第80話 寒がりな魔法使い(前編)
「なあ、ヴェル。これはなんだ?」
「ああ、これは掘り炬燵だよ」
「ホリゴタツ?」
「寒い時期に使う暖房器具だな。この中に入ると暖かくて最高なんだよ」
新年明けに、俺とエルはミズホ公爵領内の神社……ミズホでずっと信仰されている土着の神の教会だとエルには説明している……にお参りに出かけていた。
前世の影響がまだ残っているせいか、初詣的なものに行きたくなったからだ。
新年には教会に行ったけど、元日本人にはちょっと肌に合わないというか。
だからこそ余計に、俺は信仰心が欠片もないのだろうけど。
神社でお参りをして、おみくじもあったので引いたら『大吉』だったので気を良くしていると、神主的なお爺さんからお茶に誘われた。
こう見えて俺は、ミズホ公爵領ではかなりの有名人だし、ミズホ文化好きとしても知られていたからだ。
本殿の裏に神社で働いている人たち向けの休憩スペースがあり、若い女性の神官にお茶を出してもらい、今は寒い季節なので掘り炬燵に入ることを勧められた。
エルは掘り炬燵を初めて見るらしく、俺にこれはなんなのかと聞いてきたのだ。
「エルも入ってみればわかるって」
「本当だ。暖かいなぁ」
どうしてこの世界において日本文化の再現に全力を傾けている俺が、掘り炬燵を自分の屋敷に置かないのか?
それは、バウマイスター辺境伯領が非常に温暖であったからだ。
冬でも初夏程度の暖かさがあるバウマイスター辺境伯領に掘り炬燵を置いても誰も入らないし、俺も暑いので入りたくない。
だからバウマイスター辺境伯領には掘り炬燵がなかった。
同じ暖房器具でもストーブや火鉢は料理にも使えるし、たとえバウマイスター辺境伯領でも高度の高いところは朝晩冷える。
冒険者として活動するには必要なもので、魔法の袋に入れてあったけど。
「お汁粉でもいかがですか?」
「いただきます」
神主さんからお汁粉もご馳走になり、まさに日本の冬の過ごし方そのものといった感じで懐かしい。
「ミズホは冬が寒いから、このような暖房器具が発展したんですよ」
「確かに、暖かいバウマイスター辺境伯領でホリゴタツに入ろうとは思わないですからね」
神主さんとそんな話をしたあと、神社の門前町でお土産を購入して屋敷に戻った。
『瞬間移動』があると、数時間の休みを有効活用できるのがいい。
移動時間がかからず、小旅行だって楽しめてしまうのだから。
「つまり、お館様のお休みは丸一日必要ないのでは? という結論に至りまして」
「いや、休日はちゃんと寄越せって!」
ローデリヒは、少し油断を見せると俺を働かせようとして困る。
生産性の向上にかこつけての休日の廃止なんて、俺は絶対に認めないぞ!
「そうえいば、今は冬でしたね。だから寒いんだ」
「えっ? このバウマイスター辺境伯領で寒いの?」
「だって冬じゃないですか。場所は関係ありませんよ」
「……ええと。エリー?」
「この者は、ゾヌターク共和国でスカウトした優れた氷魔法の使い手なのだ」
「リサみたいな感じなの?」
「まだ技量は及ばぬが、魔力量はそう負けておらぬぞ。今もヘルムート王国や帝国にも派遣されて活躍しておる。北方での仕事は絶対に断られるがな」
ルイーゼが怪訝な表情を浮かべていた。
それもそのはず。
温暖なバウマイスター辺境伯領において、毛糸の帽子、マフラー、ダウンジャケット、手袋、分厚い魔物の毛皮を使ったズボンを穿き、魔法の袋から取り出した火鉢に当たっている若い男性魔族を目の当たりにしていたからだ。
エリーのところで働いているらしいけど、こんなに寒がりで仕事になるのだろうか?
「キミ、寒いの?」
「寒いですよ。今は冬ですから」
なにを当たり前のことを、といった表情でルイーゼに反論する若い男性魔族。
基本的に、バウマイスター辺境伯領で暖房器具など必要ない。
あきらかに若い男性魔族の方がおかしいのだが、ここまでさも当然だと言われると、俺たちの常識が間違っているように思えてしまうから不思議だ。
「彼は非常に優れた魔法使いなのだが、極度の寒がりで寒い場所での仕事に難があっての。今は南方専門で働いておるが、寒い場所でも働けるようにしたいのだ」
「でもさぁ、エリー。人には向き、不向きってのがあるからさぁ。それなら火魔法で常に体を温めていればいいんじゃない? ヴェルがよく使うじゃん」
ルイーゼは、風魔法を応用した『クーラー』と、火魔法を応用した『ヒーター』のことを言っているのだろう。
だがこの魔法、コントロールが滅茶苦茶難しい。
ゾヌターク共和国出身で、まだ魔法の鍛錬を始めたばかりの彼には難しい魔法だった。
他にも……。
「彼は、氷魔法が得意というか、氷魔法しか使えないのでは?」
「よくわかるの、ヴェンデリン」
「寒がりになったのも、氷魔法がかなり使えるようになってからでは?」
「そうです。よくわかりますね」
これは推測なのだが、彼の極端は寒がりは氷魔法を極めたせいではないかと思われる。
彼の体から魔法が漏れている……漏れていたら俺が探知できるので、これも魔法を習得した副作用ということで。
こんな現象聞いたことがないが、魔法を常識の物差しで測ってはいけない。
なにしろ、魔法自体が非常識なものなのだから。
事実、ゾヌターク共和国で魔法を使わない生活をしていた時には、ここまでの寒がりではなかったと、本人も言っているのだから。
「リサはブリザードの二つ名を持つけど、他の系統魔法も使える。だけど君は、氷魔法しか使えない。だからその極端な寒がりは、氷魔法を極められる才能の副作用ではないかと思うんだ」
あくあでも俺の推測に過ぎないけど。
「ヴェル、それってつまり?」
「火魔法を覚えられなければ、火魔法を応用する『ヒーター』は習得できない。『クーラー』ならすぐに使えるようになるのでは?」
「それでは、クラウザーが余計に寒くなってしまうな。となると、他の方法……防寒着はすでに着ているからのぅ……」
すでにクラウザーは、『バウマイスター辺境伯領でそんなに厚着をして、暑くないのか?』というレベルで着こんでいた。
しかも、それでも寒いと言っているのだから。
さらに厚着をするのは不可能とは言わないが、仕事はできなくなりそうだ。
「寒いところでの仕事は諦めて、南の暖かいところ専門で働けばいいんじゃない? ねえ、ヴェル」
「ルイーゼもか。俺もそう思った。ガトル大陸には沢山仕事があるから」
なにより氷魔法の専門家ってことは、暑いところで需要が多いはずだ。
無理に北の寒い土地で仕事をしなくてもいい気がする。
そもそも寒い場所で、氷魔法を求められるケースは少ないだろうと。
「余もそれでいい気がしなくもないが、クラウザーには期待しておるのだ。今後、あちこちでお呼びがかかるはずなので、北にも行けるようにしておきたい。帝国南部が極寒だと言って、そこが活動限界になっておるのでな」
「帝国南部が寒いの?」
「はい……。夏でもかなり寒いですね」
「……そうなんだ……」
帝国南部は、温帯に近い気候なんだけどなぁ……。
随分と変わった体質の魔族だけど、エリーの頼みなので試せる手段は試していこうと思う。
「ほほう、寒がりなのか。そういう時は酒だぞ! 酒!」
「そうである! 酒を飲むのである!」
「この二人の意見は却下ってことで……」
「すみません、僕、体質的にお酒が駄目なんです」
人が真面目に考えているのに、ブランタークさんと導師は……。
実はお酒は俺も考えたんだけど、クラウザーは体質的にお酒を飲めないということで却下となった。
せめて甘酒ならとも考えたが、これもわずかながらアルコ-ル分があるからら駄目だ。
俺は、体質的にお酒が飲めない人にお酒を勧めるパワハラ気質な人ではないのだから。
「ショウガスープで体の芯から温めるとか?」
いや、そのくらいでは効果はほとんどないだろう。
カイロも考えたんだけど、すでに使っているそうだ。
ゾヌターク共和国では、魔力を補充すれば繰り返し使えるカイロが安く買えるらしい。
俺は興味なかったので、そんなものがあることを忘れていた。
「まさか、常に自分の近くでストーブや火鉢を焚くわけにいかぬからのぉ……」
もし仕事が魔物の討伐依頼だったら、常に自分の近くに火鉢やストーブを置くことなんてできない、という欠点もあった。
激しく動かざるを得ないからだ。
「とにかく動き続ければ、体が暖かくなるんんじゃないの?」
「少し暖かくなりなすけど、そこまでの効果があるとは思えないです」
「難しいわねぇ」
なにより、ずっと動いていたら疲れると思う。
イーナも有効な対策を考えられず、困惑した表情を浮かべていた。
「うーーーん」
懸命にグレゴリーが寒さを克服する方法を考えておいると、ふとミズホ公爵領で利用した掘り炬燵を思い出してしまった。
コタツに入るととても暖かく、この状態を移動中でも再現できれば、グレゴリーも極寒の地に赴けるのではないかと。
「ヴェル、ホリゴタツは動かせないだろう」
ミズホ公爵領に、掘り炬燵以外の炬燵は存在しなかった。
普通の炬燵を、電気でなく魔力で動くように……ゾヌターク共和国なら作れそうだけど、魔族は炬燵を見たことがないだろうからなぁ……。
「技術はあるから、ゾヌターク共和国に特別注文すればいいのかな?」
「待ちたまえ! バウマイスター辺境伯!」
と、ここで名乗りをあげたのは、たまたま所要で屋敷を尋ねてきたベッケンバウアー氏であった。
彼は、うちの職人や技術者たちに試作品の製造依頼を出したり、情報交換をしてヘルムート国の技術力を一日も早く魔族に近づけようと日々奮闘していると聞く。
「話は聞いた。そのクラウザー君が寒い場所でも活動できるように、ミズホの『ホリゴタツ』と同じ効果があり、楽に移動できるものを探していると」
「はい」
「ならば私に任せたまえ! ワシがいい防寒具を作ってやろう」
「お願いします」
ベッケンバウアー氏はたまに……いや、ちょくちょく人に迷惑をかける試作品を作るが、今は落ち着いている。
きっとクラウザーが、北の地でも寒がらずに活動できる防具を作ってくれるはずだ。
「お願いします、ベッケンバウアーさん」
「任せてくれ」
こうしてベッケンバウアー氏は、クラウザーが使う炬燵の特徴を持つ防具という謎の魔道具の試作を引き受けてくれた。
さて、どんな物が出来上がるのか楽しみだな。




