滲ませたミリーが、すぐ側に立って声を掛けて来る。
「ふふっ、こんなセッちゃん初めて見たよ。本当に大切なんだね」
ミリーは泣き笑いの表情で、どこか羨ましそうに此方を見ていた。そんなミリーに、仕方がないなと再度溜め息を吐き、ほらと手を差し伸べると、途端に顔を輝かせてセツナの隣に飛び込んで来た。
「ほん、とうに···無事で、良かったよぉ~~」
胸に顔を埋めて声を詰まらせるミリー。その背中をポンポンと叩く。
すがり付く二人を抱えて思わず苦笑いを浮かべるが、これで漸く終わったと実感してホッとしていた。但し、今はという注釈が付くが。
「全く、大した奴だよ······」
カイルが沁々とそんなことを呟いていた。
地面に横たわり二人を抱えたままの姿勢で、そのカイルに目を向ける。
「督戦隊はどうした?」
「えっ?あっ······」
ほっこりした光景に浸っていたカイルは、そこで思い出したように我に返り、周りを見回す。他の者達もそれに釣られて思い出したようで、皆一様に何故忘れていたのかと戸惑いの表情を隠せなかった。
「消えたよ。ありゃ、見事と言う外ないわ」
答えたのは、遅れてやって来たジェイドだった。
「お前は気付いてたのか?」
「まあな」
悔しげに歯噛みするカイルだったが、ジェイドは特に自慢するでもなく話を続ける。
「ありゃあ、仕方ねぇよ。スキルか何かだろうな。蛇神に注意が逸れた隙に意識を外されたんだろうさ」
全くもって、恐ろしいまでに見事な引き際だったと感心するジェイド。騙されたカイル達より、奴等の方が一枚も二枚も上手だったというだけのことだ、と。カイルには何の慰めにもなっていなかったが。
一体何者なのか、何が目的だったのか。こうなってはもう知る術もないが、ある程度の想像は出来る。
あの時ザハラクは、また眠ると言った。倒した訳じゃない。滅んだのは仮初めの身体だけ、ということだろう。では、ザハラクの魂は何処へ行ったのか?
(まさか、別の依り代へ······?)
そう考えた時、思い付いたのは生け贄のはずだったミリー等三人の少女達。
復活時の様子から、ザハラクの依り代も生け贄となる者も、女性であることが条件の一つであろうことは想像に固くない。その点から言えば、自分もセツナも候補の内に入るのかも知れないが、自分達は直前になって此処に来ることを決めたのだ。明らかに綿密な計画の元に進められていたと思われる中に、自分等が組み込まれるとは考え難い。何より、自分の中に居ないことは自分が一番良く解っている。傭兵団の中にも女性は居るようだが、督戦隊が立ち塞がる前には居なかったのだから、此方は考慮する必要はないだろう。
つまりは、督戦隊の目的は、ザハラクの魂の依り代としてミリー等を逃がさないことではないか、ということだ。飽くまで想像に過ぎないが。
だが、そうするとおかしなこともある。カミラは最初から依り代になる予定だったということになるが、あの時カミラは本気でミリーを殺そうとしていた。一人でも残せば良いと考えていたのか、それともカミラには知らされていなかったのか。しかし、カミラの宗主への忠節ぶりを見ると、それも考え難い。よもや演技だったとも思えないが、今となっては何が本当で何が嘘だったのか判断のしようもなかった。
ミリーや他の二人の様子を窺ってみるが、ザハラクの気配は全く感じない。【鑑定】をしてみても、それらしい表記は何処にも見当たらなかった。元より、今居る空間そのものにザハラクの気配を感じることは出来ないでいた。自分の思い過ごしなのだろうか。いや、そう切って捨ててしまうには、余りにも不可解なことが多過ぎる。とは言え、今出来ることは何もない。精々、いざと言う時の為にマーキングしておくくらいだろう。
念話でシルフィードに頼み、何時でも様子を窺える目を付けてもらうことにした。ミリーにはシルフをそのまま側に置いておき、後の二人には気付かれないよう眷族の精霊を監視に付けておくといった感じに。
いい加減鬱陶しくなって来たので、何時までも離れない二人を強引に引き剥がし、そのことを伝えると(無論、ザハラクのことは伏せて)、ミリーは大層喜んでいた。はしゃいでシルフとじゃれるミリーに、今度はセツナの方が羨ましげに指をくわえて見ていたが。子供かよ。
「まさか蛇神まで倒してしまうとは───本当に規格外の人ですねぇ」
そんな中、唐突に澄んだ声が響き渡る。
「アリシア!?」
新たに壁の大穴から中に入って来たのは、冒険者ギルドの受付嬢のアリシアだった。此方の驚いた様子を気にすることもなく、ゆっくりと歩いて向かって来る。
「どうして、あんたが此処に······?」
「どうしてと言われましても、形としては此方が依頼を出した手前、放っておく訳にもいきませんでしょう?」
「でしょう、って······」
目の前まで来たアリシアが、小首を傾げて当然とばかりにそう言う。自分だけでなく、セツナやカイルもポカンとしているが、どういう訳かジェイドを含む傭兵団の面々は何とも感じていないようだった。
それは兎も角、受付嬢にそこまでする必要があるのか?内心でそう思っていると。
「今回は急な依頼を受けて頂き、ありがとうございました」
アリシアが、徐にジェイドに向かって頭を下げた。
「え?」
隣に居たカイルがジェイドを振り返る。そのジェイドはカイルの肩に手を掛け、ニヤリと人の悪い笑みを作った。
「何、大して役には立たなかったがな。やったのは、このバカを助けたことくれぇだ」
「おい、バカとは何だ、バカとは」
カイルが不満げに鼻を鳴らすが、ジェイドは何処吹く風だ。
アリシアはそれでも、と頭を振って話を続ける。
「残党の掃討をして頂いただけでも助かりました。私達の進行が楽になりましたから」
アリシアの話では、傭兵ギルドに救援の依頼をした後、何とか人数を掻き集め、自ら率いて後を追ったのだと言う。何やら船という言葉が聞こえたが、その辺の経緯は良く解らない。引き連れて来たメンバーは、今入口の方で救助の支援に回っているらしい。
「それにしたって、受付のあんたが此処までする必要はないだろう?」
そんな疑問を口にすると。
「何を言ってる?こいつが依頼に来た副ギルド長だぞ?」
「······は?」
ジェイドの言葉に、自分のみならず、カイルもセツナも呆けた顔をする。場の空気が一瞬止まったかような錯覚に捕らわれた。
「はあっ!?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
副ギルド長だって!?アリシアが?一体どういうことだ?
そう言えば、アリシアはエルフだったか。恐ろしくて【鑑定】も出来ないが、見た目通りの年齢でないことは間違いないのだろうな。だとすれば、想像以上の実力や実績があってもおかしくはない。そう考えれば、副ギルド長どころかギルド長だったとしても不思議はない、ってことか。理解は出来ても、今一つ納得は出来ないでいたが。
注目を集めたアリシアは、特に表情を変えることなく澄まし顔のままだった。
「別に隠していた訳ではないのですけどね」
「副ギルド長が、なんだって受付嬢なんかやってるんだ?」
至極真っ当な疑問に、周りもうんうんと頷いている。
アリシアは唇に指を当てて「そうですね······」と呟いた後、満面の笑みを浮かべて。
「趣味です」
そう言い切った。
はあ······、もう何をか言わんや、だ。
それから、お互い若干の事情のすり合わせをした後、これ以上此処に止まる理由は無いと早々に引き上げることになった。蛇神教団や鮮血の蛇については、その残党が居るかも含めて、後日改めて調査隊を出すとのことだ。この遺跡に関しても、学術的に意味があるかも知れないとアリシアは言っていたが。血塗られた遺跡にどんな意味があると言うのだろうか。まあ、自分にはどうでも良いことだ。
壁の大穴から出て、ゾロゾロと遺跡の壁面沿いに入口に向かうと、そこには既に拐われ囚われていた者達が保護されて、救出に当たっていた傭兵団の一員やアリシアが率いて来た冒険者達と共に集まっていた。ミヤビもその中に居たのだが、当初救出に加わっていた僧兵等は、サジも含めて何時の間にか消えていたらしい。恐らく面倒なことになる前に、潜入時と同じ南側のルートから撤退したのだろう。サジにはまだ聞きたいことがあったのだが、まあ、今は良いか。どうせまた会うだろうさ。
ミヤビは会うなり、文句を言って来た。どうやら、茅の外に置かれたことに拗ねているようだが、構わずに無視してやると、「見捨てないで!」と泣いてすがって来た。どうも、こいつの性格が良くわからんな。
大所帯となった一団だったが、船のある湖に向かう道中は、既に盗賊も魔物の類いも一掃されていて、何の問題もなく到着することが出来た。此処で少しばかり騒ぎが起きるのだが、船を護っていたのは、精霊術師であるアリシアの契約精霊、水の上位精霊ウンディーネだったのだ。いきなり見た時には皆驚いていたが、シルフィードが居る状況では今更で、直ぐに受け入れてしまっていた。この世界の人々は、どうも順応性が高いらしい。まあ、魔法や魔物なんかが存在する世界では、そう不思議なことでもないか。
一同は、傭兵団とアリシア等が乗って来た二艘の船に手分けして乗り込むことになった。
ふと見ると、乗り込んだ船の上で、セツナとミリーが嬉しそうに話している様子が目に映る。
目を細め、すっかり忘れていたLPの念話でセツナに言う。
『良かったな』
セツナは目を丸くして此方に向き、
『はいっ』
と、花が咲いたような笑顔を見せた。
隣で事情を知らないミリーが不思議そうにしていたが、何かを察したのか、同じように微笑んでいた。
軈て、全ての者が乗り込み船が出発すると、不意に何かを忘れているような気がしてきた。
はて、何だっけか······?
(あ)
やべ、フェリオスのことをすっかり忘れていた。
こいつは不味い。後で宥めるのが大変だぞ。
どう機嫌を取ろうかと頭を悩ませ、今日一番の盛大な溜め息を吐くのだった。
一応これで八騎将の名が出揃いましたが、実際に関わって来るのは先の話になります。
三皇子の構図は、三国志に準えています。劉備、曹操、孫権、誰がどれかは大体分かると思いますがw
因みに、ミリーを牢から連れ出したのは、シリウスではなくスイシンの方です。そんな些末事に、主君を煩わせる訳にはいきませんから。




